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    hiwanoura

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    hiwanoura

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    パティシエなタルタリヤと先生の先生な鍾離先生の現パロ鍾タル。ここからなにかが始まる話のタル目線です。

    ##パティシエパロ
    #鍾タル
    zhongchi

    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の話⑤の1あぁ……なんであんな事言ってしまったんだろうか。本日何度目かも分からない溜息を目の前のボールの中に吐き出す。それと共に脳内に浮かんだ情景に呻く代わりに思わずぎゅう、と手の中の生地を握りこんでしまい、あ、と意識が瞬時に其方へと向いた。ちょっと痛いじゃないの、と。まるで文句を言うかのように、ふわりと鼻先を掠めたラム酒とスパイスの香り。それに、ごめんごめんと口の中で呟いて、色とりどりの宝石を含んだ柔らかなその塊を、丁寧に、しかし力は抜かず丸めて捏ねていく。えーと、次はどうするんだったか。そう、記憶の中のレシピを浮かべつつ、ひたすらこねこねと。普段作っているケーキや焼き菓子ではなかなかすることの無いその作業は、なんだか新鮮な上に無心になれて、今のこのどうしようも無い羞恥心に満ちた心情的を落ち着かせるにはちょうど良かった。

    「うん…だいたいこれくらいかな…」

    前日からラム酒に漬け込んで準備したドライフルーツとオレンジピール。それと、いつもは二種類入れるけれど今回はマカダミアナッツ一種類のみを用意したナッツ類。それらが生地の中に均等に混ざったのを確認し、一纏めにしてボールから取り出す。調理台のうえに平らにひろげて、そこに最後に加えるのは最近仕込んだ栗の甘露煮だ。大きめに砕いたものをパラパラと乗せ、折りたたむように包んで。空気をぬくためにまた少し捏ねてから丸く形を整えて前半戦終了。ここから更に発酵を重ねて、焼き、溶かしバターをたっぷり塗って、仕上げに粉砂糖で雪化粧させたらやっと出来上がるそれは、一年のうち丁度今くらいの時期――十一月の中旬頃から作り始めるのが定番の、お菓子、というかパンの一種類、シュトーレンだった。手間も時間もかかる代物なのだが、毎年この時期になるとどうしても作りたくなってしまうそれ。今年も店頭に並べる用にいくつかと、それとは別に自分用にも一つ作ったのだ。さて、これも一時間寝かせるかな…そう、既に成形も終え二次発酵へと進んでいる販売用とは別に、完全に自分好みに作った手元の一つを見下ろす。ナッツをマカダミアナッツだけにしその代わりにと、特別に加えた栗はこちらも丁寧に何時間も掛けて仕込んだ自慢の逸品で。そういえば、これの皮を剥く時も大変だったなぁ、なんて。ふと思い出してしまった横顔に、じわりと収まっていた熱が顔面へと戻って来るのを感じた。

    「あぁぁー、もう」

    オレのバカ。そう呟いても、時間は戻らないもので。ふつふつと湧き上がる羞恥心と共に思い出されるのは、今朝の出来事だった。


    ※ ※ ※


    「鍾離先生、おはよ」
    「あぁ、おはよう。公子殿」

    いつものように開店時間より前に顔を見せたその人は、すっかり冷え込んできた気温に負けないようにコートに今日はマフラーまでして、いつも通りに挨拶をし、そうしていつもとは違い何かを差し出してきた。

    「うん?」

    なにこれ、と。差し出された紙袋に首を傾げる。袋や箱を渡すことはあっても、渡されるのは初めてである。というか、ケーキ屋である自分が渡すのは分かるが、あくまでお客さんなこの人がお金以外の何かを差し出してくる理由がわからず、首を傾げることしか出来ないオレに、相手――鍾離先生はと言うと、一言「先日の礼だ」と告げた。

    「れい?」
    「あぁ、栗を処理してくれただろう」
    「あー、あれ」

    たしかに先日、知り合いに貰ったらしい大量の栗を持って途方にくれていたこの人を、助けた。と言っても、一緒に皮を剥いて、食べられる状態にしただけなのだけれど。ぶっちゃけそんな大したことはしてないんだけどなぁ、と。そう、ヘラりと笑って返すとそれでも助かったのだ、と真面目な顔で先生は譲らない。これは多分受け取るまで引かないな…そう、揺るがない目の前の袋に小さく溜息をつき、仕方なく取っ手に指をかけた。

    「……スープジャー?」

    紙袋を覗き込むと、そこにあったのは水色の保温ボトルだった。太めのそれは飲み物を入れるためのものではなく、ホームセンターなんかで見たことがある、スープ用のそれだ。取り出してみると、ずっしりと重たい。つまりは、空っぽでは無い、ということだった。

    「昨日は休みだったんだ。だから、久しぶりに作ってみた」
    「え?つくった?」

    告げられた言葉にぱちぱちと瞬き、先生とそのスープジャーとを見比べる。あけてもいい?と問うとどうぞ、と緩やかな笑みが返って来たのを確認してから、その蓋をゆっくりと開いた。その瞬間、ふわりと柔らかな湯気が鼻先を包み込んだ。

    「え、これ、先生が作ったの?」

    食欲を誘う香りが鼻腔を擽る。その匂いに誘われるように中を覗き込むと、ゆらりと揺れる白いスープの中にいくつもの具材が見え隠れしていた。

    「腌篤鮮という」

    筍と豚肉、それにハムを煮込んで作ったスープだ、と。そう説明する声に返事を返す前に、くぅ、と腹が鳴る。そういえば、朝からまだ何も食べていなかったなぁ…と、腹を手で擦りつつ、ははっと誤魔化すように笑うオレに先生は紙袋の中に一緒に入れて置いたらしいスプーンを手渡してきた。

    「良かったら食べてくれ」
    「いいの?」
    「あぁ、勿論。公子殿の為に作ったのだからな」

    そう言われたら断る訳にも行かない。と、いうか匂いにやられてもう胃は限界を訴えていたので、スプーンを受け取り、手を合わせた。

    「いただきます!」

    勢いよくそう言って、一口、掬って口に入れると、程よい温かみのスープが体に染み込んだ。舌を包み込むような柔らかで優しく、しかししっかりとした味付けと、凝縮された旨味。まるで料亭で味わうようなそれに、思わず「うまっ」と零すと、目の前の石珀色の目がとろりと蕩けた。

    「あぁ、口にあって良かった」

    一口、また一口と止まることなくスープを口へと運ぶオレを見守る視線が、あまりにも嬉しそうで、見られていることになんだか照れてしまう。あぁでも、自分も作ったものを先生が喜んで受け取ってくれるのは嬉しいからその気持ちは分かるか、と。気恥しさは堪えて、ゆるゆるに喜びが溢れだしている視線を止めることはせず、筍を口へと放り込んだ。

    「すごいね、プロみたい。これ、結構煮込むの?」
    「あぁ、今回は十二時間ほど煮込んだな」
    「は?え…?長すぎない?」
    「そうか?」

    お前が食べる姿を想像していたらあっという間だったぞ。
    その時のことを思い出しているのか、目元を下げ、緩く唇に笑みを浮かべる先生に、スープの熱さからではなく顔が熱を持つ。職業柄、人に食べてもらう事は多いが、人の物を食べた事はココ最近あまり無かったが故か、じんわりと染み込んでいくスープに、心の柔らかな所が溶かされていくような、そんな感覚がした。

    「うんすごく美味しい…毎日食べても飽きないくらいだ」
    「毎日か…公子殿がそんなに気に入ったなら、毎日は難しいが、また作って持ってこよう」
    「え、ほんと?」

    思わず嬉しくなり声を上げて、いや待てよ、と止まる。こちらが頼んでいるのに、わざわざ持ってきてもらうのも申し訳ないし……なら、自分で取りに行くか?と。ふと思いつき、そういえばこの人の住んでいる所すら知らないことに気がついた。

    「あー、いや。朝、準備するのも大変でしょ?持ってきてもらうの申し訳ないからオレが行くよ。先生家って近いんでしょ?」

    ここが職場からの帰り道の途中なのだ、という話は以前聞いた事があったから、きっとご近所なのだろう、と。そう予測しどこら辺なの?と問うと、先生はふむ、と少し考えて。

    「ここから大体、三十分程だな」

    さらりと答えた。

    「さん…え!?三十分!?」
    「あぁ、徒歩で」
    「徒歩で!!」

    いやいやいや、それなら自家用車やバス、自転車…はなんだか似合わないから、それ以外のなにかの交通手段を使えばいいじゃないか!思わぬ返答に声を上げると、石珀が瞬き、形の良い眉が微かに寄った。

    「バスに乗ってしまったら、公子殿に会えないじゃないか」

    むぅ、とまるで言い訳をしている子供のように唇を尖らせる姿に、スープですっかり柔らかくなってしまった心の真ん中の部分がキュウキュウ、と締め付けられる感じがした。うぐぐ、と喉の奥から漏れそうになる謎の呻きをなんとか堪え、え、じゃあ職場までは?と聞くと、「ここからなら十分だな」と返ってきた。

    「以前、公子殿とすれ違った図書館がある大学が、俺の職場だ」
    「あ、あそこなのか」

    確かにそれならばここから近い。成程、と偶然とはいえこの人とこんな関係になったきっかけの場所を思い出し、あぁ、ならば、と。ふと、浮かんだ考えが、そのままポロリと口を転がりでた。
    ……出てしまった。

    「なら、オレの家に住めば?ココ。店の上が家なんだけど、部屋余ってるか、ら……」

    と。
    そこまで言って、しまった、と言葉を止めても時すでに遅し。口をポカンと開き固まるオレと、驚いたように真っ直ぐ綺麗な石珀色の目を向けてくる先生とが見つめ合うこと数秒。オレが「今のなし!」と言うより先に、形の良い唇が「成程、」と呟き、そうして長い指が添えられた。何事かを考えているようなその仕草に、最早オレはなにも言えず、あ、うん……と、謎の返事をすることしか出来なかったのだった。

    以上、回想終了。


    「あぁぁやっちゃったー!!なんで!あんなこと言ったのかオレ!!」

    バンバンと作業台を叩いて声をはりあげても、目の前のシュトーレンの赤ちゃんである丸めた生地が微かに飛び跳ねるだけだ。あの後、先生は「あぁ、時間か。また夜来る」といって固まるオレを置いて仕事へと向かってしまった。そのせいで言い訳も何も出来ず、悶々と羞恥心を抱えながら今に至るというわけである。

    「いや、もー勢いなんだよ…スープ美味しかったから…つい…」

    自分では作ることも出来ないだろう繊細で深い味わいの先生のスープがあまりにもおいしくて、心の芯から温められ解かされて…。つい……そう、つい、思ったことがするりと口から出てしまったのだ。普段ならばきっとこんなことはない。事実、先生以外のお客さんとこんなに話をしたことも、仲良くなったこともましてや一緒に住もう、なんて声をかけたこともないのだ。なのに、どうして、と。自分自身が不思議でたまらない。

    「なんで、」

    するりとあんな事を言ってしまったのか。
    なんで、一緒に暮らすのが、嫌では無いのか。

    「一人で良かったのに」

    師匠兼保護者が本国に戻ってから、ずっと一人で、それでも何も問題はなかったというのに。言葉に出してしまったせいか、今は、もう一人……鍾離先生がいてもいいな、と。いや、いたら楽しいな、いて欲しいな、なんて思ってしまうのだ。

    「なんでだろう」

    ポツリ、こぼした疑問に目の前のシュトーレンも答えてはくれず。ぴぴぴ、と発酵時間の終わりを伝えるタイマーだけが静かな室内に響いたのだった。

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