考えて、想う うっかり考え事をしていたらパンを焦がした。焦げたパンが独特の匂いと共にフライパンの上でぷすぷすと音を立てている。
「あちゃあ……。作り直さなきゃ」
タルタリヤは焦茶の食パンを一旦皿に乗せ、新しいのを焼くべく袋を漁る。どうして焦がしたんだっけ……。隣に置いた焦げパンを見つめながら考える。焦茶、焦茶……龍の尾の様な髪が脳裏によぎって、……あ、先生のこと考えていたんだった。次いつ会おうか、場所は……。
「あ、また焦がした」
今日はもうダメかもしれない。
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もうダメだって日には何もしないに限る。港口付近の出店でチ虎魚焼きを購入すれば、一食にはならなくとも小腹満たしにはなる。もぐもぐと口を動かしながら、魚だから先生は好きじゃないんだろうなと考える。こんなに美味しいのに、過去のトラウマとは根深いものだ。
せっかくなのでそのまま璃月港を散策することにした。どうせ仮宿にいてもやることはないのだし、今日は北国銀行での仕事も休みだから、言ってしまえば暇なのだ。そういえば、鍾離が、今日は緋雲の丘で珍しい骨董の露店が出るのだと言っていた。せっかくだし見にいくのも一興だろう。
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「お客さん、それに気づくなんてお目が高いねぇ!」
タルタリヤが露店で見ていたのは一組の杯だった。落ち着いた黒色で、金と赤の模様が美しかった。うん、これは先生が好きそうだ。店主がその杯がどれだけ由緒正しく高価なものなのか説明しているのを聞き、代金を払ってはたと気づいた。
自分は今日だけで一体何回先生のことを考えただろうか?
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「そういうことだからね、先生。いいかげん俺の頭の中まで侵食してくるのはやめてくれないかな」
鍾離はタルタリヤが自分のことを考えながら購入したという杯を片手に文句を聞いていた。妙な仙術で干渉してくるのをやめろという話だが、生憎自分はそんなことをしていない。妙な誤解をされたままというのも癪だし、こういうのはこじれないうちに素直に言って置くのが吉なのだ。
「公子殿。俺は、お前に対して仙術の類は一切行使していない。俺のことばかり考えるのは、公子殿が勝手に考えているだけだ」
そう伝えたっきり、公子は黙りこくってしまった。数秒考え込んだ後で、じんわりと顔が赤くなっていくのを、鍾離は見逃さなかった。さらに、両手で顔を覆った公子がぼそっと小さく消えいるような声で「俺の人生に入り込みやがって……」と恨み節を呟くのも聞き逃さなかった。見目がいいからてっきり遊んできたかと思っていたが、あまりにも色恋沙汰になれていないので、可愛らしくて、ついうっかり自分まで照れてしまった。顔に熱が集まっていくのを感じる。おそらく鏡を見てみると頬には化粧をしたように赤が乗っていることだろう。鍾離は熱を酒のせいにして誤魔化すために杯をあおった。そして、公子がまだ照れて顔を隠しているせいで自分の顔が見られていないことに感謝した。