星に願うチクタクチクタク…
体の中で昨日の光が巡ってく。
不足過剰な流れは一定の量へ。
余分な光は外側へと溢れてく。
そうして、無害なエネルギーとして淡い発光の形をとる。
その瞬間、自然と星の子は手を合わせる。
デイリーライト更新、それは星の子に一日一度起こる、光の循環が校正される儀式だ。
星の子は体内に貯蓄できる火種の量がある程度決まっている。上限自体は無いらしいが過剰に蓄積すると火種をキャンドルに変換する効率が悪くなる上、体の光の循環に影響が出て星の子自体の性能が落ちていく。これを一日毎に初期化する事で、あらゆるエネルギーの変換元であるキャンドルを効率良く精製し、星の子のパフォーマンスを維持しているのだとか。
この更新が起こらない星の子は居ない。もし居るならば、火種の取り込みやキャンドル精製はおろか、体内の光が正常に働かなくなるだろう。そうすれば、飛ぶどころか歩く動作すらも、ままならなくなるのではないだろうか。
これが星の子では周知の事実である。
しかし、
いつから始まったのか
誰が起こしているのか
どういう仕組みなのか
星の子は誰も知らない。
だが、誰もが口を揃えて言う。
『天』のみが知るところなのだ、と。
それはある日の事だった。
チクタクチクタク…
一日に一度、体の中で巡る光が立てる規則正しい校正のリズム。
光が溢れて、手の平同士を付けて頭を垂れる姿勢をとる。
いつもの儀式だ。
だが校正は起きない。
不完全燃焼を起こしたように光の巡りが悪い。昨日の取り込んだ火種がつっかえているような感覚だ。
ダルい、とは違うのかもしれないが、体調が良くないように思う。
そうしていると、また不完全な校正が起きる。
校正されると体に刻まれた祈りの姿勢に強制的に移行する。
だが校正は起きず、延々と無意味な祈りを繰り返すしかなかった。
これは星の子の多くに起きた現象で、後に『祈り事件』と呼ばれる事象となった。
この影響を受けた星の子は全ての行動が強制的に祈りの動作を繰り返すので、飛べば俯くので前が見えず、歩こうにも足を揃えてしまうからまともに進めず、キャンドルを持っても手を合わせる動作に邪魔をされる。
ほぼ全ての星の子がこんな調子だったので、ありとあらゆる仕組みが停滞し、王国は大混乱となった。
しかし、物事には例外というものが常に在る訳で、この影響受けていない星の子というのも少数派だが存在していた。
「……………直んない、ねぇ」
「…そーね…」
当然のように祈り事件の影響下にないヂュリ助が途方に暮れていた。
体が勝手に祈りの姿勢になる私の方が自棄になりたいくらいだが、ヂュリ助を困らせても何も進展しない。
常識が通じない系の星の子であるヂュリ助は、この不完全な校正が起きずに通常通り行動できるらしい。
ちょっと腹が立つ。
だが今、自由に動ける数少ない星の子であるので、他の星の子の様子を見てきたり、何か異常のある場所を探したりしてもらった。
そうして何か手がかりを掴めないか、何かしらの行動によって変化できないかと、色々二人で試行錯誤していた。
ワープを繰り返す。水に飛び込む。羽根のエナジーを使い果たす。エナジーをゼロにして光を無くす。羽根を散らしてみる。暗黒竜に突撃されてみる…
結果は全て無意味に終わり、万策尽きて二人で花鳥郷の崩れた鐘の上に座り込んでいた。
「んー、むむー……このポーズ、光の具合……………
こ、これはもしや…」
「! ヂュリ助っ、何か知ってるの!?」
「お手々のシワとシワを合わせて…幸s(へぶぢゅぁーッ!」
「アホ―――――!!!」
祈りの合間に思い切りアホの横顔をぶん殴る。希望が無いからって少しでも真面目に聞いたこっちがバカだった。
ひどい〜とかほざいてるがどうして影響受けてないのかマジでわからん。昨日も今日もいつも通りにしてた癖に。
「………ん?ヂュリ助、そういえば…更新の時どうしていつも跳ねてるの?」
ヂュリ助はいつも光を校正して祈る時、祈りの姿勢を崩して星座盤の台から飛び出して跳ねたり飛んだり、違う感情表現をして暴れている。大人しく祈る姿勢をしてるのを見たことが無い。
単にじっとしていられない性格だから、と思っていたが本人に理由を聞いた事がなかった。
どうせやる事も今はできないし、そう思って何の気なしに聞いてみた。
「んえ?…あー…、嫌だから?」
「嫌…へぇ、ヂュリ助って嫌って感覚あるんだ…」
「あるよ!失礼な!」
意外だ。私から見ての話だが、ヂュリ助は光を奪う水や敵対な星の子など、害のあるもの以外は全部好意的に思ってる節があるように見えた。
話しかけてくる星の子が居れば嬉しそうだし、だいたいの相手にはウザいくらい懐く。だから、危険以外の物事に対して嫌悪という感覚が存在しないタイプだと思い込んでいた。
「だってさ〜………んーと…、えっとね…
結構前の話だけど、ネーヴと初めて暴風域行ったよね」
「あー、原罪手前まで送ってくれたよね」
「そうそう。転生は一人で乗り越えて欲しかったから、手前で別れたやつ。
あの後、ネーヴが無事転生できますように〜って自分が祈ってたって知ってた?」
「いや、初耳」
知ってる訳がない。他人が自分を祈ってようが、そんなの言われるまで知りようがない話だ。
「でしょーねー。
つまり、そーゆー事なのよー」
「いや、わかんないから。きちんと説明なさい」
「え〜。…んと、
つまりねー、自分がどんだけ祈ってもさ、
ネーヴは転生成功したかもしれないし、
失敗したかもしんないんだよ。
でも、ヂュリ助が、自分の気持ちの為に、
祈りたかったからしたの。
お祈りって、結果がどうこうじゃなくって、
お祈りする星の子がしたいから
一生懸命するんじゃないかなー…って思うの。
でもさ、毎日のアレは違うじゃん?
祈りたいんじゃなくて、祈らされてるから嫌なの。
無理矢理させられる祈りは…気持ち良くないよ」
ヂュリ助が引っかかりながら音にする言葉を頭の中で繋ぎながら、目の前の合わせた両手を見つめる。
祈りは、祈られる者の為でなく、祈る側の為にある。
たぶん、そういう事を言いたいんだろう。
体から光が溢れて神秘的に見える星の子の祈りの姿勢だが、ヂュリ助からしたら、誰かから強制された祈りの姿勢でしかないのだろう。それが嫌で嫌で仕方なくて、例え形だけであっても、それをしないよう毎日暴れている、という訳か。
…なんとなく、ヂュリ助がこの祈りの影響下にない理由がソレな気がした。
ほんの少しだけ、負けた気がして悔しい。
「ふーん…、なーんにも考えてない顔してる癖に、ちゃんと物事を考えてるのね。見直したわ」
「…もしかして、失礼のフルコース受けてる?」
「あらやだ、まだ前菜レベルだけど?」
「ムキ―――――ッ!!!ネーヴの意地悪!
ずっとピカピカ南無南無してたら良いんだ―――!!!」
「私が南無南無してるって事は、友達もみーんな南無南無のままだけど、それは良いんだ?」
「あー言えばこー言う!ばかばかばーか!」
「バカで結構。ほら、休憩はこんなもんにして、解決のヒントがないか探しに行きましょ。
私は今、ヂュリ助が居ないとまともに移動もできないんだから。」
「…お?ヂュリ助、頼られてる?
もしかして自分、有能って事?
わぁい♪」
なんか自己完結して不機嫌からご機嫌になってる…アホだ。
悔しいと思ったけど、やっぱ何一つ悔しくない。
でも、ヂュリ助の意外な一面を知れた。
相変わらず私の体は勝手に動いて、祈りの形で手の平が合わさって、頭を垂れる。
一日に一度、何気なくしている姿勢だが、
確かに、強制されて祈りを捧げろと言われてると思えば、あまりいい気分がしない。
「…早く直そう」
「さんせーい!」
結局、色々試してみて、「光の循環がうまくリセットされないなら、循環が関係ないくらい体の中を火種エネルギーを満タンにすればいいんじゃね?」という雑な作戦の元、火種集めをやってみたら、ひとまず祈りの動きは止まってくれた。なんでもやってみるもんだ。
キャンドルの精製は相変わらずうまくできなかったが、ヂュリ助曰く「そろそろ変な子が来て直すから大丈夫〜」という謎予想をされた。
アホ助が言う事をまとめると『世界の調子が悪いと、見たことのない道具を背負った星の子っぽい誰かが王国に現れて、何日かで直してくれる』らしい。…星の子っぽい誰か、って何だろう。
そのあたりはヂュリ助しか見えないし、わからないからなんとも言い難い。
真偽は検討つかないが、実際数日でこの現象は止まった。
そして、その期間でうまく精製できずに消えたキャンドルは無いものとされるとばかり思っていたが、なぜか星座盤からその分を受け取れた。
『天』がこの世界を見ていて、
世界の不具合や間違いを直している。
不平等を均等へ、不正を公平に正している。
そういう説を唱える星の子が居るのもわかる気がする。
というか、そんなに力があるんなら星の子の使命も『天』が自分でやればいいのに、と思わなくもない。無駄に下請けに任せないでほしい。
そんなスッキリしない後味を残して、この騒動は静かに幕を閉じたのだった。
ちなみにヂュリ助は、泣き感情の最上位レベルをして転がって「自分も頑張ったのになんも貰えなかった!!!」とか喚いていた。あんたは何も悪影響無かったんだから当然でしょうが。…というか、『天』って星の子個人まで認識してるのか、地味にすごいな…。
チクタクチクタク…
今日もまた光の循環が更新される。
体の中で昨日の光が巡ってく。
不足過剰な流れは一定の量へ。
余分な光は外側へと溢れてく。
そうして、星の子は手を合わせる。
だけど私は私の意志で祈る。
知らないどこかの誰かの望みでなく、
私の祈りたい相手の為に乞い願う。
「…今日も、大切な星の子が元気でありますように」
「? ネーヴ、なんか言ったー?」
「なんにも。」
聞こえるように言うと、調子に乗るから言わない。
何より私が言いたくない。
こういうの、恥ずかしいじゃない。
自覚はあるけど、これくらいのへそ曲がりは通したい。
私をおんぶするヂュリ助の逆立つ髪が、素直じゃないねと言うように顔にちくちく触れるのが不愉快だ。
えい。と生意気な髪先を引っ張ったら、わーわーヂュピヂュピうるさい。
誰も彼もがあんたみたいに、見るのも言うのもできるわけじゃない。そっちばかり自由なんだから、これくらい我慢しなさい。
バカな癖に慧眼で、
妬ましいけど大切で、
異質でありつつ純粋な、
そんなあなたに、祈りと祝福を。
了