ファーストピアス「どうしたんだセイル、お前から頼み事とは珍しいな」
「た、大したことじゃないんだ。えっと、その……」
本日の宿。気恥ずかしそうにもじもじと身を縮めるセイルの様子に、ヨルンは首を傾げた。
何かあっただろうかと考えてもあまり浮かばない。よく分からないまま彼の要件を待つと、セイルは意を決した様子で何かを差し出した。
それは少し前に装備の分配で彼に渡したピアスだった。旅人にとってアクセサリーはそこそこ重要だ。なのでセイルにもと手渡したのだが、どうやらある一点を失念していたようだ。
「ピアスの穴……開けて欲しくて……」
“頼みたいことがある”とセイルが珍しく服の裾を掴むものだからどうしたことかと思ったが、そういうことだったかと息を吐いた。
「穴開けてなかったのか。すまない、気を使うべきだったか……無理して空けなくともいい、別の選択肢もある」
「そ、そんなに気を使わなくていいよ。おれが開けたいんだ……ずっと興味があったのだけど、村じゃ機会がなくて。この際だからやろうかなって」
薬師に頼めばすぐだと思うが、おそらくそういうことではないんだろうなと思い当たる。
「薬師に頼めばいいっていうのは知ってるんだけど、その、悪いんだけど怖くて……」
「……まあ、確かに。見知った仲だと余計に身構えるところはあるな」
薬師というとオーゲンが筆頭に上がる。他にもロディオンやメレットといったそこそこ手加減してくれそうなものたちはいるものの、残念ながら今の編成に彼らはいない。
オーゲンかヘイズか、その二択で迫られたら確かに逃げたくなるかも? と納得しかけたところでセイルはそれ以前の理由を告白した。
「それにその……情けない声あげちゃいそうで……」
「……、あぁ……」
ヨルンは自分が初めてピアスの穴をあけてもらった日のことを思い出した。
師匠に必要になるからと言われるがまま頭を預けた夜、一瞬の痛みに驚いて表現の難しい悲鳴をあげた記憶がよぎる。確かにあれは人に聞かれたくない。
「だろ……? だからその、ヨルンだったら怖くないかなと思ったんだ」
「色々突っ込みたいところはあるが……まぁいいか」
念には念をとセイルは薬師からやり方のメモを受け取っていたらしく、それに従って手順を進めていく。これを受け取る勇気があるならそのまま開けてしまえばいいだろうに、できなかったのだろうなぁと肩をすくめる。
「ひ、一思いに……!!」
「そんな介錯みたいな」
「いやでも怖くて!!」
「開けたいんだろう? 大人しくしていろ」
返事も待たずにピアスの穴を空けてやると、「いぃっ!?」というなんとも言えない悲鳴が上がった。昔もこんなだったなと思い出しながら処置をしていく。
「耳がジンジンする……」
「穴が安定するまで外さないように」
「はーい」
穴を安定させるためのファーストピアスがちろりと瞬く。セイルは自分の耳に通したそれに触れては、どことなく機嫌が良さげにはにかんだ。
「……えへへ、」
「怖がっていたわりには楽しげだな」
「うん、憧れだったから……痛かったけれど、嬉しい」
憧れの意味があまりよくわからないヨルンは、何となくで「そうか」としか言えない。
ピアスの穴も、剣も、人斬りの技術も必要になるからと師匠から与えられたものだった。欲しいと願ったものがあった覚えがヨルンにはない。
だから、欲しいものが手に入らなかったことが実のところない。
「(セイルには、あるのだろうな)」
もどかしい思いだった。
自分は、セイルにちゃんと何か出来ているだろうか?
「ありがとう、ヨルン」
「どういたしまして」
ちろりと瞬いたピアスの輝きにどことない焦燥を覚えつつも、「変じゃない?」と聞くセイルに向けて「ちゃんとかっこいいぞ」と言ってやるのだった。