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    カナ田

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    カナ田

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    雲虎ワンドロワンライ 1/14お題『こたつ』

    #雲虎
    slyPerson

    村井八雲甘やかし対策会議 鉢呂家のこたつには四人がいる。
     鉢呂、モモちゃん、八雲、八虎。それぞれがこたつの一辺を己が陣地とし、真剣な面持ちでその場に臨んでいる。鉢呂は口元に穏やかな笑みを浮かべつつもどこか心配そうな眼差しをしているし、モモちゃんはいわゆるゲンドウポーズをとりつつ目元に影をおとしている。八虎は眉根を寄せ、負け戦に臨む参謀のごとき面持ちで顎に手を当てて考え込んでいる。八雲はみかんを転がしている。
    「俺もどうにかした方がいいとは思ってるんです」
     八虎が思案にふけった表情のまま口を開く。
    「今の状況は誰にとってもよくない」
    「よく言った八虎!」
     モモちゃんが調子をつけるようにこたつの天板を叩いて叫んだ。
    「ウチが言った通りじゃろ? こういうのは隙を見せたらだめなんよ」
    「とは言ってもさあ」
     鉢呂が腕を組んでうーんと唸る。
    「あんまり無理はさせたくないっていうか。いや理想はそうだよ? でも現実的にそれができるかって話で」
    「できるかできんかじゃない。やるんじゃ!」
    「えー? 根性論?」
     呆れる鉢呂とモモちゃんの顔に交互に視線をやり、相変わらず沈痛悲愴なる面持ちで八虎は思案にくれる。八雲はみかんを独楽のように回転させようと躍起になっている。
    「根性論の何が悪いんじゃ! 土俵際の勝負を制するのは気持ちのある方じゃ!」
    「いや相撲は一瞬でカタがつくけど、八虎くんはそういうわけにいかないでしょ? 一日の中だけでもそういう場面って無数にでてくるだろうにそれを全部気持ちだけでなんとかしろってのは現実的じゃないよ」
    「現実現実現実。そがいな気持ちじゃこの競争社会を生き残れんぞ。挑戦する前に諦める若者は社会の名もなき歯車として一生を終えるんじゃ」
    「モモが社会の何を知ってるの……」
    「どっちの言うことも分かる」
     八虎がおもむろに口を挟む。ふたりの視線が同時に八虎に向けられる。八雲は勢いをつけすぎて天板から落ちて転がっていったみかんを取り戻そうと、脚をこたつにつっこんだまま精一杯身体を伸ばしている。あと五センチ。がんばれ。
    「結局のところ、俺の問題なんだよ」
     八虎は視線を上げる。ふたりは頷く。八雲は手を伸ばし続けている。
    「俺が、どれだけ八雲さんを甘やかすのを我慢できるかっていう」
    「それな」
    「そうなんだよね~」
     ふたりの相槌に、はあー、と大きなため息をついて八虎は再びうなだれる。
     しばしの沈黙。会議中の三人は真剣な表情のまま動きを止める。八雲だけがひとり、どう考えても届かないみかんとの距離を腕を伸ばすという努力のみで縮めようと懸命になっている。手よ延びろ。あるいは空間を歪め、と言ったところか。自分の手の長さや空間を歪めるのは差し支えないがこたつからはこれ以上一ミリも身体を出さないぞという固い意志を感じる。
     それも仕方ない。今日は寒い。一年のうちで最も寒いと言われる時期の、さらに強い寒波が訪れているとニュースで騒がれた週末だ。そういう意味ではエアコンをかたくなに使わず、こたつのみで暖を取ることによって電気代をケチらんとす鉢呂に非があると言えなくもないかもしれなくもない。
     気づくと八虎は立ち上がってた。鉢呂とモモちゃんは八虎を見上げた。ふたりと目を合わせないまま、八虎はのそのそと畳を移動し、八雲の手五センチ先に転がっていたみかんを拾うとまたこたつに戻る。
     天板にそのみかんを置くと、八虎は両手で顔を覆って叫んだ。
    「よくないよね!?」
    「ようないな」
    「うーん、ちょっとねえ……」
     八雲は手を伸ばしたまましばらく動かずにいたが、無言で身体を起こすと天板に戻ってきたみかんをまた弄び始める。自分以外の三人の顔を順に見回すが、八雲と目を合わせる者はいない。
    「みかんくらい自分で拾わしたらええ」
    「いい歳こいてあれはないよ。そもそもみかんで遊ぶなって話だし」
    「遊んでねえよ、触ってたら飛んでっちゃったんだよ。ちゃんと自分で食うつもりだし」
     八雲が口を挟む。三人は無視する。
     八雲は気にした様子もなく、今度はみかんを重ねてタワーを作り始める。
    「なんでかまうんじゃ」
    「俺もよくわかんないけどさ、つい……ついなんかこう、手を出してるっていうか……無意識に身体が動いてるっていうか」
    「ええように使われとるぞ」
    「そうかな? 俺が勝手に手を出してるだけで、八雲さんが俺を使おうってつもりじゃないと思うけど」
    「いやいや、あれは甘えてるよ。八虎くんにゲロゲロに甘えてる。だから俺たちがうんざりするわけで」
    「いちゃつくのはふたりっきりのときだけにしてくれ思うわ」
    「いやほんと……すみません……」
    「いやいや俺達もね、あたたかく見守りたい気持ちはあるんだけどね」
    「ないわ。八虎がかまうから調子にのるんじゃ。なんで厳しゅうせんのじゃ」
     重ねたばかりのみかんから、八雲は慎重に両手を離した。
     五段になったみかんの塔は見事、支えもなくそびえたっている!
     ……のを、八虎が上から順に解体していく。崩れたら落ちた衝撃でみかんがつぶれちゃうかもしれないからね。
    「なんでって言われると……」
     解体しつつも、八虎はみかんの塔に注意を払っていない。無意識に八雲の面倒をみてしまっているのだろう。身体にしみついているのだ。
    「なんていうか……こう…………」
    「なんじゃ」
    「…………かわいい、みたいな」
    「はあ?」
     モモちゃんが、ただでさえ険しそうな表情を更に倍マシでゆがめて動きを止めた。かと思えば数秒後、その顔は天使のような優し気な顔に変わる。
    「大丈夫か? 眼科ついていっちゃろうか?」
    「視力の問題じゃなくて……」
    「じゃ頭の問題?」
    「失礼だよモモ」
     みかんの塔を解体し終わった八虎は、また両手で顔を覆って特大のため息をつく。
    「頭の問題……かもしんない。自分でもおかしいとは思うんだけど……それは分かってるんだけど……。あの八雲さんが……あの、ひとりでなんでもできそうな人が……無人島に行っても勝手に自分の城建築してくつろいでそうな人が……ホラー映画でもひとりだけマシンガンぶん回して死体の山の上でタバコ吸ってそうな人が……」
    「例えはともかくとして、言ってることは分からなくはないけど……」
    「そんな人が、『みかん届かない』みたいなしょうもないことで甘えてくるのって……なんていうかこう……」
     その瞬間、八虎が顔から両手を離して虚空を見つめる。
    「めちゃくちゃかわいくない?」
    「あーダメだねこれは。諦めようモモ」
    「八虎が遠いところに行ってしもうた……」
     八虎はごく真剣な表情で自身が目覚めてしまったギャップ萌えについて考え、鉢呂は悟りきった顔でお茶を飲み、モモちゃんは目の前の友人が精神的に隔絶された世界へ飛び立ってしまったことを嘆いてさめざめと泣く。八雲は退屈そうにあくびをした。
    「いや待って待って二人とも、諦めないで」
    「まだ話すことがあるんか」
    「もう好きにしたらいいんじゃない?」
    「待って! 俺もどうにかしたいとは思ってるんだって! さっき二人が言ってた通りじゃん! 俺だって冷静になったらどうかとは思うしさ、いい歳して甘えるとか甘やかすとかも確かによくないと思うし! みかんぐらい自分で拾えっていうか、そもそも手遊びするなっていうか!」
     八虎は懸命に言い募るが、鉢呂とモモちゃんの目に宿った疑いの色が晴れることはない。
     八虎は一度頭を振った。大の男を捕まえてかわいいなどと言っている場合ではない。そんなことを繰り返した結果、目の前にいるよき友人ふたりから白い目で見られているのだ。今日はそれをなんとかしたくてわざわざこの対策会議を開いたというのに!
    「分かった! もう一切八雲さんを甘やかすようなことはしない! マジでしない! もう八雲さんに頼まれてもみかんは拾わないし、膝枕もしないし、一口くれって言われてもあーんもしない! ほんとにしない!」
    「どさくさに紛れてすごいこと言いよる」
    「できれば知りたくなかったね~」
    「絶対にしない! 今この瞬間から!」
     鉢呂とモモちゃんのぼやきも、勢いづいた八虎の耳には届かない。
     今この瞬間、を示すが如く、八虎は両手をこたつの天板に叩きつけた。威勢のいい音が家中に響き渡り、その反動のように静寂が訪れる。
     八虎は興奮のためか頬を赤くし、決意の固さを示すかのように眉を吊り上げて天板の上のみかんを睨みつけている。モモちゃんはウンウンと何度か頷いたが頭の中はもうすっかり明日の取組のことで一杯になってるし、鉢呂はいつものように柔和な笑みを浮かべつつもご近所から苦情がこないか心配している。
     時が止まったような空間の中、最初に動き出したのは八雲だった。三人の顔を順番に眺め、どうやら謎の話し合いが終わったらしいことを察してまたあくびをする。そろそろ八虎にちょっかいを出しても許される頃だろう。
    「な~、みかん剥いて」
     八雲の言葉に、誰も反応しない。モモちゃんはスマホを開いて今日の相撲の結果を再確認し始めるし、鉢呂はお茶のおかわりを持ってこようと立ち上がってキッチンに向かった。
     八虎はしばらく天板を叩いた姿勢のまま、ぴくりとも動かなかったが……しばらくしておもむろに目の前のみかんを手に取ると、無言のまま皮をむき始める。
     八雲がその様子を眺めていると、目の前にひとふさが差し出される。それをそのまま口で受け止め、咀嚼。八虎はうなだれたまま、八雲と目を合わそうとはしない。それはともかくとして、口の中のみかんはうまい。人からもらったものならなおさら。
    「みかんうま~」
     はー、と八虎が今日一番大きなため息をついた。
     

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