未来に触れる。「不服ってツラしてる。美人がもったいない」
「……口説いても何も出ないぞ、シャルル殿」
軽いコミュニケーションもあっさり突っぱねられたシャルルは、まだまだお堅いねぇと肩をすくめては苦笑いしつつ手ごろな薪を拾い上げた。
──”密談”とその陰謀の阻止のため一時的に手を組むことになった一行は、サンランドの砂漠を目前に控えたところで一度足を止めることになった。それぞれ旅慣れはしているものの相手が砂漠となっては話は別、急ぎ足でリバーランドを抜けた分ここで一度休息を入れることになる。
そして旅団たちが野営の準備を進めてくれている中、シャルルとエルが任されたのは薪集めだった。休息のタイミングもこの役割配分も、真っ当な判断だとシャルルも思う。
「時間がないというのに……」
特にエルがこの状態ではなおさらだ。
「エル~、そうはいってもサンランドの砂漠はそう優しくはないぜ? 少しでも余裕をもっていかねえと、いざって時何もできなくなっちまうぞ。現地ついたらいきなり! なんてことだってありえるんだからさ」
「っ……それは、そうだが……」
剣士エルは渋い声をだしながらも周囲に視線をやる。見かねたシャルルは手本になりそうな枝をそれとなく教えてやると、”なるほどそういうのを選べばいいのか”とエルは乾いた枝を一本拾い上げる。
「……薪の拾い方も、しらないか」
エルは自嘲するように拾い上げたそれを撫でる。
「旅は慣れないかい。まぁ恥じることじゃねえさ、俺だって最初はそんなんだったしな」
シャルルは己が旅立った日を思い起こす。もう限界だと飛び出した先の世界は、己があまりにも小さいと思えるほど大きな世界が広がっていた。
「そう、なのか?」
意外なものを見る目でエルがシャルルを見る。
シャルルにとって今この目の前の彼女は、かつて旅立ったあの日の自分によく似ていた。
「おうよ。金の管理もヘッタクソだし日程とか全然読めねぇし、火起こしもまともにできなかったな! 誰だってそんなもんだ、できないことも知らないことも悪いことじゃない。今から知ればいいんだからさ」
ちょっとした先輩風を吹かせてシャルルはエルに、かつての自分に手を差し伸べる。
かつて旅立ったあの日。自由だ、最初はそう思った。だが旅を続けるにつれ、シャルルはその自由とは裏腹に何もできない無力さを思い知る。
重いマントを脱ぎ捨てて、なんだって出来る気がしていた。けれども現実はただのちっぽけな一人の若造が立っているだけだった。
「……間に合うだろうか、今からでも」
「間に合うさ、あんたがその気なら」
かつて欲しかった言葉を投げかける。エルが確かに小さく息を呑むと、ずっと張り詰めていた空気がようやく少しだけ柔らかくなった。
「いや、すまない。私も焦っているのだと思う。……本当は怖いんだ、間に合ったとして私に出来ることはあるのかと」
一つ一つ薪になりうる枝を拾い上げながらエルは呟く。「前に進むたびに、無力な私が浮き彫りになるようで」と。シャルルは目を伏せながら手元に集めた薪を見る。「気持ちは分かるよ。俺だって、……結局それっぽくやってるだけさ。自分自身に大した力もないの、分かってっから」するっと口から抜け出した言葉は随分としけっていた。
「ではなぜ?」
「……なんでだろうなぁ」
乾いた笑顔でシャルルは笑う。
努力はしている、策も立てている。けれどもどこまでも付き纏うこの無力感は、シャルルの気力をそぎ落としていくのは確かで。
あの城を飛び出してから、シャルルは自分が何かを成しえたとは思えなかった。多くの目の前の命を助けただろう、風の噂を頼りにさ迷って時には悪漢を打倒したりもした。けれども何も変わらなかった、旅人一人の力では今日をどうにかするだけで手いっぱいだったのだ。
未来を変えるどころか、触れることさえもできやしない。……そんな中で見つけたのが、エルとかの旅団だった。
「あんたらが眩しくて。目的に向かって全力疾走してるの、なんかいいなって思ったんだ」
──期待、のような何か。時が来たのだとシャルルの心臓が叫んでいた。それが何に対してのものなのかは今はまだ分からない、しかし突如として目の前をよぎった流星のようなそれらからシャルルは目を離せない。
眩しいおかげでまた何か見えそうな気がする。そんな、何かしらへの……期待。
「そんだけ」
「シャルル……」
「……なーんてなっ、らしくねえことベラベラ言っちまった! 薪の数も十分だ、さっさと戻ろうぜ。みんな待ってる」
集め終えた薪を抱えてシャルルはエルと共に歩く。この瞬きは種火になるだろうか? 種火になったとて明日にも消えてしまうだろうか。そんなことは分からないし、きっとどうだっていいことだろう。
火は今ここにあって、煌々と闇夜を照らそうと燃えている。その事実さえあればシャルルにとっては十分だった、……十分すぎた。
「あっそうだ、わりぃ一個だけ訂正。実はウソこいた、今でも火起こしは苦手だわ」
「……っふふ、そうか。誰だってそんなものか」
小さな種火と薪をかき集めて見える景色は、きっと見たことのない景色に違いない。