ランドゥー家のカカワーシャ1.
古のシルバーメインの符号で記された暗号文。その答えを求めてセーバルの工房に足を運んだが、手応えはなかった。
「だったらジェパードに聞いたらわかるかな?」
「あははっ、ジェイちゃんに聞くくらいなら自分で解いた方が早いよ!あっ、でもワーちゃんならわかるかも。」
「ワーちゃん?」
「二人目の弟。博物館の館長でね。人懐っこくて優しい、いい子だよ。今の時間ならまだ向こうだと思うし、行っておいで。」
セーバルに言われ、開拓者達は歴史文化博物館へと向かう。受付の女性に目的の人物のことを尋ねると、奥から小柄で細身な男性が姿を現した。
歳の頃はジェパードと同じくらいだろうか。髪の色こそセーバル達のような金髪だが、顔立ちがあまり似ていない。それに細いフレームの眼鏡の奥から覗くネオンのような瞳が異彩を放っている。
「エヴィキン人か。」
丹恒が呟くと、なのかが首を傾げる。
「荒涼の星ツガンニアIVにいた少数民族だ。八方美人で、嘘つきで、生来の詐欺師。そういう話を聞いたことはある。」
「えっ、この人もサンポと同じってこと!?」
なのかの言葉にエヴィキン人の青年の顔がにわかに険しくなった。
「指名手配犯と同じにされるのは侵害だな。少なくとも君達の目の前の僕は大守護者様の命でこの博物館を任された学芸員だし、展示物の盗難にも関わっていない。それとも君達はどこかでエヴィキン人に会って騙されたことでもあるのかい?」
「そ、それは…。」
「…ふふっ、ないだろう?だってエヴィキン人はこの宇宙でたった一人、僕しかいないから。その僕だって、幸運にもランドゥー家に拾われてからずっとベロブルグで生きてきた。詐欺師で嘘つきで、八方美人のエヴィキン人というのは、遠い昔に作られた偏見というやつさ。
…さて、紹介しておこう。ここはベロブルグの誇る歴史文化博物館。そして僕は館長を務めるカカワーシャ・ランドゥーだよ。よろしくね。」
相好を緩め、カカワーシャ・ランドゥーは人懐こい笑みを浮かべてみせるのだった。
ー ランドゥー家のカカワーシャ ー
2.
博物館の復興を通じ、カカワーシャとの誼を結んだ開拓者は今日初めてそれを後悔することになった。
「僕のジェイ君に悪い虫がつきそうなんだ、マイフレンド。デートを尾行して様子を見てきてくれないかい?」
「…なんて?」
「僕のジェイ君にサンポ・コースキとかいう虫がつきそうだから、隙を見てソイツを潰してきてほしいんだけど。」
「落ち着いて。」
そもそも僕のジェイ君ってなんだとか、そういう疑問はさておき。開拓者のためにカカワーシャは説明を始めた。
「ジェイ君と僕は血こそ繋がってないけど、双子の兄弟みたいに育ってね。彼の抜けた所や生真面目さは勿論、そっちの経験についても知っている。彼はこの世にあそこまで気高く純粋な人間がいるのか?ってくらいピュアっピュアな存護の天使なんだ。」
男所帯のシルバーメインにいる以上それは過大評価がすぎるのでは?という言葉を飲み込み、開拓者は話を促す。
「そんなジェイ君にあのサンポが…先人の偉大なる功績を伝える歴史文化博物館の展示品盗難に関わったコールドフッドが、どのツラ下げて博物館ボランティアやるんだと思ってたら『このツラです。カッコイイでしょう?』みたいな顔でやってきて普通に仕事して帰るような男が、僕のジェイ君にたかってるんだよ。許されると思う?僕だったら殴ってる。下手なガイドより優秀なのも腹が立つ。」
「じゃあ最初から殴り込めばいいのでは?」
「そんなこと出来ないよ!だって、ジェイ君の記念すべき初デート♡だよ!?昨晩『この服はどうかな、カカワーシャ?』って頬を染めて、当日の服を見せに来たんだよ?!台無しになんてできないさ!あっ、服は僕のセンスでモデル並にしてあげたから、安心して。」
リンクスの時もそうだったが、カカワーシャの家族ーーー特にきょうだいに対する思いは異常とも言える。彼の生い立ちを考えれば仕方のないことかもしれないが、それにしても苛烈過ぎるだろう。
“まあ、相手がサンポだしな……。”
しかしなんのかんの言って、あの二人は互いを憎からず思っているのは知っている。変なことにはならないだろう。
これで報酬が入るならばと、開拓者は依頼を引き受けた。
なお開拓者はこの後尾行がバレた上サンポに撒かれ、翌朝になんだか雰囲気が変わったジェパードを見たカカワーシャにバチクソ怒られることを知らない。
3.
「ワーちゃんの様子がね、おかしいのよ。」
「最近のカカワーシャはよく空を見てため息をついているんだ。」
「ワー兄ちゃんが遠くから来たのは知ってる。もしかして、ツガンニアが恋しいのかな…?」
このきょうだいは少しばかりシスコンブラコンが過ぎないか?
毛玉と名付けた次元プーマンを抱えた開拓者は人差し指でこめかみを抑えた。
「心配なのもそうだが、カカワーシャの様子がおかしくなったのはスターピースカンパニーがベロブルグを訪れた頃からだ。だから……。」
「カンパニーに何か変なことをされていないか、と?」
開拓者の言葉にランドゥーのきょうだいは三者三様に頷く。
ベロブルグ全土を巻き込んだカンパニーとの提携騒動。その総監であったトパーズこそ良識的な商人であったが、他の社員はどうか。それについては首を傾げざるをえない。
「こんなことは言いたくないんだけど…ワーちゃんはたった一人のエヴィキン人。実際ワーちゃんの乗った船がこの星に不時着してなきゃ、どこかに売られててもおかしくなかった。何かある前に原因を突き止めたいの。手伝ってくれる?」
「わかった。」
とは言っても、何をすればいいのか。とにかく本人の様子を見に行こう。今なら博物館にいるだろうか。そう思いながら開拓者が足を向ければ、ロビーにカカワーシャの姿があった。
「ど、Dr.レイシオ…?」
「む、君か。」
「わっ、マイフレンド!?」
ああ、こういう顔は見たことある。ジェパードが尾行に気づいた時、同じ顔してた。血は繋がってなくても、一緒に育てば似てくるのか。開拓者は一つ学びを得た。この場合は現実逃避とも言うのだが。
「あっ、この人は…」
「僕から話そう。カンパニーの知人からヤリーロⅥにまだ文明が存在し、そこに第二次カティカ・エヴィキン虐殺事件で全滅したはずのエヴィキン人がいたと聞いてな。こうして会いに来たわけだ。」
「そ、そう!論文のお渡しも兼ねて、博物館を案内してたんだ!その出来が良ければ、僕を第一真理大学に推薦してくれるって話もあってさ…!」
うんうん、そうかそうか。それならなんでこんな玄関出た所で素顔晒して親しげに立ち話してるんだろうね。
開拓者は次元プーマンに顔を埋め、思いっきり呼吸する。察しの良さが憎くなりそうだ。
「カカワーシャ…セーバル達呼んできていい?というかもう呼んだ。カンパニーに連れて行かれないかって心配してたから、誤解は自分で解いて。教授、カカワーシャのきょうだいがこっちに来てるからあとはよろしく。」
「わかった。ご挨拶させてもらおう。」
ガチャガチャと重い音が聞こえてくる。こういう時ジェパードは本当にわかりやすくていい。
「じゃあ、そろそろおいとま…」
「ちょうどよかった。アンタも立ち会って。こういう話は身内だけじゃ拗れるし、そこの学者さんのこと知ってるんだろう?」
はい、知ってます。一緒に宇宙ステーションの虫を駆除して神隠しを解決しました。逃げられませんね。
「ぷい?」
ああ、毛玉。お前が癒やしだ。お前も一緒に話を聞こうな。