モストロ・ラウンジについてで寮生と話していたところに、背中にとんっという衝突を感じた。
後ろから忍足で近寄ってきていたのは気づいていたが、まさか抱きつかれるとは思わなかった。とは言え寮生の前なのでなに食わぬ顔で会話を続行。慌てふためいてみっともない姿を晒すわけにはいかないですからね。
彼女……監督生さんは僕のそんな反応を見たいがためにこのような行動をとったのでしょうけれど、残念でした。ポーカーフェイスは得意なんです。
「あの……寮長?」
どうやら寮生の方がいたたまれなくなったようで、ひょこりと右側から顔を覗かせた彼女を指差して苦笑いを浮かべていた。
「後で構ってあげますから」
ポンポンと頭を撫で困ったように笑いかける。迷惑をかけていることを嫌う彼女は、これで大抵大人しくなる。そういうしおらしいところを見せられると「可愛い」となってしう都合のいい僕も大概ですが。
「あ、じゃあ俺、失礼します」
「はい。ジェイドに報告頼みましたよ」
逃げるようにいなくなった寮生を見送り、さて二人きりの廊下だ。
未だに腰にまわっている手をツンと突くと「おそい」と背中に顔を押し付けているせいか、くぐもった声で詰られる。これはこれは、なにか怒らせることをしてしまったようだ。
「背中にしがみつかれていては僕があなたを抱きしめ返すことはできませんよ?」
怒っていても素直に正面に立って両手を広げる。むっとむくれた顔で「今日がなんの日か忘れてますよね」なんて言って唇を尖らせている。
腕を軽く広げるとポテポテと二、三歩歩いて僕の腕に抱かれ、顔を胸にぎゅむっと押し付けながらぶつぶつと文句を言って「意地悪」だとか「悪魔」だとかひどいことを言ってくる。ああ悲しい。
「今日はあなたと付き合って一年ですね。僕が忘れるわけないじゃないですか」
細い体を抱きしめて、頭の上に頬を乗せため息をつく。そんな甲斐性のない男に僕が見えると? とわざとらしい嘆きで肩を落とすと、彼女は慌てたように体を少し離して「覚えててくれたんですね!」とさっきまでの不機嫌が嘘のように晴れやかに塗り替えられた。
この人を一人で野に放ったら詐欺にあうんだろうな。と確信したが、そんな目にあうことは今後一切ないだろうから杞憂だなと一人で納得し、僕は彼女の背に手を当ててエスコートするように歩く。
「どこに行くんですか?」
「特別な日ですから、モストロ・ラウンジで食事でもしませんか? コースを用意したんです」
「先輩が作ってくださるんですか?」
「仕込みは僕がしましたが、調理するのはジェイドです……少しでも長くあなたと時間を共有したいので」
少し照れ臭くなって顔を背けると、彼女は僕の脇腹にぎゅうぎゅう抱きついて「嬉しい」と花が咲いたように微笑んでいた。