ある日、起きるなりコロポンに呼ばれたユカは、不思議な場所でとんでもない授かりものをした。
(どうしよう、どうしよう)
コロポンの力で牧場に戻ってきたユカの頭を占めるのは、ただひたすらにその言葉だけだ。
ユカは牧場主である。祖父の牧場を受け継ぐためにオリーブタウンに来て、最愛の伴侶を得て、今は南の牧場で幸せに過ごしている。だがその伴侶こそが、今最大の問題になってユカの身に降りかかっている。
腕の中には、おくるみに包まれて、すやすやと眠る赤子。
そう、赤子である。
(ああもうユカの馬鹿!お人良し!!)
罪のない赤子の寝顔を見つめながら、ユカは心の中でじたばたともがく。
この赤子を育ててほしい、なんてコロポンに言われ、何故断らなかったのか。自分はいつだってそうだ。誰かから何かを頼まれたら、まず断れない。この赤子を、どうやって伴侶に説明したらいいのだ。そもそも、コロポンのことだって何も話していない。精霊さまのことだって、彼は知らない。ユカ以外の人間の目に見えない存在のことを、どう話せばいいのか。
と、赤子がもぞもぞと動く。思わず固まるユカの前で、赤子はゆっくりと目を開いた。
(私とおんなじ色だ……)
オリーブのような、綺麗な緑色の瞳。そういえば、髪は伴侶と同じぬば玉で。
「か、かわいい……」
お腹を痛めて産んだ子ではないけれど、というかそもそもユカと伴侶の子ではないけれど。
「ふぇ」
赤子は、小さく声を出した。そのまま、泣き始める。その声を聞きつけた伴侶が、自宅から出てきた。
「……ユカ?その赤子は?」
何も問題が解決しないままに、見られてしまった。
ユカは心を決めた。
「あのね、イオリ。驚かないでほしいんだけど……授かっちゃったの、この子」
「そなたの子ではない、のか?」
「私の赤ちゃんじゃないけど……」
結婚して季節が二つ、そういう営みもしているけれど、一向に結果は出ず……と、それはどうでもいいのだとユカは首を振る。怪訝そうな顔のイオリに、駄目で元々、説明を試みる。牧場の敷地に昔から住んでいるコロポンという存在、彼らに助けられ、彼らを助けながら牧場経営をしてきたこと、そして北の祠に住まう精霊さまのこと。イオリはそれらをすべて黙って聞いていた。馬鹿にするでも驚くでもなく。
「…………」
どう答えるべきか言葉を探しているのだろうイオリの前で、また、赤子が、ふぇ、と泣く。なんだかイオリのところに行きたがっているように見えたから、ユカは、その子をさっと差し出した。イオリはその子を、当たり前のように受け取ると、腕の中にそっとおし抱く。
「……名を決めねばなるまい。そも、この赤子は男なのか、おなごなのか」
そして、ふっ、と笑うのだ。
「なに、わしの故郷では貰い子などよくあること。コロポンとやらが何故、そなたにこの子を預けたかは判らぬが、せっかくだ、我らが子として迎え入れようではないか」
話しながら、イオリの顔が何の屈託もない笑顔に変わっていく。それを見ていると、ユカの頭を占めていた「どうしよう」の言葉が、少しずつ消えていく。そう、何も心配ないのだ。イオリは、この子を受け入れた。ならば、自分も受け入れるべきだ。何より、イオリと同じ色の髪、自分と同じ色の瞳の赤子なんて、運命としか思えない授かり子ではないか。
「うん、そうだね」
でも、とユカは付け足す。
「まずは、朝ご飯にしよう!」
「うむ!」
イオリが頷くのに合わせ、彼の腕の中の赤子が、にへら、と笑った気がした。