バアルくんのやつ ステージの上でギターを奏でる彼を見て、わたしは一目惚れというものを知った。
「あの! 好きです!!!」
「は?」
迷惑そうに細められた目に、一瞬怯みそうになるが今のわたしは無敵と名高い恋する乙女なのだ。ここで引くわけにはいかない。
「さっきの演奏、とっても素晴らしかったです!!!」
勇気を出してもう一歩を踏み出す。更に眉間の皺を深めた彼は、ありがとうとだけ言ってさっさとどこかへ去ろうとしてしまう。なんとか呼び止めようとすると、次の予定があると続けてそのままどこかへと去っていってしまった。
それから。彼が参加していたバンドのライブがまた行われると知り、わざわざ隣の島まで見に行った……が、そこに彼の姿は無かった。彼にしたように出待ちをしてそのバンドのメンバーに話を聞くと、どうやら彼はサポートメンバーだったらしく、彼の行方はそのバンドのメンバーたちも知らないようだった。わたしは絶望し、とぼとぼと家へと帰った。
悪いことというのはどうやら続くようで、それから少しするとわたしの住んでいる村に魔物が出るようになった。最初は村の男衆でなんとか対応していたが、じきにそれでも追い付かなくなり、怪我人も増え、どうしようもならなくなったので、騎空団に魔物退治の依頼をすることになった。
数日後に現れた騎空団は、若さに見合わない凄まじい力を持った団長さんが率いる団で、村の腕自慢たちでも敵わなかった魔物を仲間たちと協力してあっという間に退治してしまった。しかしそれがどうでもよくなってしまうくらいにわたしは驚いていた。あのときの彼が、その騎空団の一員としてこの村に来ていたのだ! 夜に団の皆さんへの礼として開かれた宴を、少し離れたところから遠巻きに眺めている彼の姿を見つけて、わたしは勇気を出して近付いた。
「あの……先日のバンドの、ギターの方ですよね?」
「お前は……」
彼の目が怪訝そうに細められる。しかし、ここで話せなければきっと後悔すると思い、わたしは言葉を続けた。
「ええと……助けてくださって、ありがとうございました。騎空士の方だったんですね」
「いや……俺は一時的に世話になっているだけだ。礼なら団長に言うといい」
「団長さんには先程お伝えしました。その、この間は、困らせてしまってごめんなさい」
深々と頭を下げるわたしに、困惑しているような気配を感じた。頭を上げて、なんとか言葉を振り絞る。
「迷惑かもしれないんですが、これを受け取っては頂けませんか」
木と石を加工して作ったそれは、この村に昔から伝わる幸運のお守りだ。団長さんたちと戦う彼を見て、彼はわたしと共に在るようなひとでは無かったと痛感した。それでも彼にどうしても、この気持ちの欠片だけでもわかってほしくて、宴の準備を妹に代わってもらって急いで作ったものだった。
彼は黙ってそれを受け取ると、まじまじと眺めた。なんだか気恥ずかしい感じがして、今すぐにでも去ってしまいたくなる。どうかいらないと言って投げ捨てたりはしないでほしい、と願っていると、彼はわかったとだけ言ってそれを懐にしまった。
「それは、幸運のお守りなんです。あなたの旅路に、幸せがありますように!」
なんとかそれを言い切ったとき、瞼が熱を持ってきたのがわかった。失礼だとは分かっていても、涙を見せる訳にはいかないとその場を走り去る。彼が追いかけてくることはなかった。だが、それでいいのだ。
そのまま家に帰って、布団の中でひっそりと泣いた。いつの間にか眠っていたようで、目が覚めたのは昼前だった。騎空団の人たちは、もう既に出発したらしかった。わたしはただ、彼のしあわせを祈り続けた。