ゲームが終わった翌日、リップちゃんはここに来なくても良くなったのにちゃんと帰ってきた。
その翌日も、次の日も、帰ってきた。
お互いの合意でそうなったのに、オレはザワつきが消えなくて。
リップちゃんの背中を見ては、やっぱこのままここに閉じ込めちゃった方が良いんじゃね? って思ったりしてる。
その度にリップちゃんも気付いて
「不安がるな、嘘はつかない」
って言う。
1回、その返しに対して
「じゃあ嘘ついたら閉じ込めても良いってこと?」
なんて聞いてみると、リップちゃんは浅く溜息をついて
「そんな もしも を考えるなって言ってんだ」
って呆れるように言ってきた。
ちょっとムッてなったオレは
「だってさー……」
とか言いながら、首につけてるタグをグニグニいじった。
時々チョーカー紐が引っ張られて首が少し締まるけど、別に怪我する程の力じゃない。
そのオレの手を咎めるようにリップちゃんが手を重ねて
「そんな軽い覚悟で、お前と居るなんて言えるわけないだろ」
って言ってきた。
まだザワつきが残っちゃいるけど、これ以上ゴネる方がオレはオレに苛立ちそうで
「……やだ、リップちゃんってばプロポーズ・アゲイン?
オレってば、ちょー熱烈愛されちゃってる系?」
なんて言って、いつも に戻した。
そんなやり取りがあったのはその1回きり。
それから1週間経った今でも、リップちゃんがここを出る時に引っ掛かるものがあるけど。
実際ちゃんと帰ってきてるし、相変わらずワガママも聞いてくれてる。
今日はリップちゃんが用事あるとか言ってたから昼は別行動。
たったそれだけで余計に喉がチリチリして、息苦しささえ出てきて、自分に腹が立つ。
仕方なくテキトーにバトルで時間を潰して、時間を見て、帰っても苛立つだけだからまたバトルして...…
気付いたら、ここ最近リップちゃんが夕飯を用意してくれてる時間はとっくに過ぎてた。
別に用意するのを約束してたわけじゃない。
リップちゃんがマメだから時間通りに用意してくれるようになっただけ。
だから今日みたいな日は用意されてるかどうかすら知らないし……
あぁ、また息苦しい。
とはいえ、これ以上は外にいる意味も無くて帰路についた。
「遅かったな、何かあったのか?」
自宅の扉を開けるなり、リップちゃんが困惑した顔で廊下に立ってて、そう声を掛けてきた。
「……いや別に……なんでそんなとこ突っ立ってんの」
本当に何もないただの廊下。
スマホだけ持ってそこにただ立ってた。
「なんで、って……お前が遅いからどうするか考えてたんだ」
そう答えたリップちゃんの言葉に、何度目かわからない圧迫感が喉を襲う。
「どうするか、ってどういう……」
「ブレス! ソレをやめろ!」
オレの言葉に重なるように、リップちゃんが強めの言葉を放つ。
同時に、手を掴まれた。
意味が分からずリップちゃんの顔を見ると、怒っているというより苦悶に近い表情をしていた。
「なんだよその顔」
「とりあえず手を下げろ」
「は? 手?」
「……自覚、ないのか?」
リップちゃんの言葉の意味も、顔の意味も、怒声の理由も、何も分からない。
更にイライラしてきて、無意識に掴まれたままの手に力がこもる。
「おい、やめろって」
「だからなに言ってんの」
「……お前、ずっとチョーカーで自分の首締めてるんだよ」
そう言われて、自分の手がチョーカーに付けてたタグに向かっていた事に気付いた。
「タグもここ数日で見て分かるぐらい、ひしゃげてる。首周り傷付いてるぞ、気付いてなかったのか?」
オレの反応を見てか、リップちゃんは掴んでいた手を開放した。
自由になった手で確認するようにタグを触ると、曲がって尖った箇所ができていた。
確認した時に当たった皮膚からヒリっと小さい痛みが伝わってきた。
「……気付いてなかったんだな。悪い……もっと早く止めれば良かったな」
「別に、どうとも感じてない」
オレ自身の行動が意味分からなすぎて、ホントに何も感じてない。
息苦しいのは自分で勝手に首絞めてて?
それにオレは自分で気付いてなくて?
気付いてたリップちゃんは自己嫌悪して謝ってきてる?
全部が全部わけが分からない。
「……これを、今言うのが正解かは分からないんだが……」
オレの地雷を踏まないように丁寧に言葉を選ぶ、これまでもリップちゃんがよくやってきた話口。
それを感じ取って、喉の奥から不愉快に焼ける感情が噴出した。
……いや、噴出したって感じるより早く、手がリープの肩を壁に勢いをつけて押し当てた。
「ぃっ……!?」
「やっぱやめる? 安全な抜け方考えてる? 裏切ったら許さないって覚えてる?」
「んなこと、考えてない!」
ギリ、と、肩を掴む力が強まる。
自分を焼く感情で内側がただれて、更に考えられなくなっていく。
「つっ……ブレス、俺は逃げないから、いったん離せ」
「する」
「え」
「ここで、する」
「なっ、ここ!? ……部屋に戻ってで」
「ここ」
オレより高い位置にある顔に詰め寄って、強引めのキスをする。
押えてるのは肩だから振り払おうと思えば出来ただろうけど、強張ったのは最初だけで、仕方なしっぽいけどちゃんと応じてきた。
貪るようにキスをし続けると、リープの身体が少し震えて脱力し始め、指で壁を何度か叩いてきた。
そこで唇を気持ちだけ離して
「なに?」
って聞いた。
崩れそうな身体を支えて整えようとしている息がオレにもかかる。
「お、俺も……やくそく、を、守る……ちゃんと、いる、って……言ったろ……」
言葉を紡ぐ所々で唇が掠って触れる。
「言った」
一瞬、唇の距離を離して。
「だからこのままオレのワガママきいて」
どんな声が出たのかオレ自身分かってなかったけど、その言葉にリープの身体が小さく跳ねた。
短い沈黙の後、絞り出すように
「わ、わかった……」
とリープが応えたのを皮切りに、唇をゼロ距離に戻す。
オレの身体と壁に支えられながら、それでも外に声が漏れないように耐えながら、リープは最後までオレのワガママに応えきった。
リップちゃんの後にシャワーを浴びながら、改めて鏡で首元を見てみた。
普段は見にくい紐の下に、薄っすらと何本かの痕がある。
細かい切り傷もいくつかあって、これに気付いてなかったのもおかしな話だって思った。
リップちゃんのせいで色んなことが制御できない。
発散させてくれたおかげで今は落ち着いてるけど、これが続いたら強引に繋ぎ留める手段に出る自信だけはある。
「もちっと自制してると思ってたんだけどナー」
自嘲気味に呟いてシャワーの栓を閉じた。
「落ち着いたか?」
リビングに出ると、ソファーから振り向く形でリップちゃんが声を掛けてきた。
「んー、多分」
曖昧な返事をしながら、オレもその隣に座る。
「またやるけど、リップちゃんなら受け止めてくれるっしょ?」
オレのこと大好きだもんね?
って言いながら頬に軽いキス。
「あんなの何度もされたら身がもたないだろ……」
呆れてるけど、拒否はしない。
リップちゃんはあんなのも受け入れるつもりっぽい。
そして溜息……というより、詰まったものを出すように、リップちゃんは大きく息を吐いた。
「ブレス、その……さっき言おうとした事なんだけどな」
そう言って、口元を隠すように手を組んでグッと1回目をつむってた。
「……そのタグ……いや、大事なもんならその曲がった状態を直せって言うんだけどな……」
「これ? もうベッコベコだし、もともと大切なつもりねえよ?」
オレの名前にしてるタグだけど、名前を決めなきゃならないって時にオレの名前になるような文字列がこれしか無かっただけ。
名前にした後、消えかけてた部分含めての文字の意味を調べたら『愛が無い』って分かって、そのままじゃんとは思った。
そんなのを名前にするのも(今となっちゃ)サムイんだけど、その名前で通ってるのにわざわざ別の名前にする気の方が無かった。
正直、今もただの惰性で付けてる。
「気になるなら捨ててもいいヨ」
「いや、捨てろなんて言ってない! 言ってないけど、そうじゃなくて……」
手で顔を覆うように悩む仕草で、また言葉を詰まらせる。
ここで流石にピンときた。
「……なになに? リップちゃんなんかオレにお願いでもある?」
コレ、外して欲しいんだなって。
意味も悪いし、怪我までしてるし、コレ無かったら紐引っ張ったり出来ないし。
心配症でやさしーリップちゃんらしい。
「お願い……のつもりは無くて……
……
……っ……
別の、を、渡したら、そっち、付ける気は……ある、か……?」
「え、どゆこと?」
思ってたのとズレた応答に、素で聞き返した。
言ってる事を理解しようとしてる間に、無言で小さい袋を渡された。
透明の袋だから何が入ってるのか見えて、それで言葉の意味もすぐに繋がった。
真新しいタグだ。
「コレに変えてほしいってこと?」
「……嫌じゃなければ……」
「文字の綴り、ちょっと違う」
「……良い意味じゃ、なかったから……」
「結構スゴイことしてるの分かってる?」
「た、ただの押し付けだ!」
首のチョーカー紐を解く。
カラン、と付けていた方のタグが床に落ちて跳ねた。
それを無視して、紐と一緒に新しいタグを渡した。
「コレでオレの名前を付け直す、ってことしようとしてんの」
「そ、そんな大仰なつもりじゃっ」
「そんぐらいの気持ちでなら、イイよ」
オレ自身、どんな気持ちで言ってるのか分からない。
ザワつく。また、内側が焼けそうな感情がせり上がる。
でもそれだけじゃない、一種の快楽にも似たソワつきも身体を這っている。
確信を持てるのは、100%本心で言ってるってこと。
「~〜っ……――……わかった、わかった!
こんぐらいの責任もってやる!
でも首はナシだ、手首にしろ!」
そう一気に言って、オレの左手を引いて紐とタグを手首に付けた。
真っ赤になりながら付けられたそれを、上に掲げて見た。
「ねえ」
「な、なんだっ」
「勃ってきちゃった」
「……は」
「こんな事されたらしょーがないね、ほら、もっかいシよー」
「え、な、なっ」
「責任とって♡」
「そんな意味で言ったんじゃないっ!」
閉じ込めて縛っちゃおうか悩んでたのに、逆にこんなスゴイので縛られちゃった。
こんな事されたらオレ、興奮してリップちゃんしか見えなくなっちゃう。
オレのこと『変え』ちゃった責任はとってもらわなきゃ。
逃げるのダメだけじゃ足りないや。
他に大事なもん作っちゃヤダ、つまんなくなられてもヤダ、誰かにワガママ言われてんのもヤダ。
「『オレ』だけをずっと夢中にさせてね、リップちゃん」