緑の残効人も理解らず、仏にもなりきれぬ。
そんな私の世界は長く二つの色しかありませんでした。
一つは自身がまだ触れていない黒。
もう一つは既に斬り伏せた後の白。
それ以外は何もない。
まるで越後の冬景色のような、白と黒だけが私の常でした。
「ふざけるな!」
そこに、赤が現れました。
私より弱い癖に完全に負けもしない。
場合で盟約を破る癖に変に義理堅い。
私が理解し難い『人』を体現した男。
毘沙門天の化身と自負する強さの私に対して対等に立たんとするかの男に、私が興味を持ち執着するのもさもありなんというやつなのでしょう。
もっとあの人が知りたい。
もっとあの男と戦いたい。
もっとあの赤を見ていたい。
執着故に越後から遠い川中島くんだりまで、幾度も戦をしかけました。
あの赤色と刃を交えると『人』というものと触れ合っているようで、私は初めて己が『生きている』と感じられたのです。
以前のように毘沙門天に祈る時、瞼を閉じればあの赤が焼き付いたように離れず、眼を開ければ赤と対照の緑の残効が見えた程でした。
だというのに、
あの男はあっけなく病に倒れ、帰らぬ者となったのです。
私から赤のない白と黒と、
瞬きの後わずかに見える緑を残して。
それからは何もかもがつまらなくて、
楽しい味と覚えたお酒を飲んで、
飲んで、笑って、飲んで、飲んで。
気がついたら、まあ、情けない死に方をしてこの世を去っていました。
心残りを、私に僅かにあった執着を、
ぼんやりと思い出しながら死にました。
…あの赤と、もう一度見えたかった。
そんな事を願ったせいなのでしょうか。
己はサーヴァントなる英霊の影法師として再び世に現れる事を許されたのです。が、
生前よりも磨かれ綺麗に映る鏡を使って見た私の瞳は、あの残効によく似た、ぼんやりとした緑の色をしていました。
「うーん…まあ、良いでしょう」
業腹ですが、私が生前執着していたものといえば酒以外だとこれくらいですし、霊基にも影響が出ようというもの。
アレの為にライダークラスを空けて現界できただけ良しとしましょう。
「さてさて…、とっとと来ないと景虎ちゃんが更に手のつけられない程強い武人になっちゃいますよ〜?」
カルデアには古今東西の英雄や神、はたまた反英霊や天災の化身までもが在籍しているといいます。鍛錬にも真剣勝負にも申し分ない相手でしょう。
しかし、それでもやはり『あの赤』が来ないと、私はつまらないのです。
にゃーといつものように笑って、まだ居ない赤を呼ぶ。
「だから早く来て下さいね?晴信」
残効の緑は、赤を希う。
了