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    ぷらば

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    2022/4/9開催ルクアロwebオンリー「Dawn Break」で初出のルクアロ小説です。付き合っているルクアロが家庭用プラネタリウムを鑑賞する話です。ホリバ後のお話になります。

    君と同じ星空を 二年ぶりのミカグラは実に楽しかった。久々に会う大切な友人たち。伝統と革新が融合した美しい街並み。心躍るショー。エリントンに帰ってからもそんな輝かしいあの時間を何度も思い返していたら、あっという間に春が来た。三寒四温の時期を抜けて、ぽかぽかした天気のよい日がこのところ毎日続いている。
     ルークはミカグラ式にリフォームした風呂から上がって、マッサージチェアに座って一日の疲れを癒やしていた。このあとはふかふかの羽毛布団がルークをベッドで待っている。
     風呂のリフォームチケットも、マッサージチェアも、羽毛布団も、すべてピアノの先生、もといチェズレイが送ってきたものだ。タチアナ・バラノフの件に関する礼とのことだが、少々もらいすぎのような気もしている。しかし仕事で多忙の毎日を送っている身には正直ありがたいものばかりで、こうして遠慮なく使わせてもらっているというわけである。
     マッサージチェアに首を揉みほぐされながら、そういえばチェズレイにもらったものの中でまだ使っていないものがあった、と思い出す。あまりにもたくさん受け取ったものだから、忘れていたのだ。せっかくだ、今使ってみよう。ルークはマッサージチェアの電源を切ると、立ち上がって物置にしている部屋へと向かった。
    「あった。これだ」
     それは一辺が二十センチメートル程度の立方体の形をしたパッケージ。側面には商品名と美しい星空の写真が印刷されている。家庭用プラネタリウムだ。箱を開けて中を覗くと、直径十五センチメートルほどの球体とアダプタ、取扱説明書が入っている。かなりコンパクトなサイズだ。
     説明書を開くと、簡単に使い方が書いてあった。
    「『天井にも側壁にも投影できます』。なるほど、ここが動くのか」
     プラネタリウムの可動域を確かめながら、説明書を読み進める。
    「『原板ソフトをセットします』。原板って……ああ、これか」
     手のひらに収まるほど小さな円形の板。一見真っ黒に見えるが、光に透かすとごく小さな白い点が散りばめられているのがわかる。これを投影するという仕組みらしい。
     ――この商品に同梱されているのはリカルドの星空、ミカグラの星空の原板です。
     説明書のその文字を見て、ルークは歓喜の声を上げた。
    「ミカグラの星空も入ってるのか! 巫女座と忍び座はわかるぞ!」
     BONDミュージアムで学んだこと、そしてマイカの里で見上げた星空を思い出す。あの美しい光景が自宅でいつでも見られるのだ。なんて素敵なプレゼントだろう。ルークは改めてチェズレイに感謝した。
     説明書の最後のページに辿り着く。そこには「故障かな? と思ったら」という項目と、「より楽しむために」という項目があった。故障はしていないので後者を読む。
     ――このプラネタリウムは原板を追加で購入することで、より多くの種類の星空、天体を楽しめます。ご注文は下記の公式ホームページから。
    「へえ。こんなにたくさんあるんだな」
     世界中のあらゆる都市の星空だけでなく、太陽系の惑星まで投影できるようだ。ずらりと並んだラインナップを見ていると、それらのうち、あるひとつにルークの目が留まる。
    「これ……」
     つぶやいて、ルークはすぐにマッサージチェアの横に置きっぱなしにしていたタブレットを取りに戻った。その原板を買うために。

       * * *

     アーロンは久々にエリントンの地を訪れた。リカルド近隣の国に用事があったので、ついでにルークの顔を見に来たのだ。
     アーロンがビデオ通話でエリントンに行くことを告げると、ルークはタブレット越しに実に嬉しそうな表情を見せた。それを間抜け面と笑いつつ、アーロンもルークと会うのを楽しみにしていた。
     ハスマリーはずいぶんと平和になった。それでもまだ、課題はたくさん残されている。アーロンのここ最近の仕事は主に復興へ向けた活動だ。今回も、そのためにリカルドの近くの国に来たのだった。
     夜の港まで迎えに来たルークと一緒に、ウィリアムズ家の敷居を跨ぐ。フロントヤードが荒れていないことを確認して、ルークがこのところ休日はしっかり休んでいるであろうことに少し安堵する。
     ルークが鍵を開けて扉を引くと、甘くて柔らかいルークの匂いがぶわっとアーロンの嗅覚をくすぐる。人の家を訪ねたときの、家主の匂いに包まれるこの瞬間が、アーロンは昔から好きだった。
    「チェズレイが色々くれたから、家がかなり豪華になっちゃってさ」
     そう言いながら通された広いリビングには、マッサージチェアが鎮座していた。アーロンはそれを顎で指す。
    「詐欺師と同じくらい腹立たしい存在感があるな」
     そう吐き捨てると、ルークが苦笑する。
    「調べたらすごく高級なものだったんだ。とっても性能がいいから、あとでアーロンも使ってみてくれよ」
     一応、といった様子で誘うルークに、アーロンは眉間に皺を寄せて言い返す。
    「オレは首も肩も腰もまっっっっっっったく凝ってねえ」
    「まあ君はそうだろうな……。あっ、バスルームもリフォームしたんだ。聞いて驚くなよ、なんとミカグラ式! トイレと完全に分けて、湯船に浸かってくつろげるようになってるんだ!」
    「で、それも詐欺師からの返礼品でリフォームしたんだろ?」
    「そうだけど……」
    「言っとくがオレは湯船には浸からねえからな。シャワーだけ借りるわ」
    「ええ……。せっかくだから堪能してってくれよ」
    「死んでもお断りだ。クソ詐欺師の施しなんか受けるかよ」

     と言ったのに。アーロンは四十度の湯に肩まで浸かっていた。体温より高い温度が気持ちいい。
    「じゃあ一番風呂は僕がもらっちゃうぞ? 本当にいいんだな?」
    「おー。好きにしろや。オレは入らねえからな」
     夕食後にそんな会話をして、ルークはバスルームに消えていった。その十五分後に風呂から上がってきたルークが、あまりにもさっぱりした顔をするものだから。そんなルークが、あえて湯を温かいままアーロンに残しておくものだから。
    (ガス代がもったいねえだろ……)
     そんなことを思いながら、少しだけ、少しだけと浴槽に入ったのが間違いだった。かれこれ五分ほど、アーロンはミカグラ式バスルームであまりの心地よさに放心してしまっている。
    (あー……やべえ……腑抜けになる……)
     頭をぷるぷる振って、現実に戻る。二年ほど前、実際にミカグラにいた頃は、オフィス・ナデシコの浴槽に浸かることはなかった。そんな心の余裕がなかったからだ。しかし、今はハスマリーの情勢も安定しており、アラナや子どもたちも元気にやっている。加えてここはルークの家。そんな状況がアーロンに油断を許してしまった。
    (クソ詐欺師、次に会ったら絶対にのしてやる)
     そんな決意を固めて、アーロンは湯船から出た。

     アーロンが風呂から上がってリビングに戻ると、ルークが何やら小さな球体をいじっていた。
    「あっ、アーロン。よかったらそこに寝てくれ」
     見ると床にタオルケットが二枚敷いてあった。枕代わりのクッションもふたつ置いてある。
    「なんだよ、いきなり」
    「いや、これプラネタリウムなんだけど……」
    「あー、それも詐欺師からもらったってやつか」
    「小さいけどすごいんだ。星の瞬き機能とか、流れ星機能もあって、本物の星空みたいで……」
     言いながらルークが球体のトレイを引き出す。そこにほんの小さな黒い円盤を入れる。そしてスイッチを押した。
    「取り寄せに時間がかかっちゃって、僕もこの原板を使うのは初めてなんだ」
     アーロンはタオルケットの上に寝転んだ。ルークも電気のリモコンを持って、その隣に仰向けで寝る。
    「それじゃ、電気消すぞ」
     ルークが部屋の明かりを消した。瞬間、天井に満天の星が浮かび上がる。六等星まではっきりと見えるそれは、アーロンにとっては見覚えのありすぎるもの。
    「……ハスマリーの夜空か」
    「ああ、やっぱりわかるよな」
     ジーッというかすかな機械音とともに、星空がゆっくりと回る。星は大げさなほどにきらきらと瞬いていて、時折流星が現れる。アーロンは鼻で笑う。
    「ハッ、しょせんはオモチャだな」
    「そうか? かなり立派だと思うけど」
    「本物はこんなもんじゃねえよ。お前も知ってるだろうが」
    「……そうだな」
     幼い頃はよくふたりで星空を眺めたし、ついこの前もルークがハスマリーに来たときに、ふたりそろって夜の空を見上げたばかりだ。
    「そう言われると、また本物のハスマリーの夜空が見たくなってきたなあ」
     それなら、来ればいい。ルークが望むだけ、何度でも。そのために、アーロンはハスマリーを平和へと導いたのだから。もちろんハスマリーという国への愛着があって平和に貢献しているが、ルークの故郷を平穏で魅力あふれる国にしたいという思いも同じくらい強かった。
     しばらく、並んで静かに天井を見つめた。しかしふたりとも黙ると機械音が耳障りだ。アーロンが何か喋ろうかと口を開くと、ルークが不意に真剣な声を出した。
    「なあ。いつか僕が、このエリントンでやるべきことを終えたら」
     ルークがアーロンのほうを向く。暗い部屋の中でも、アーロンにはルークの意志の強い瞳がよく見える。
    「僕もハスマリーで暮らそうと思うんだ」
     ルークの手がそっとアーロンの手に触れる。そして柔らかく握ってきた。
    「そして、君とずっと一緒に過ごしたい。おじいさんになっても、ずっと一緒にいたい。駄目かな」
     アーロンはふっと笑って、ルークの手を静かに握り返す。
    「駄目だって言われねえ自信があんだろ?」
    「えへへ。そのとおりです」
    「ま、先にジジイになったときの約束をしたのはオレのほうだ。死ぬまで付き合ってやるよ」
    「死んでからも付き合ってほしいな」
     ルークは案外欲張りだ。そしてアーロンはそんなルークのことが嫌いではなく、むしろ好ましく思っている。
    「ふふ」
    「何にやにやしてんだ」
    「だって毎日、君と同じ星空を見られる未来が待ってるんだ。こんなに嬉しいことはないよ。……だから、それまではこれで」
     そう言ってルークは、またプラネタリウムによる星空を見上げる。アーロンも同じように天井に目を移す。
     いつかの未来に思いを馳せる。少し年を取ったルークと自分が、ハスマリーの星空の下、夜の散歩をしている姿。ルークの帰る場所が、アーロンの隣になる日。
     わざとらしく瞬くプラネタリウムのそれよりも、もっと慎ましやかで、しかしどんな宝石よりも美しい本物の星々は、幼い頃に眺めたものと何ら変わりなくふたりを見守ってくれるのだろう。
    「アーロンだって笑ってるじゃないか」
     いつの間にかこちらを向いていたルークが、甘えるような声と共にアーロンの肩を軽く叩いた。言われてから初めて、自分の口角が上がっていることに気づく。それをさっと下げて、ルークの肩を小突き返す。
    「笑ってねえよ」
    「笑ってたよ」
    「笑ってねえ」
     言っているうちにおかしくなって、アーロンの声に笑いが滲んだ。
    「もう言いながら笑ってる」
     おかしくてたまらないといった様子でルークも笑った。そのままふたりで笑い転げて、目に涙が浮かんできたころ、ふと互いに目が合った。どちらからともなく、引きつけられるように唇を重ねようとして、ふたり同時に吹き出す。
    「駄目だ、笑っちゃう」
    「もう今じゃなくていいんじゃねえの」
    「そうだな」
     はあ、とルークが息をついた。アーロンも笑いで乱れた呼吸を整える。
    「アーロン」
    「ん」
    「好きだよ」
     耳に心地よい愛の言葉。アーロンは返事の代わりにルークの手をきゅっと握る。
     天井を見れば、ちょうど流星がひとつ、ふたりを包む星空の真ん中に流れた。

    (了)
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