Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    まちこ

    twst/ジャミ監が好き rkrn/di先生が熱い 好き勝手書き散らす場所にします みんな幸せになれ

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 52

    まちこ

    ☆quiet follow

    ジャミルに監督生を引き止めさせたかった()

    「いっ!!」

    「あ~、ごめんねぇ、カニちゃん」



     バスケ部の練習中、なんとなくエースが上の空だと思っていた矢先にフロイドのボールが彼の顔に直撃した。幸いにも早いボールではなかったが、それでも重たいボールは顔面に十分すぎる衝撃を与えていて、たらりと鼻血が垂れている。



    「大丈夫か?」

    「いってぇ・・・」

    「全く・・・注意力散漫だぞ。おい、誰かタオル」

    「ユウ、帰るらしいっすよ」



     誰かが投げたタオルはキャッチしきれず床に落ちた。一瞬じゃ言葉の意味が分からなくて、なんて返すのが正しいのか考えていると、エースはタオルを拾うことなく自分のTシャツの襟で乱暴に鼻血を拭って「医務室行ってきます」と言葉を残し体育館から消えていった。



    「小エビちゃん帰るって?なにそれ」



     壁に思いっきりぶつけられたボールは大きな音を響かせると勢いよく跳ね返って、床を数回バウンドすると慌てて他の部員がキャッチした。静まり返った体育館に舌打ちが響く。



    「面白くねー冗談」



     吐き捨てるように言って次はフロイドが体育館から消えていく。さすがにざわつき始めた部員を治めなければ、思って口を開こうとしたとき、初めて奥歯を噛みしめていることに気づいた。口の中がわずかに血の味がする。



    「みんな落ち着け、フロイドがああなのはいつものことだ。練習の続きをやるぞ」



     大会が近いんだ、声を張り上げながらまるで自分に言い聞かせているみたいだった。




     着替える時間さえ惜しかった。とにかく彼女を見つけて話を聞きたかった。

     運動着のまま廊下を走っていると珍しく一人で歩いているグリムを見つけた。心なしか大人しく、俺の足音を聞いて顔を上げてもいつものように夕飯の催促をすることもない。



    「グリム、監督生は?」



     まさかこんなセリフをグリムに言う日が来るなんて思わなかった。



    「ユウならもう寮に戻ったんだゾ」

    「お前を置いて先に?」

    「・・・帰る準備をしなくちゃいけないって」

    「・・・本当に、帰るのか」

    「ま、まあ、もう子分の面倒を見なくて済むんだから、俺様はセーセーするんだゾ!」



     あまりにも分かりやすい強がりに彼女が帰るということへの現実味が増す。俺はグリムを残してオンボロ寮がある方へ地面を蹴った。後ろから声は聞こえてこない。


     走るにつれて生徒たちの数は減っていき、完全にいなくなってさらに進めばオンボロ寮にたどり着く。なのに足のスピードはゆっくり落ちて、ついにその場に立ち尽くしてしまった。無我夢中でやってきたはいいけど彼女になんて顔をして会えばいい?



    「あれ、ジャミル先輩」



     感情のままに走ったことを後悔する。オンボロ寮の方から歩いてきたのは彼女だった。すでに部屋着に着替えていてTシャツにデニム、それにパーカーを羽織っている。制服姿しか見ないから新鮮で一瞬だけ目を奪われた。



    「どうされました?」

    「いや」

    「・・・もしかして、グリムが何かやらかしたり・・・?」

    「そ、そうじゃなくて!」



     俺がここに来た理由を必死に考えているのか、斜め下を見て首をひねる彼女にきっと答えは見つけられない。自分のために俺が走ってきたなんて想像もしないだろうから。



    「・・・帰るんだって?」

    「え?」

    「エースに聞いたよ」

    「そう、なんですか」

    「・・・話を聞きたい」



     Tシャツの裾をきつく握って彼女は笑う。



    「じゃあ寮に行きましょう。お茶でもどうですか?」



     寮の中は掃除されていて、前に来たときはソファに乱雑に置かれたままだった毛布もクッションもきれいに重ねられていた。ここから一人、人がいなくなることが痛いほど分かる空間。こめかみがうずく。



    「ジャミル先輩が淹れてくれてから、紅茶が好きになったんですよ」



     華やかな香りを運んできた彼女は、俺に小さな花柄があしらわれたティーカップの一つを差しだした。そして一つは自分の手に持って、隣に座る。いつも使っていたマグカップは、もう使っていないらしい。



    「先輩みたいに上手に淹れられないんですけど」



     ほのかに黄色に色づいた紅茶に出来た小さな波が消えて映り込む俺の眉間には深いしわが刻まれていた。無意識に彼女を睨みつけていたのかと慌てて表情を変えようとするけど笑顔なんて到底出てこない。



    「・・・先輩、私、何を話したらいいですか?」



     まるで錆びたブリキのような動きでティーカップから俺の方へ顔を向けた彼女は今にも泣きだしそうで、元の世界に帰れる人間がするような表情ではなかった。視線だけ下げると紅茶の海の波は大きく、手がわずかに震えている。



    「・・・帰る方法は?」

    「・・・鏡が、あります」

    「鏡?」

    「元の世界に繋がる鏡が」



     そう言って彼女はゆっくり俯いて一度深呼吸をした。



    「割らないといけない」

    「え?」

    「私が向こうへ行ったら、割らないといけないんです。二度と同じことがないように」



     それは、もう二度と彼女も戻ってこれないというわけで。



    「そりゃあ、何回もこんなことが起きたら困りますもんね!」



     ぽつんと「みんなに迷惑ですし」と零したかと思えば、彼女は手の中にあったティーカップの紅茶を一気に飲み干した。勢いよく飲み干したせいで大きくせき込む背中を慌てて擦る。



    「先輩」

    「なんだ」

    「頼んでもいいですか」

    「なに、を」

    「私が帰ったら鏡を割ってください」



     涙目でしっかりと俺をとらえて話は続く。



    「先輩に割ってもらいたい」



     カッと胸が熱くなった。



    「バカ言うな!」



     床に紅茶が染みていく。落ちたティーカップは足にぶつかって遠くへ転がっていった。いきなり俺に両腕を掴まれた彼女は身を強張らせてぎゅっと手のひらを握りしめている。



    「バカなのは分かってます、でも」

    「なんだ?仲良くしてたエースたちには頼みづらいって?」

    「そんなこと言ってない!」

    「じゃあなんで俺なんだ」

    「だって」



     両腕を掴んだ手を背中に回して抱きしめる。彼女の顔を見たくなくて、見てしまったら余計なことを口走りそうで怖かった。



    「・・・こんなことされたら、余計に帰りたくなくなるじゃないですか」



     俺の肩に顔を埋めて小さく呟いた彼女の腕が背中に回る。



    「諦めたかったから、先輩に割ってほしかったのに」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works