俺は一体。 一生分のビッグイベントがいっぺんに訪れたような、そんな数日間だった。
デク。そう名乗った少年は、俺の夢を、諦めないという強い気持ちを思い出させてくれた。個性を笑わないで、素敵な個性だって言ってくれた。
デクは、俺のヒーローだ。でもそれだけじゃない。俺は、デクが好きだ。恋愛的な意味で。デクもとっくに気付いてはいるんだろう。
俺の個性は嘘がつけない。ピノはデクを見つけるとすぐに飛んでいって、デクの頭に座り込む。たまにデクの頬にキスするもんだから、好きなことなんてきっとバレてる。
日に日に大きくなるこの気持ちなんて。
「また、来るよ。」
デクが抱きついてきて、そう言った。
「俺は来ないでほしいけどな。デクと居るとろくな目に合わねぇ。」
本当は、来てほしい。でもそんなこと言えるわけない。
「じゃあ、僕がかっこいい一人前のヒーローになったら、またここに来るよ。その時は、君に伝えることがあるから聞いてほしいんだ。」
お前はもう十分かっこいい一人前のヒーローだよ。そんな想いをそっと胸にしまう。
「Pi!Pi!」
しまってもまあ、ピノがいる限り俺の本音はだだ漏れだ。十分かっこいいというようにデクの周りを飛び回るピノをつかんで、ポケットに突っ込む。
「ふふ、ありがとう。」
ピノがとっていた反応を見て、デクが嬉しそうに笑う。
この時間が永遠に続けばいい。そう思っても、俺らの関係じゃ不可能なわけで。
「おい緑谷!早く来ねぇと飛行機来ちまうぞ!」
トドロキクンがよくわからない言葉を話す。恐らくそれがデクの母国語、つまりジャパニーズであることと、今デクを呼んでいるということだけは理解できた。
「さて、そろそろいかなくちゃ。」
眉を八の字にしたデクが、しばらく抱き合っていた俺の肩をつかんで、少し距離を作る。
「やっとかよ。じゃあな。」
鼻がツンとするけど、そう言って本音をごまかす。ピノはポケットの中だ。大丈夫。
「そうだ、これ。しばらくは手紙で連絡取り合えたらいいなと思って。ちょっと高いのはわかってるけど、これぐらいはしたいなって思って。」
そう言ってデクが差し出してきたのは、住所が書かれた紙だった。どうやらデクの通っているユーエイ高校に届くようになっているようだ。
「切手代ぐらい、何とかしてやるよ。」
俺はもう、まともに生きるって決めてんだ。
「オイコラクソデク!!はよ来いや俺らまで乗り遅れんだろが!!」
カッチャンがまたジャパニーズで怒鳴り声をあげる。
「ごめんってかっちゃん!」
デクがカッチャンの方を向いて、声を張り上げる。
「えっと、じゃあ今度こそ行くかなくちゃ。」
その声と同時に頬に柔らかいものが当たる感覚がした。
なんだ?一瞬で脳みそを回転させる。キス、されたんだ。理解にそれほど時間はかからなかった。気づいたら、顔が熱くなった。これじゃピノがいてもいなくても変わんねぇじゃん・・・そう考えて心の中で頭を抱える。
「えっと、次会ったときは、ちゃんと口に出して言うから!とりあえず今はこれで!じゃあ!」
自分からしておいて顔を真っ赤にしたデクは、急にいっぺんに喋ったかと思えばあっという間にエスカレーターを上っていってしまった。
さて帰ろうと、悲しみと恥ずかしさがごちゃ混ぜになったようなピノを取り出す。もう一度だけ、デクが行った方を盗み見る
「元気でね!僕のヒーロー!」
エスカレーターのてっぺんで、そう言って手を振ってきやがった。ヤメロよ、恥ずかしいから・・・そう思いながらも手を振りかえす。
「・・・お前の方が、ヒーローだよ。」
呟きは、空港の喧騒の中に消えていく。