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    nikawa_xx

    @nikawa_xx

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    nikawa_xx

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    龍羽オンリーが決まったら書けそうなネタのやつ(5万字くらい書きたい)
    お空パロ 龍がヒューマン、羽が星晶獣くずれでとても長生き

    お空で好きなカプは暁旦の鬼と龍ですよろしくお願いします。

    0

     嵐の夜。
     見渡す限り明かりの点いた建物はなく、普段なら人の声で賑わっている通りも、吹き荒れる風と、打ち付ける雨の音がするばかりだ。
     男は、この街で一番大きな館のテラスに身を寄せていた。明かりが点いている唯一の建物で、まだ人の活動が感じられる。雨が横殴りになると濡れてはしまうが、屋根がない場所にいるよりは幾分もましであった。
     この館を選んだ明確な理由がある。
     雨に濡れて傷んでしまわぬように、と懐に仕舞ってある”それ”に触れると、ほのかに暖かさを感じることが出来る。
     ”それ”は男にとって天啓に近しいもの。
     ”それ”に導かれて、悪天候の中、この場所にやってきたのだ。
     館の方へ耳を澄ますと、多くの人――主に女性――が行ったり来たりを繰り返しており、その会話からは焦りが滲み出ている。
     男はずば抜けた聴力を持っていた。この暴風雨の中でも、館にいる人らの声を拾うことが出来るくらいには。
     彼女らの会話によると、館主の夫人が産気づいてしまったが、この嵐のために医者が呼べず、お産の経験がある何人かの下女で世話をしているようだった。
     下女が皆部屋から出払った時を見計らい、男は窓をこじ開け、するりと部屋の中に身体を滑り込ませた。
     陣痛に苦しむ彼女はそれに気づく様子はない。ひどく汗をかいており、言葉にならないうめき声を漏らすばかりだ。
     帽子を脱いで窓際に置き、風の魔術を発動させて髪や服の水気を軽く飛ばす。
     男が彼女の枕元まで近づくと、懐に入れている”それ”がより一層暖かさを感じさせ、何なら動いているようにすら感じる。”それ”が導きたかったものはこの女であるようだった。
     懐から”それ”――一枚の純白の羽根を取り出すと、羽根は自らの意思で男の手を離れ、女の胎に吸い込まれていった。
     美しい羽根が自らの所有物でなくなってしまったことに男はいささか寂しさを覚えたものの、先程まで苦しんでいた女の表情が和らぎ、幾分か落ち着いたのを見て得心した。
     この日のために羽根は己が手元にあったのだと。
     ベッドサイドに膝をつき、チェストに積み上げてあったタオルを一枚手に取って女の顔に浮いた脂汗を優しく拭う。
     それから男は、女の手を取り自らの額まで掲げ、祈りを込めた。
    「君が無事に生まれてきますように」
     男に祈りで何かを変える力はないが、あの羽根には間違いなく祈りの力が込められている。このまま場に残り、羽根が選んだ相手を見届けたかったが、男の耳は部屋に近づいてくる下女たちの足音と声を正確に捉えていた。
     見つかってはならないわけではないが、男は身元を証明する手段を持ち合わせていなかった。名残惜しいがもう行かねばならない。
     窓に目をやる。風雨は少し収まってきたようだ。
     帽子を被り直し、部屋に雨が入ってしまわないよう素早く外へ身を滑らせる。
     もう雨宿りは必要ない。
     男はテラスの手すりに足を掛け、思い切り空へ飛び出した。


    1

     子供たちの声が聞こえる。
     随分と懐かしい夢を見ていたようだ。
     村を一望出来る丘にある大きな樹の枝に腰掛けてのんびりと過ごすのはいつものことで、しかしあの時のことをこうして思い起こすのは久々のことだった。
     あれからどれくらいの時が経ったのだろう。永く生きる種族にとって、一年という単位は気に留めることが出来ないくらいに短いものだ。ひょっとしたらすでに百年程が経過しているのかもしれない。人ならざる身は天啓の時期すら留め置けないのかと、苦笑いが漏れる。
     声のした方を見ると、子供が三人、山へ分け入ろうとしている。
     危険な魔物は村に近寄らないようにさせているが、山となると話は別だ。
     風の魔術を発動させて、やんわりと子供たちを村へ帰す。村に住んでいる人間ならば、これだけのことで意図を察してくれるだろう。
     たった二十余名が暮らすだけの小さな村。そもそも、この島には村は一つしかないため、村人たちにとっては二十余名が世界の全てだ。
     何年、何百年とこの島に棲み、村人たちの暮らしを見守ってきた。
     この島は周囲が特殊な気候で覆われており、外から入ってくる人間はごく僅かで、村人たちが島の外を求めることもないため、完全に孤立している。
     だからこその平和が約束されていたのだが、それも長くは続かないであろうことを、近頃その身に感じていた。
     力の衰えだ。
     本来の自分の使命は島を守ることではない。それを、この島と契約を交わすことで無理やりに書き換え、存在を繋ぎ留めている。島を守る力を発揮するには相応する人々の祈りが必要になるが、時が過ぎるにつれ祈りの力が弱まり、存在を繋ぎ留められなくなっている。
     自分が消滅した後のことは考えるだに恐ろしい。何も変わらないかもしれないが、加護がなくなったことで人の住めない土地に変貌してしまう可能性もある。自分が消滅することが怖いのではない。人々の未来を絶ってしまうことが怖いのだ。
     まだ存在を繋ぎ留められているうちに、打てる手は全て打っておく必要がある。
     自分に代わって新たに島と契約してくれる同胞を探すのも一つの手だが、祈りをよすがとせず、人々の未来を守ってくれるような存在は一朝一夕には見つからないだろう。ただでさえ人とは時の流れが異なるのだから、どこにいるのかもわからない同胞を探しているうちに間に合わなくなってしまうだろう。
     であればこの島を棄て、加護が必要ないくらいに栄えた島へ移る方が良いだろう。幸い、島の人々は自分のことを神に近しい存在として扱ってくれており、行く先を指し示せば素直に従ってくれるはずだ。
     島の人々が住める新しい場所を探す。
     多くの時間を島の中で過ごしているが、島の外に出ることはある。ゆえに周囲の島についてある程度把握はしているが、それも随分と前の話で、今どうなっているかはわからない。一度見て回る必要がある。


    2

     中略
     

     路地裏から、人の争う声が聞こえる。どうやら一人が多人数に囲まれているようで、多人数の方からはゴロツキのような雰囲気が感じ取れた。
     現状、この島への評価が一番高い。治安の良さも他の島に比べ勝っていたが、さすがに全く悪人がいないということはないようだ。
     声の聞こえる方へ奔る。あまり人間と直接的な接点を持つのは本意ではないが、不安の芽は摘んでおくべきだろう。捕まえたゴロツキたちが改心してくれれば尚のこと良い。
     路地を進んでいくと、聞こえた通り一人の男が四人の男たちに囲まれていた。その格好を見れば明らかで、そこそこの身分を持っている男とゴロツキ共といったところだ。
     傷を負わせるつもりはないが、牽制として小刀を取り出し、両者の間に身を滑り込ませる。
    「だっ、誰だてめえ!」
     急な登場に驚いたのか、ゴロツキたちは一歩身を引いた。
    「助太刀しようか?」
     その隙に、庇った男の方を窺う。そちらも驚いているようで、目を見開いていた。
     美しい金髪と赤い瞳を持った男で、きちんと糊付けされたブラウスを着ており、得物を持っている様子もない。この場にはそぐわない雰囲気を持っている。
     我に返ったのか、金髪の男は瞬きをした後に身体の重心を下げ、臨戦態勢を取った。
    「必要ない。が、生憎手ぶらでな。得物を借りよう」
     見かけによらず戦闘の心得は持ち合わせているようだった。大人しく小刀を渡し、前を譲る。
     そうしている間にゴロツキたちも正気を取り戻し、こちらに向かって来ていたが、金髪の男があっという間に全員昏倒させてしまった。
     踊るように鮮やかな身体捌きだった。全て一撃、きちんと峰打ちで仕留めており、血も流れていない。勿論息が乱れた様子もない。
     これ程の手練れなら、助太刀は全く必要なかっただろう。
    「助かった。感謝する」
     しばし呆気にとられていると、眼前に小刀が差し出された。
    「いや、出過ぎた真似だった。助太刀なんて恐れ多かったね」
     小刀を受け取り、懐に仕舞う。これは素直な感想だ。間に入らず、危険があれば矢で牽制するくらいの方が良かっただろう。
     金髪の男は、意に介した様子を見せず、口角を上げて不敵に笑った。ちらりと八重歯が覗く。
    「貴様が間に入ってくれなければ殴り合いになっていた」
     口調や佇まいからは位の高さが窺い知れるが、嫌味なところは感じ取れない。これほどの人間がみすみす路地裏に追い込まれるとは考え難く、一つの答えが頭に浮かんだ。それが正しいのであれば出過ぎた真似というより足を引っ張っただけになる。
    「根城を探してた?」
     男は笑みを引っ込め、眉を寄せた。
    「……なぜわかる」
    「君みたいに強い人がこんなところにいるなんて、囮として動いていた以外に思い当たらないよ」
    「そうか」
     口元に手を宛て、悩んだ様子を見せている。たまたま声が聞こえたから駆け付けただけで、ただの部外者なのだから、話し渋るのも当然だろう。
     この辺りに根城があるのならば、耳を澄ませば見つかるかもしれない。過干渉になるが、自分から首を突っ込んだのだ。結局のところ居所は割れるのだろうし、遅いか早いかの差でしかない。
     耳を澄ませると、北東の少し下から、酒瓶がぶつかる音と男たちが騒ぎ立てる声が聞こえた。
    「根城なら北東に二区画行ったところにあるよ。ここくらいの幅の路地で分けて二区画。そこの地下」
     わかったことをそのまま伝えると、金髪の男は少し身を引いた。表情からは疑念が滲み出ている。
    「貴様、何者だ?」
     もっともな疑問だ。確かに、今の言い方では何かを知っている関係者ということになってしまう。
    「えっと、名乗るほどの者じゃないんだけど」
     無意識に手が帽子に伸びてしまう。そのまま鍔を下げたが、ますます怪しく見えてしまうに違いない。
     どうにかうやむやにしてこの場から離脱できないだろうか。
    「旅をしていて、今日この島に立ち寄っただけなんだ。だから」
    「関係ないということは、貴様の様子を見ていればわかる」
     男の凄味が一層増す。見逃してくれる気はないらしい。
     先程の男の立ち回りから察するに、単純な身体能力では逃げられそうにないため、軽く足元を浮かせる程度の術を発動させることにした。
    「ッ!」
     男が体勢を崩した瞬間に後ろに飛び退き、自分の足にも風の魔力を纏わせて路地裏を走り抜ける。
    「待て!」
     引き留める声が聞こえるが、足は止めず、そのまま大通りまで戻ってきた。
     人々の喧騒に紛れて一息つく。
     やはり、無暗に介入すべきではなかった。これまでも困っている人がいれば助けてきたが、今正体を知られる訳にはいかないのだ。
     島の人々に移り住んでもらうことを決めたのならば、長居する必要はない。島を散策するのではなく、この土地の領主に会う術を探す方面に切り替えた方が良いだろう。
     長らく孤立していた島には戸籍と呼ばれる個人を証明するものがないため、渡航証も発行できず、港を通過することができない。先に領主に話を通して、手筈を整えてもらう必要がある。
     具体的な案があるわけではなかったが、門前払いをするくらいに民の意見を聞き入れない領主であれば候補から外すだけなのだ。
     今日のところは宿屋で休み、明日になったら議場を訪ねることにする。少し走ったくらいで疲れを感じるような身体の造りはしていないのだが、どうにも落ち着かない気分のまま、宿屋へ足を向けた。


     純白の羽根がひらひらと揺れ、光が反射して美しい彩りを魅せている。
     これは夢だ。
     どうやら羽根はペンとして加工されたようで、若い男と思われる手がそれを持ち、紙に滑らかに線を引いてゆく。
     間違いなく、あの日無事を祈った女性の胎にいた子だと直感する。
     顔までは見えなかったが、その手から、子が無事に大きく成長したことがわかり、羽根が持っていた暖かさに似たものが胸に広がる。
     あれから二十年程が経ったのだ。そして、今この夢を見せるということは、この島があの日訪れた島だったのだ。


     ぱちぱちと瞬きをする。
     夢の内容をはっきりと覚えており、面映ゆいような気持ちで起き上がった。気持ちのいい朝日が窓から注ぎ込まれている。
     宿屋に備え付けられていた夜着を脱いで畳み、ベッドの上に置く。そこでふと意識を外へ向けると、何やら騒がしいことに気がついた。
     ハンガーラックに掛けていた梔子色の衣服を取り、素早く着替える。ドレッサーの前まで移動し、置いてあった帽子を持って髪と羽を整える。一目では気づかれないように丁寧に帽子の中へ羽を入れていく。
     聞こえてきた情報を処理すると、どうやら兵士たちが街中に散開しており、人探しをしているようだった。鎧がぶつかるような武装している音は捉えられず、まるで迷子捜索のような様相だ。
     そしてその”迷子”の情報が、黄色いケーブスリーブの服、同じ色の帽子、腰元に羽根を巻いており、矢筒を背負い、弓を持ち、銀髪で、翠の瞳、とあまりに具体的過ぎるものだった。
     十中八九昨日手を貸したあの男の差し金だ。
     かなり広い範囲で捜索が行われていることがわかり、男の身分の高さを察して項垂れた。
     議場に行くどころではなく、一旦街を離れる他ないだろう。
     自分の居所は宿屋の主から割れてしまうため、捜索の手がここに及ぶ前に出なければならない。
     急いで荷物をまとめ、テーブルに多めのチップを置く。
     部屋を出て宿屋の主を探し、声をかけた。
    「お世話になりました!」
    「朝食はいらないのかい?」
    「時間がなくて! ごめんなさい!」
     ダイニングからは美味しそうな朝食のパンやスープの匂いが漂ってきていたが、頂いている場合ではない。挨拶もそこそこの宿屋を出ようとすると、店主から呼び止められる。
    「これ持って行きな!」
     投げて寄こされたのは、紙の袋に包まれた何かだった。ほんのり温かく、香ばしい匂いもする。パンが入っているのだろう。
    「ありがとう!」
     街を離れてからありがたく頂こうと、しっかりと胸に抱え、宿屋のドアを開けた。
     カランカランとベルが鳴る。この通りにまだ兵士はおらず、誰も自分に気を留める様子はない。しかし、一本横の通りにはもう兵士がいる。上手く包囲網を抜けるには、何かで兵士たちの気を引く必要があるだろう。
     島と街の立地を思い起こし、より早く街を抜けられ、人目につかない場所で空へ飛び立てるルートを考える。
     そして、それとは真逆の方向の空へ魔術を放ち、人の目を引き付ける。簡単な風の魔術で、鳥の囀りのような音を立てるだけのものだ。直接触れればかまいたちのような傷が出来ることもあるが、触れられる高度で発動はしないため問題ない。人の目が地上から離れた瞬間走り抜ければ、気づかれることはまずない。
     そうして郊外まで誰にも見つからないまま走り抜け、街を抜け、見通しの悪い茂みに腰を下ろす。
     店主にもらった紙の袋を開け、中身を確認すると、野菜が色とりどり詰められたサンドイッチと、ナッツ等が練りこまれている菓子のようなパンが入っていた。
     店主に感謝しながら、一口ずつゆっくり味わって食べる。
     咀嚼するうちに気分が落ち着き、走っている間に拾った情報を整理する余裕が生まれた。
     どうやら本当に迷子捜索程度のもので、兵士に特別な武装はさせておらず――普段の見回りと変わらない程度らしい――むしろ手厚く扱うようにと指示があったようなのだ。
     それを聞いた時は思わず口から疑問の声が漏れたものだ。
     断片的に拾った情報の中には、領主の命令である、という内容も含まれていた。
     昨日の男が領主に報告したのかわからないが、領主の命令であるならば出頭してもよいのでは、という考えもあった。
     いきなり目通りが叶うとは思えないが、手厚く扱うように、を額面通りに受け取ってよいならば、話を聞いてもらう機会はあるだろう。
     議場の位置は把握している。街の真ん中にあるというわけではないため、見つからないように大回りに向かえば騒ぎにはならないはずだ。
     そうと決まれば、迷子捜索に駆り出されている哀れな兵士たちのためにも、早く向かった方が良い。
     立ち上がって服についた土埃を軽く払い、少し浮き上がってから更に高く飛び上がった。


     中略


    「君は」
    「やっと来たな! 待っていたぞ!」
     領主がいるとして通された部屋には、中央に大きな机が鎮座しており、上には山積みの書類と本とが置かれていたが、その他の場所はきっちり片づけられている。壁一面に詰められた本たちを見るに、間違いなく領主の部屋という様相だ。
     そして、その部屋に領主として構えていたのは、件の金髪の男だった。
     立ち上がってこちらに近づいて来ようとするのを、傍仕えの者に止められている。
    「あー、つまり、わざわざ僕を探すためにあれだけの兵士を?」
     思わぬことに口ごもりながらも、男に疑問を投げかける。
    「そうだな……。重要度で言えば、昨日貴様が教えてくれた根城を潰す方が高い。そちらから取り漏らしが起きた場合に備え、街中に兵士を配備するついでに、貴様を探していた……というわけだが」
    「兵士は撤収させますか?」
     傍仕えの者から声がかかる。こちらに対しての警戒心は解いておらず、兵力を領主邸に戻したいのかもしれない。
    「そうだな。通常の業務に戻らせろ」
    「かしこまりました」
     傍仕えの者は一礼をし、退出する。
     部屋には二人だけになった。領主本人が手練れとは言え、こちらは魔術も扱うというのに、余りにも無警戒すぎる。
     領主は立派な装飾が施された椅子にどかっと座り直した。
    「僕を捕まえるのには大げさだよ」
    「捕まえるつもりはない。昨日の礼をと思ってな」
    「あんなに総動員しておいて捕まえないは通用しないよ……」
    「それはどうでもいいことだ。貴様に聞きたいことがある。答えてくれるな?」
    「君が領主様ならば、仰せのままに」
     居住まいを正し、片膝をついて頭を下げる。帽子は被ったままであるし、今更礼儀も何もないだろうが、ものを頼みに来た立場として尽くせる礼は尽くそうと思い至ったのだ。
     頭を上げろ、とすぐさま声がかかる。何も言わず頭を上げ、領主の顔を見た。
    「貴様の名前は?」
    「名前……? 名前かあ」
     思わず首をかしげる。星晶獣には個体名が、個の役割に応じて割り振られていたが、自分はそれよりも下位の存在で、名前は持ち合わせていない。識別番号として与えられているのは剣のAではある。
    「ひとまず名無しで」
     そこまで言ってから、領主の名前を聞いていないことに気付く。名乗れない身で名を尋ねるのは褒められた行為ではないだろうが、理が違う部分は見逃してもらう他にないのだ。
    「領主様の名前は?」
    「まだ名乗っていなかったか。失礼した。若輩の身ではあるがここの領主をしている。龍水だ」


    中略


    「貴様はどこの出身だ?」
    「出身……、住んでるのはこの島からちょっと離れたところにある島だよ」
    「……? 後でフランソワに地図を持ってこさせるからそれに示せ。渡航証はあるか?」
    「そういったものは一切」
     龍水の目がすぅと細められる。
    「ではどうやってこの島へ来た」
    「えっと」
     明らかに不法侵入を疑われている。全く以ってその通りであり、敵対心がないことを示すことしかできないのだが。
     両手を上に挙げて攻撃の意思がないことを示してからゆっくりと立ち上がり、その場にふわりと浮いてみせる。
    「こうやって飛んで」
    「飛翔術か!」
     龍水は大きな音を立てて机に手をついて立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
     さながら少年のように目を輝かせており、領主とは言えまだ年若いものを感じさせた。
    「飛翔術を使い、万里を見通す眼を以って獲物を逃さない射手の話を聞いたことがあるが、貴様がそうなのか? 飛翔術をこの目で見るのは初めてだ!」
     先程までの疑念はどこへやら、至近距離で熱心に観察している。
     人の身ではないゆえに、人が使う飛翔術の仕組みとは異なるのだが、今それを言うわけにはいかないため飛翔術ということにしておく。
    「龍水様」
     退出していた側仕えの者が戻ってきた。一言、領主の名を呼んだだけであったが、そこには龍水を諫める感情が多分に含まれており、龍水は一歩間を取って咳払いをした。


    中略


     名無し、と名乗った男をフランソワに見送らせた。
     思わぬ発見に気分が舞い上がりすぎてしまった。背もたれに身体を預け、ゆっくりと深呼吸をする。
     その時目についたのは、幼い頃より手元にある美しい純白の羽根ペンだった。不思議と吸い寄せられ、羽根ペンを手に取る。
    「暖かい……?」
     羽根ペンからは、無機物が発するはずのない温度が感じられた。

     羽根ペンを見ると思い出すのは、何度も母が語ってくれた、自分が生まれた日についての話だ。
     自分が生まれた日は酷い嵐の日で、医者も呼べず、
     大層苦しんでいた時に、窓がこじ開けられ、一人の男が入ってきたという。
     男は、懐から取り出したものを母に与え、祈りを捧げて去って行った。
     その母に与えられたものが、自分が生まれた時に手に握り締めていたこの美しい羽根であると。
     痛みが和らいだ際に一瞬だけ捉えた男の姿は、銀の髪と翠の瞳、それから頭から羽が生えているというもので。
     いつか彼に会うことがあれば、感謝を告げてほしい――母は口癖のようにそう言っていた。
     名無しは、母がその日見た男に似ているのではないかと、外見を見てそう思った。
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     嵐の夜。
     見渡す限り明かりの点いた建物はなく、普段なら人の声で賑わっている通りも、吹き荒れる風と、打ち付ける雨の音がするばかりだ。
     男は、この街で一番大きな館のテラスに身を寄せていた。明かりが点いている唯一の建物で、まだ人の活動が感じられる。雨が横殴りになると濡れてはしまうが、屋根がない場所にいるよりは幾分もましであった。
     この館を選んだ明確な理由がある。
     雨に濡れて傷んでしまわぬように、と懐に仕舞ってある”それ”に触れると、ほのかに暖かさを感じることが出来る。
     ”それ”は男にとって天啓に近しいもの。
     ”それ”に導かれて、悪天候の中、この場所にやってきたのだ。
     館の方へ耳を澄ますと、多くの人――主に女性――が行ったり来たりを繰り返しており、その会話からは焦りが滲み出ている。
     男はずば抜けた聴力を持っていた。この暴風雨の中でも、館にいる人らの声を拾うことが出来るくらいには。
     彼女らの会話によると、館主の夫人が産気づいてしまったが、この嵐のために医者が呼べず、お産の経験がある何人かの下女で世話をしているようだった。
     下女が皆部屋から出払った時を見計らい、男は窓を 8822

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