案外悪くない。というかむしろ最高! 忙しくない時間帯を選びC&Dにやって来た監督生は、キッチンの中で作業をしているイデアをじっと見つめ、メニュー表でニヤけてしまう口元を隠していた。
オーダーシートと睨めっこしてぶつぶつとなにかを唱えているが、多分作業工程を口に出しているのだろう。ふふふと微笑んでいると、少し後ろの席から黄色いヒソヒソとした声が聞こえてきて、むむっと監督生の眉が寄り耳を澄ませてしまう。
「キッチンにいる髪が燃えてるお兄さんかっこよくない?」
「私はローラースケートのお兄さんがタイプだなー」
きゃっきゃと話している中での髪の燃えたお兄さんというワードが誰を指しているのかは簡単すぎる謎解きでしかないので、監督生はふふんと誇らしい気持ちとそんなの私の方が知ってますし! という後方腕組み彼女ムーブをかましてしまいそうになるのを、ぷるぷると首を振り諌める。
が「声かけちゃおうかな」にはそわそわと落ち着きがなくなってしまった。
「お兄さーん」と賢者の島、麓の街ギャルたちの陽キャムーブにハラハラしているが、相手はあのイデア・シュラウドだ、どうなるかなんてわかっている。
当たり前のように出てこない。聞こえないふり、僕は今忙しいので何の音も聞こえていないという顔で作業をしている。
絶対聞こえているのに。
彼の一貫している態度にうんうんと頷き、これぞイデア・シュラウド。なんの驚きもない。と頷いているが、ギャルたちは諦めない。
監督生はムッと眉を寄せ、頑張って慣れない接客業(キッチン)しているのに邪魔しないでよと頬を膨らませていると、イデアではなくリリアがその呼びかけに答え、にこやかに対応して炎髪パンケーキお兄さんへの攻撃はひとまず止んだ。
ギャルたちが退店した辺りで、監督生はイデアのエプロンの紐が解けかけていることに気がついて「先輩!」と手を上げて呼び寄せた。
イデアは監督生の声に顔を上げて、トコトコとホールへとやって来てくれた。
「なに」
「後ろ向いてください」
「な、なに……ヒッ! あ、ああ……解けてた? あ、ありがと」
「子分が呼ぶとすぐに来やがる。さっきは聞こえてるのに無視してたのにな」
事実をありのまま伝えるグリムにイデアが炎髪の先をピンクにして咳払いをする。
監督生は場を取り持とうと「た、食べます?」と先ほどケイトから提供されたばかりのバーガーを持ち上げた。
イデアはわけがわからない感情をどうにかしたいのもあり、監督生の手を支えてバーガーをかぶりと齧り、もくもくと咀嚼する。オープン前に一通り作ったものを全員で味見したけれど、やはり感想は同じだ。
「拙者は一口で十分っすわ」
ソースをぺろりと舐め取って「あ、お、美味しかった? 素人なのに至高の一皿できちゃってまいるよね〜フヒヒ」などと笑っているが、監督生はそれどころではなくて「はい」とそぞろな返事をしながら、イデアが齧った部分を凝視し、ドキドキと胸を高鳴らせていた。
普段もそもそとリスみたいに食べるのに……とギャップにやられていると、またしてもグリムが現実に引き戻してくれた。
「やい! おめぇ一口がデカすぎるんだゾ!」
「さ、サーセンした。つ、つい……バーガーなんで、中身とか落ちるから……あ、えと、じゃ、じゃあその……」
イデアは魔法を使い、ポテトに虹色ソースをかけ「さ、サービスってことで」と口元に手を翳し小声で言うなり持ち場へと帰って行った。
「ま、まあ許してやらなくもねぇんたゾ! な、子分! 子分?」
監督生は齧られたバーガーを食べたら間接キスだ。とドキドキしていた。
そしてイデアはそのことに締め作業をしている時に気づき後ろにひっくり返り、ケイトに心配されていた。
「イデアくん大丈夫?」
「ス……己の行動を思い出して遅効性の毒に侵されてるだけなんで……」
「それはやばいってことじゃない? あ、そうだ、そんなイデアくんにいいもの見したげる」
「本当にいいものですかね……」
頬の熱もそのままに、ケイトが見せてきたスマホの画面を見てジト目になりながら「あのさあ」と不機嫌そうな声を出す。
「まあまあ話は最後まで聞いてって〜。これさ、イデアくんがホールからの呼びかけをフルシカトしてた時の監督生ちゃんの顔だよ」
「仕事放棄してたから怒ってる顔?」
「も〜〜なわけないでしょ。ヤキモチだよヤキモチ〜」
「やき……もち?」
「そ。イデアくんが知らない女の子にキャーキャー言われてるのが嫌だったんじゃない? 珍しかったからイデアくんに見せてあげようって撮っちゃった。あ、もちろん消すから安心して」
「け、消す前に送って!」
「あっははっ! おっけ〜」
イデアは頬をリスのように膨らませている監督生をケイトから譲り受け「バイト、最高ーー!」と舞い上がったのだった。