Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Namako_Sitera

    @Namako_Sitera
    ヘキに忠実に生きたい。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 31

    Namako_Sitera

    ☆quiet follow

    ステッドとアラウネの話。女帝裁判の話。

    命火拝領 〈4〉 灯火の守り手と選ばれし者がホルンブルグへの遠征に向かったその一方、現世に残った朱の黎明団は副団長クレスの指揮のもとオルステラ各地で起こるボヤ騒ぎの処理に追われていた。
     西方の女帝タトゥロックの処刑が未知の敵によって中断され、その未知の敵……つまり亡者がクラグスピア及びエドラスを襲ったということそのものが衝撃的な事件であった。タトゥロックの処刑も結果的にうやむやになり民の感情も制御どころではなく、亡者への恐怖はさらにそれを加速させるものである。情勢は揺れ、そしてその揺れを格好の機会と捉えるものたちも多いのがこのオルステラの現実だ。
     サザントスと呼ばれる神に反旗を翻した男の脅威に対抗すべく灯火の守り手は協定を組んだが、その手はあまりにも少なく小さい。国単位でしか動くことが出来ない灯火の守り手たちを補佐すべく、朱の黎明団は彼らの手では取りこぼすこのボヤ騒ぎに対処することに決めた。以前からアライアンスを分け各地に展開していたからこそ出来ることだったのだろう、その手際の良さは最近加入したばかりのステッドの目に鮮烈に映ることになった。
     地元に戻り亡者の襲撃に備えるものたちや、己の使命に基づいて行動する者たち、むしろ今が商機だと仕事に打ち込むものたち……とそれぞれが好き勝手しているというのにも関わらず、急造のアライアンスやグループであっても問題を起こさず連携の取る彼らの小回りの良さは他に類を見ないだろう。
     その中でステッドは、副団長クレスの率いるアライアンスと共にエドラスにいた。ホルンブルグに旅立った精鋭隊を迎える連絡係、そしてアラウネの護衛が主な目的だ。力があるとはいえどなぜ旅団が護衛を? と思ったが、その疑問はすぐさま解決する。

    「(見ていられる人間を出来るだけ、と言ってはいましたが……なるほど、そういうことでしたか)」
     
     エドラスを取り巻く民の感情は揺れ、不安に覆われている。それらの不安を取り除くべくアラウネ女王が取った行動は、アラウネ女王自身が民の声を聴くために市街地へ赴くといったものだったのだ。いくらなんでも直球すぎるというか、確かに一番効果的ではあるが非常に危険な手段だ。
     一人一人に真摯に向き合い、時間が許す限りアラウネは民の声を聴く。その姿に心を打たれるものもいれば、無防備だと命を狙うものもいる。朱の黎明団の主力格が多くここに残ったのも頷ける、確かにこれは厄介な仕事だ。団長ヨルンが数を揃えようとしたのもこのためだったのだろう。
     護衛は護衛に長けたものたちが務める。なのでステッドはミロードやマドレーヌ、ユークスといった神官たちと共に住人たちからの不安を聞き彼らを導く仕事についた。神官としての本懐である……が、そこで目にしたのはエドラスという国が背負う歪な歴史そのものだった。

    「王の言葉は法そのものです。わたしたちも逆らうつもりはありません、ただ……不安なのです。アラウネ様は優しいお方です、わたしたち下々のものにまで目を向けてくださる……。しかしどうしても、わたしたちはエリカ様を思い出してしまうのです。あぁ、エリカ様とマフレズ様が導くエドラスはどんな国になったろう……と」
     
     かつて民衆から強く期待されていた将軍マフレズは死に、王女エリカもまたパーディス三世の手で処刑された。圧政に続く圧政を終わらせたのは、王女エリカの遺志を継いだ王女アラウネだった。
     アラウネの人柄は民衆からも高く評価されてはいたが、エリカほどではなかったのだろう。民衆の声のほとんどはこの国の変わりゆく未来への困惑と不安だった。ステッドは彼らの声に耳を傾けながら未だ空座であるドニエスクを想った。その座を抱くものが望ましいものであれば一番いいが、そうでないものが状況的に据え置かれるような状況になった場合、ステッドはその人間を信じることが出来るだろうか? 頷くことはできなかったが、己の答えが見出せずとも声を受け止めるのが神官の役目だ。
     一日の業務を終え、帰路に就く。まるっと一日相談に費やしたおかげでくたくただ、酒でも飲みたいなぁと思ったところでステッドはある女性に声をかけられる。疲労のたまった耳には少々やかましい元気な声、その人物は朱の黎明団の中でも有名な旅人だった。

    「あなたは……あっちょっと待ってください、当てます。……エデルガルトさん、ですね?」
    「うむ、正解じゃ! そなたは確かステッドといったな。先ほどの手腕見せてもらったぞ、流石団長が目をかけた人材じゃな」
    「あれぐらいは神官として当然です。……ちょっと待ってください、団長がなんですって?」 
     
     クロムルードの王女エデルガルト。朱の黎明団の中ではアライアンスの一つを任され、それと同時に相互協力の仲にあるという。普段は東方面を中心に活動しているらしいが、今回の件を聞き仲間たちと共にエドラスに様子を見に来ていたそうだ。が。ちょっとさっき聞き捨てならない台詞が混じっていたのをステッドは逃さなかった。
     
    「む? そなた、ヨルンから直々にスカウトされたのじゃろう?」
    「それはまぁそうですけど……それどうしてそうなるんです? あれでも勧誘ぐらいするでしょう」
    「せぬよ」
    「えっ」
    「ヨルンはめったに人を呼ばぬ。あやつが声をかけたのは現状わらわとそなた、あと噂の正体の分からぬ剣士ぐらいじゃ」

     だからどんな人間なのか顔を見ておきたかった、と彼女は言う。ステッドの加入は例外的なことであり、かなり珍しいケースだったのだと。
     ステッドの中には困惑が渦巻いた。己が思っている以上に彼はこちらを特別視していたという事実と、あの時みせた自嘲の笑みが脳裏によぎった。
     
    「……そう、ですか。貴女の目から見て私はいかほどでしょう? 何の変哲もないただの善良な神官のつもりですが」
    「ありじゃな! あり寄りのありじゃ! ひねくれ者のようじゃがわらわは好きだぞ、ヨルン殿の勧誘がなければわらわが声をかけていただろうな。悔しいのう、わらわがそなたのような人材を見逃していたとは……」
    「お眼鏡に適ったようで何よりです。それで、何か用があるのでしょう?」

     ただ顔を見に来たというにはただならぬ気配に問えば、エデルガルトは「察しが良くて助かるぞ。実はそなたに会わせたい人間がいるのじゃ」とステッドを誘う。
     
    「立場が立場ゆえに相談所にも立ち寄れぬ人間だ、──……ドニエスクの神官よ、この国と向き合う覚悟はあるか?」

     さざ波のような予感が胸を浚う。その先に待つ人間に目星がついたステッドには、その誘いを断るという選択肢は存在しなかった。


     
     月が高く上がるエドラス城、一般人は決して寄り付けない夜間のエドラス王墓。その前にステッドは今立っている。息を整える余裕がない、自分はこれから憎しみと怒りの渦中にある人物に出会う。そのことが未だに信じられなかった。
     先んじて踏み込んだエデルガルトに連れていかれ、そこで見たのはひとりの少女の姿だった。
     美しく整えられた二つの墓、それらを前に泣き崩れるひとりの少女。エドラス王家の荘厳な衣装を身に纏った、誰の膝に縋りつくこともできない小さな背だった。
     微かな吐息がステッドの耳に届く。姉の名を呼ぶその音を聞いた瞬間、ステッドは息を呑んだ。
     
    「迎えに来たぞアラウネ殿! ついでに客人を連れてきた!」
    「っ……あ、エデルガルト……様? え、あ、ごっごめんなさいちょっと待って……! わたし今顔ぐちゃぐちゃで……!」

     慌てる彼女にエデルガルトがハンカチを差し出す。しばらくすると彼女は落ち着きを取り戻したのか、大きく深呼吸をしステッドを見た。泣きはらした目は凛としようとしながらもうまくはできず、あどけなさが残る可憐な顔が困惑の色を浮かべている。

    「アラウネ様……、」
    「あなたは、……もしかしてドニエスクの……」
    「ステッドと申します。……現在は朱の黎明に属する神官です」
    「話は聞いています、信頼のおける方だと。どうか顔を上げてください、今のわたしは……女王と呼ばれるような人間ではないのですから……」

     昼間に見えていた気高くも優しいアラウネは今は鳴りを潜め、月夜にしおれる花のように弱々しくうつむく。そんな様子を見ていたエデルガルトがステッドに目くばせをよこした。そういうことか、とステッドは己の中にある鼓動に強く言い聞かせた。出来るだけ冷静に、出来るだけ公平にと。
     
    「ステッドさん。あなたのお話を、……ドニエスクの今を、聞かせてもらえませんか?」
    「分かりました。ドニエスクの神官として、故郷の現状を教えましょう」
     
     ステッドは包み隠さずドニエスクの現状を伝えた。悪化した治安、壊れゆく町、盗餓人の発生……友人たちの死と日常の崩壊を、ステッドが目にしたままアラウネに語った。アラウネはステッドの言葉を静かに聞きながら、時折涙声でつぶさに状況を確認した。隣国のことであるにも関わらず人としてかの地を想うその姿に、ステッドの内にあった怒りは次第に己への無力感に変わっていった。
     
    「リシャールからも何度か話を伺いましたが、……気を使われていたのですね。知らぬことばかりでした。……つらいことをお話させてごめんなさい……」
    「いいえ、……いいえ。あなたが背負うことではありません。ですがその気持ちは、確かに受け取りました。かの地の安寧を祈ったその想いは……決して偽善などではありません」
     
     この方は生まれながらの王ではない、少女から王にならざるを得えなかった方なのだと。
     
    「アラウネ様」

     呼吸を整える。今にもまた泣いてしまいそうなアラウネが、縋るようにステッドを見つめている。決して一つの言葉のミスも許されない、神官としての正念場でありステッドという人生の転換点だ。
     ”仕事の時間だ”。心の内で彼の口癖を呟く、身も蓋もないその声はステッドに小さな勇気を与えてくれた。故郷を想い、エドラスで過ごした時間を思い起こす。全てがいい国ではないが、かといって悪い国ではなかった。これからいい国になろうとあがく人々の灯の国、ステッドが育った故郷と同じ空を抱く隣人たちの国だった。
     
    「私は神官です。王であるあなたに導を示すことも、あなたの道を問うこともできません。ですがもの言わぬ懺悔室の壁になることはできましょう」
     
     目も口もなく、聞き届けるだけの壁にだけならば。
     
    「ステッドさん……」
    「私実はクズなので人の気を使うのは得意ではないのです。基本勝手にするので、あなたもどうぞご勝手に」

     揶揄うようにステッドは微笑む。その物言いがおかしかったのか、それとも緊張がようやっとほどけたのか。アラウネは「ふふ……、まるであの人みたい」とくすくすと肩を小さく震わせて笑う。あの人ってどの人のことだろうか? 知りたいような、知りたくないような。
     アラウネは一呼吸すると、「ひとつだけお願いしてもいいですか」とステッドに問う。話を促すとアラウネはおずおずとした様子で細く小さな手を差し出した。
     
    「手を……握っていてもらえませんか……?」
    「……ま、手はないとは言っていませんしね。どうぞお好きに」

     彼女の手を握ってやる。血の通った、剣なんて持ったことのなさそうな柔らかな手だった。

    「──……誰ともしれない人に、嫁ぐのだと思っていました」

     それは彼女自身が抱えてきた不安そのものだった。

    「それが次女として生まれた私の役割だと、ずっとそう自分に言い聞かせて生きてきました。エリカ姉さんがいなくなってしまうまで、自分がこの国に出来ることなんてあるのかとさえ思っていました。……王になるなんて、夢にも思わなかった」

     突如としてやってきた運命の日。アラウネは姉の死を目の当たりにしたことで、はじめてこの国のために立ち上がった。退路なんてものも、後ろ盾もなく、アラウネはただ走り出すしかなかった。
     
    「……不安ばかりです。皆に助けてもらってばっかりで、一人じゃなにもできなくて。私はきっとよい王ではないのでしょう」
     
     王として教育されてきたわけでもなく、そもそも特別秀でた才能もない。アラウネにあったのは姉エリカへの想いと、故郷クラグスピアという土地への想い。彼女が王の座に就くことが出来たのは、ある意味運の良さに寄るところが大きかった。時を同じくして和平を望むソロンとリシャール、彼らがいたことで三国の和平への道は奇跡的に生まれた。
     そしてその道を繋いだ者たちの中には、彼の名もあった。
     
    「あの人にも……甘えてばかりで……」
     
     アラウネは言う。彼はまるで奇跡を呼んでくるような、星のような人なのだと。悪態をつきながらも無下に断ることはせず、なんだかんだで皆が頭を抱える問題をどうにかしてしまうのだと。

    「タトゥロックの処刑を迫られたとき、私は己の意思で決めることが出来ませんでした。あまりにも恐ろしかったのです。彼女を殺して進むことも、彼女を生かして留まることも……」
     
     表ざたにはなっていないが、タトゥロックの処刑の可否については灯火の守り手たちが決めたことなのだ。副団長クレスからも情報共有された話だったが、ステッドにとってもそれは衝撃的なことだった。
     処刑に対して賛成派は三人、反対派は二人。その状態で選ばれし者に……ヨルンに投票権が渡された。アラウネは中立となり皆の判断に従うことにしたが、投票に彼が参加することになった途端己がどれほど愚かなことをしてしまったのかを思い知ったのだという。

    「皆、彼に止めてほしかったのだと思います。声をかけたリシャールはきっとそのつもりで彼を参加させたのだと……」

     皆はヨルンが反対派につくと思っていたのだとアラウネは言う。ステッドは内に響く予測と予感に、大きく感情が揺れるのを感じていた。

    「私はあの時、彼と目が合いました。彼は私に聞いていたんです、”あなたはどうしてほしいか”と。……見透かされる気持ちでした、あの時の私は選択と責任から逃げ出そうとしていた。私はただ決めてほしかったのだと思います。誰かに……進む道を選択してもらいたかった」

     彼は皆の予想を裏切って、タトゥロックの処刑に賛成票を入れたのだろう。
     ステッドの中で何かが割れる音がした。そうか、彼はタトゥロックを見逃したわけではなかったのだ。

    「あの投票自体が私の甘さが招いたことでした。……今でも夢に見るのです、あんなことをせずに己の意思で決めることができたなら……。いいえもっと前に、エリカ姉さんが生きていた時に私も一緒に戦うことが出来たなら……悔やんで、ばかりで……っ」
     
     彼はただ、アラウネという少女が歩む道を守りたかっただけなのだ。
     アラウネはまだ少女だ、生まれながらに王としての教育を受けてきた訳ではない。彼は少女アラウネを守りたかったのだろう。
     三対二、反対派に入れてしまえば判断はアラウネ次第になる。つまるところ捨て票だ、処刑の責任を多数決に持ち込んで逃げ出したかったアラウネが最終決定を下すことになってしまう。それだけは避けたかったはずだ。彼女自身がどんな答えを出すか、ヨルンが読み切っていたわけではないはずだ。

    「(彼女の代わりに選択をしたのですね、あなたは。──……それが間違いだったとしても)」
     
     万が一にでもアラウネ自身の意思で人を殺すという選択をさせたくなかった。その結果、彼は皆の予測と期待を裏切って──……そしてかつてタトゥロックを殺さなかった中つ海の決戦さえも飲み込んで、賛成に票を入れた。その結果何も変わらなかったとしてもそうせざるを得なかったのだ。
     そもそも多数決ならば中立である彼女は多数派に従うことになる、責任を多数派におっかぶせることができるのだ。……ステッドも同じことになったら同じことをしてしまっただろう。これはあなたのせいではないのだと、己が悪になることを選んだはずだ。
     ただ、そんな想定よりも彼女が優しかっただけであって。
     
    「この冠が、重い」
     
     自らの意思で抱いたとはいえない国という冠の重さに苦しむ少女を、どうにかこうにか手助けしたかっただけなのだ。
     
    「私はエリカになれない……、エリカではない私に冠を抱く資格があるでしょうか」
     
     ステッドにその問いに答える権利はなく、ただ彼女の手を握ってやることしかできなかった。しかしそれでもステッドの内にあった感情は痛みを失い、柔く溶け出していく。彼の選択に納得がいった、そして彼女の選択にも納得が出来た。
     タトゥロックを殺さなかったのではなく、彼女生来の優しさゆえに殺せなかったのだ。
     それだけで十分だった。
     
    「……きっと、生きていく限り己に問いかけることになるのでしょうね」

     アラウネは声を震わせ、涙を流しながらも空を見上げた。丸くくりぬかれた月が煌々とエドラスを照らしている。その光に照らされた彼女の表情は、雨に濡れてもなお開く花のように弱々しくもあり力強くもあった。……人であり、王であり、少女であるその小さな手をステッドは握り返した。
     応えるようにアラウネはただ「ありがとう」と感謝を告げ、そうしてしばらくすると彼女は自分の意思でステッドの手を離した。
     
    「もう良いですか?」
    「えぇ。大丈夫……かどうかは分かりませんが、頭の中を整理できた気がします。本当にありがとう」
    「さようですか。……私も彼らが戻るまではクラグスピアに逗留するつもりです、壁がご入用ならばお呼びください。気が向いたら応えましょう」

     ──……彼が戻ったら、一言ぐらいは礼を言ってもいいのかもしれない。
     その時はそう思っていたのだが、基本的に人の期待を裏切る彼のことだ。ステッドの思惑通りに事が進むわけがなく、遠征から彼らの情報から次の目的地を知った灯火の守り手たちは一段と忙しくなり、ステッドがヨルンと落ち着いて話す時間は設けられなかった。

    「すいません何を言ったか聞き取れませんでした。はぁ、ヨルンが書置きだけ残してキャンプから消えた? 嘘でしょう? 今それをやりますか……!? 予定日時までに戻れば何でもいいと思ってませんかあのおバカ……っっっ!!」
     
     フィニスの門への到達まであと三日に差し迫ったあくる日、彼がしれっと行方をくらますまでは。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works