【弓鄭】うつくしいひと 我が主、鄭明儼はうつくしい男だ。
夜から朝に変わる薄灯りの中、同じ寝台の上でまどろんでいるそのひとの、端正な顔をかたちづくるひとつひとつを目でなぞる、そのひとときが気に入りだ。
一切の無駄なくなめらかな曲線を描く輪郭の線、切れ長の瞼を縁取る長い睫毛、筋の通った鼻、かたちの好い唇、深い緑の長く艶のある髪。
それらすべてが夜の中で自分を求めて手をのばす、己の腕の中にいる、他の誰にも見せないような顔で。それにどうして愛おしさを感じずにいられるだろうか。
浅ましいと思うのと同じくらいに満たされている、どうしようもない程に。
同じ時を、体を、重ねたら重ねただけ彼にとっての唯一が自分であればいい、自分だけであってほしい、なんて、ありもしない夢を見る。
愛の真似事をしたところで私と彼は同じ時間を生きるものではない。ほんの一時の、けれどそれでもその時間が今生の私の持てる全てであるならば、それらを皆与えてしまったってかまわないくらいの、
だからやはり愛なのだ、これは。真似事だとしても。
流れた髪を指で梳く。
庭の方から聞こえた小鳥の囀る声に顔をあげれば、腕の中でもぞ、と動いた主がまだ眠たそうな声で私を呼ぶ。
夜の延長線上にある少し掠れた声は私しか知らない。
「アーチャー、毎度云うがおまえは別にそんなことしなくていいんだぞ」
朝のひかりが満ちた部屋で彼の長い髪に櫛を通す。
「おまえは俺の家臣じゃないんだから」
「毎度云っているが私が好きでやっているだけだ」
聞き飽きた言葉に云い飽きた言葉で返す。鏡の中の主は不服そうに口を尖らせている。
光の加減で具合の変わるうつくしい深いみどりを丁寧に結うのがすきだ。
自分だけが知る顔が、だんだん外行きのそれになっていく。
彼をかたちづくるうつくしいものの一片が自分の手の中でつくりあげられていくようで、それはとても恍惚に似た、
「アーチャーはやらせてくれないのになぁ」
「おまえは私の家臣じゃないからな」
ほら、出来上がりだ、と口を尖らせた顔を鏡に向かせれば、鏡の中の彼の瞳と視線が合う。
「アーチャーの銀色の髪、綺麗ですきなんだがなぁ」
「それは初耳だな」
「黄金色の瞳も朝のひかりのようで」
綺麗だ、なんて、何の躊躇いもなく云ってのける。
「それは……どうも……?」
歯切れの悪くなった私を見て満足そうに我が主は笑う。
嗚呼、やっぱり敵わない。敵わないままでありたい。
うつくしくて、かわいくて、まっすぐな太陽のようなひと。
このひととの時間が愛と呼ぶには短すぎるものだとしても、やはりそれ以外に当て嵌められる言葉は私には見つけられないのだろう、きっと。