唇寒し 手入れを終えたとき、すでに時計は深夜となっていた。眠ってしまっているだろうなぁと思いながら、手入れ部屋で着替えた寝衣のまま、ぺたりぺたりと廊下を歩く。
足を止めたのは、自分のものではない部屋の前。そろりと細心の注意を払って襖を開けば、ほのかな常夜灯の明かりの奥、衝立の陰に膨らんだ布団が見えた。
室内に身体を滑りこませ、気配を控えながらそちらへ歩み寄る。
「…つる…?」
布団の傍らに膝をついたところで、輪郭を緩ませた声が名前を呼んだ。もぞりと布団の中で姿勢を変えた大倶利伽羅の双眸が二、三度重たげに瞬く。
「…かえってきたのか」
「…すまんな、起こすつもりはなかったんだ」
「…ん」
謝罪の言葉を口にする鶴丸の目の前で、のそりと掛け布団の端が持ち上げられる。思わず、ぱちくりと固まっていると、むすりと大倶利伽羅の口元がへの字を描いた。
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