Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    フルヤヒロキ

    一次創作倉庫
    ***
    twitter @huruyaki_ssk

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 114

    フルヤヒロキ

    ☆quiet follow

    1新宿鶏事件
    2021-06-29 文字数増加により後編を合体

    #一次創作
    Original Creation
    ##物語
    #小説
    novel

    1新宿鶏事件

    自宅のある埼玉県に行くなら地下鉄の方が簡単なのは解っているが、あの地下独特の圧迫感と今日のむしゃくしゃ具合につけて地上線をおざなりに選んで座っている。新宿駅は時々始発になっているので便利だ。と、新倉はぼんやり開いたままのドアをみている。さっきみた映画がレビュー以上に酷くて今日一日を台無しにしたという気持ちが大きすぎて、動く気力がわかないでいた。
    人の群れにそって歩く妖怪は少なくない。人が草木動物を愛でるように、新倉も妖怪でありながら人間を愛でて、その結果映画鑑賞が趣味になっているわけだが、レビューでボコボコにされてる映画に興味何故か惹かれお金を出してしまったというより、時間を無駄にしたという後悔をわかっていながらに作ってしまった事にひどく落ち込んでいた。カットのテンポも話の流れも無理が多くて途中からいかに口の中で一個のポップコーンを何回、数多く噛めるか、という実験になっていた。そのせいでスタッフロール中慌てて残っているポップコーンをたべるはめになった。みんなスタッフロール最中に席を立って出て行っていたので助かった。私も出たかったがポップコーンに罪はない、寧ろ救いだったナァ。ずっと塩バター派だったが名前を失念した甘い味も美味しかった。
    「本当にクソ映画だった」
    周りに誰もいないので小声でうさ晴らした所であの映画の事を考えるのを辞めた。


    傾く陽とともに彼女にとって、かぎ慣れた臭がした。毛と肉と土の臭い、それと現し世と呼ばれるのがここならばそことは別に同時に重なっている場所の臭い。

    その拍子に夕陽になりつつある明かりが遮られた。普段そんな事は車内では起きない。慌ててホームに転がり出ると、車体が浮き線路から外れて入り口がホームで少し塞がれた。タイミングがおくれれば車体とホームの角に挟まれていたかもしれない。目のはしで中に乗っていた数人をみると、椅子から転げ落ちたり封じ込められてしまっている。鈍い金属音を上げながら反対側にある車両は横転し、ひしゃげ始めた。巨大な鳥の足が身じろぎするたびに車体が悲鳴を上げる。周囲にいる人も気づき始めたのかその巨大な鳥に気づきはじめた。
    新倉は車体に乗っている物を見ようとして距離をあけた。そこにいたのは、しろっぽい羽毛と、首いっぱいに無数の眼球をぶら下げた鶏らしきモノだった。

    巨大な、本当に巨大な鶏のようだった。
    混乱するホームにアナウンスが流れる。避難指示が流され駅員はホームにいる人たちを誘導する。だが、その流れに逆らうものがあった。黄色いサッカーボールより大きいぐらいのフワフワが流れるように新倉の目の前に5つぐらい集まってくる。ぱっとみ大きいひよ子。このサイズだったら飼っても可愛いんじゃと一瞬思ったが即座に訂正した。可愛いモフモフ身体の半分ほどある開いたくちばしの中には、小さな牙がびっしり並んでいた。ちょうど肉汁したたるステーキナイフのように。そしてこいつらは私が人でない事を解って集まってきたようだった。

    「さながら怪獣映画じゃないか」


    フィクションならいくらでも協力するんだけどな。ぼやきながら右袖をまくると右腕の肘近くに金属のような光を反射する部分が所々にある。昔、いい気になって腕を変質させてすぎたせいで戻らなくなってしまった部分。人に化けていてもどうしても残るので普段はファンデーションや包帯、袖で隠しているが休みの日にはしないのでそのままにしていた。鋭い夕日が反射していい感じにかっこいい、ちょっといわゆる邪気眼系ってやつだと自嘲しながらその右腕で宙を撫でる。そしてすぐに掌に感じる重み。金属生成の能力をもって野生時代を生きてきた。道具を覚える以前は右前脚を強化して獲物を捕まえてきた。その代償に右前脚の一部の皮膚は金属のような見た目になったまま戻らなかった。狩りを教わらなかった彼女は、人間が使う道具を真似て幾百年を生きてきた。今は、持ちやすさのために柄は軽くS字を描いているハルバード。だが刃の部分が普通より異常に大きいし重い仕様だ。
    武器を認識したヒヨコはギャァギャァ騒ぎ出した。本家ヒヨコ的な可愛さはモフモフ以外何も無いらしい。目がないし何より口がこわい。新宿駅自体は幾つも路線を抱えていて大きいが、そのせいかホーム一つ一つ自体の幅は狭い。ハルバードをそのまま振り回せば屋根なり柱、何かしらにあたる。舎弟が見れば非効率と言ってくるだろう、あいつがいれば同時に車中に残った人間を助けてやれるのに。そう焦っているとヒヨコはお互いを噛みはじめた。毛が唾液が散り、硬いホームには血溜まり広がり始める。啄んで肉を呑み込んでいる様子は無い。何をしているのかわからなかったが迂闊にソレから目を離して良いようにはみえなかった。ほとんどが肉塊になると今度は血溜まりが動き出した、と思えば嘴。いや鼻先、一番近いのは恐竜映画でお馴染みのラプターだ。だがまた目がありそうなところに目はなく、頭全体が嘴のようで体は褐色の羽毛に覆われている。首から下は鶏が恐竜になったような、しっぽは長い羽根だ。だが、前脚のそれは翼ではなく3枚の羽根がそれぞれ並んでいるが夕陽で鈍くひかっている。薄い、いわゆる剃刀というような印象の羽根をチラつかせたニワトリもどきがこちらに3体にじりよってくる。

    巨大ニワトリはその場から動く気は無いようだが、巨体のバランスがうまく取れてないのか身じろぎをするたびに何かが崩れている。
    おそらくあの3匹羽はあの親鳥みたいなのを護りたいのだろう。だから戦闘になればどさくさ紛れで脚の一本は確実に切り倒せる可能性のある私に手を出せない。だが私も、この3匹相手は無理だ。共食いを平然とやれるという事は2匹を犠牲にしてでも私を殺す。体格差的に3匹を圧倒するほどの力や技量が無いことは自覚している。ここは膠着状態を維持して人間の力を借りるしか新倉には選択肢が無い。沈黙を破ったのはニワトリもどきの方だった。2匹同時に駆け寄ってきた、残りの1匹が隠れてワタシにとどめをさす。そういう事なんだろうとハルバードの先端の刃を2匹に向ける。だが2匹は襲ってくるわけではない。疑問に思っておると線路側からホームに二ワトリもどきの死体投げにすてられるように飛んできた。よく見るとその死体は刃物のようなもので真っ二つに切り裂かれている。そんな状況でも2匹は距離をとったまま襲って来るわけでは無かった。その直後、黒い物体が地面に落ちたかと思うとその黒っぽい物体は即座に黒い棒で親鳥の片足を斬りつけた。その瞬間親鳥がよろめいたが、器用に残った脚で立っている。そのまま駅舎のほうに葡萄の房のように目玉が大量についている首をしならせる事で後ろへ後ろへ下がっていく。なんていうか、体躯のわりに器用で揺れる目玉は気持ち悪かった。
    逃げようとする親鳥をすかさず後ろから切りつけようとした黒い塊は、なぜか親鳥をすり抜けて線路にすべりでてしまった。よく見れば親鳥の体は透けて向こう側が見える状態であった。
    親鳥は隠れて逃げようとしていた。だが黒い塊さんがすり抜けた理由は解らない。怪異や心霊の類いなら勿論人間でもあの状態でも当たるはずだった。
    だが親鳥は逃げ失せたようだった。完全に姿も気配もない。目の前にいた二匹も逃げてしまったようだった。
    残る死体はぼそぼそと血の海ごと黒い塵になって消えていく。

    それをぼんやり見てる場合ではなかった。

    「おい、そこの黒いの手を貸してくれ」
    さっきまで乗っていた車両は脱線しひしゃげているせいで中に残っている数名は出れないままだった。だが、黒いパーカーを着た青髪の子はワタシを制した
    「あとはここの救助隊が行うので、大丈夫です」
    いや、人数は多い方がいいだろ。と食い下がるがだめだった。
    「お前、ワタシが人を襲ったりするとでも思ってるのか」
    「違います。これとは別にお願いしたいことがあるので。えっと、」
    「私の名は新倉サツキだ。」
    「僕は師走です。その、この件で重傷者は出ていません。ですから、」
    別が悪そうに視線を泳がせる。確かに周囲に人の流した血の匂いはないし、もし身体の内側に異変があっても医者じゃない私にはどうにもできない。その上、こいつはワタシより確実に強い。さっきのがわざとでなければカシバに入れば撒いて逃げることも出来るだろう。
    「いいよ、私はお前にはかなわさそうだし。聞こう。」
    薄青い迷彩服の人間と救急隊員がホームに降りていく。手伝いたい気持ちをおさえ、師走の方に向きなおった。


    「サツキさんはカシバに入れますか」

    要はカシバへ行ってあのニワトリを追ってくれ、というお願いらしい。自分で行け、の単語を飲み込んで見に行くことにした。32階建てのビルとほぼ同じ大きさの怪獣ニワトリ、気にならないわけがないので行くことにした。
    カシバは別名”隠し場”とも呼ばれる。どういう原理か知らないがホームから改札口への階段を登るだけといったような、区切られた空間をまたぐだけで入れるこの世と重なったこの世と瓜ふたつの空間。特段おかしな所はないが、生きてる生き物は一切居ない空間へ入ることが出来る。
    階段の一段目を上るとホームの緊急アナウンスどころか耳鳴りしか聞こえないような静寂。電光掲示板は何も示さないし、空もオレンジが黒ずみかけたグラデーションをしているだけでそこにあった雲は一つもなくどこかのっぺりとして実際の空よりも低く重く感じる。

    階段から振り向けば巨大ニワトリがいるはずだが何も居なかった。

    階段に向き直りさっき降りてきたヒヨコの残り香を辿るために、階段を一足飛びする。ホームへの階段から改札口への間は、複数の店が並ぶほどの広さで隠れる場所には全く困らない。ヒヨコと恐竜型に不意をつかれないよう、ハルバードを構えたまま順番に見ていく。改札から出て外も見渡して見るが、匂いもすでに消え失せていた。

    「ここまで綺麗に逃げた、のか」


    念の為線路に降りて巨大ニワトリの匂いを辿ろうとするが移動した形跡はない。
    ヒヨコと恐竜形と巨大ニワトリは明らかに連携している、痕跡を消して逃げれるほど高い知性と怪異としての格の高さは見た目よりもだいぶあるらしい。カシバに逃げたわけでもな現世にも居ないのだとすれば、自身の結界や空間に逃げ込んだのだろう。それは相当怪異として格が高く、そしてサツキ自身には持ち得ない妖術でこれ以上の追跡は不可能ということ。

    戻るか、とため息をつきながらホームの階段を一旦登って降りカシバを抜けると青い迷彩服の救急隊員と師走がなにやら話し込んでいるようだった。ちょっと驚かしてやろうと、無音でハルバードを無に還しつつ師走に近寄ると、驚でもなく振り向きながら現状を訊ねてきた。バレてるのかつまらん。
    カシバの状況をすべて話と少し待っていて欲しいと言う。青い救急隊員達への指示出しがまだ残っているようで、することもなくワタシ隊員達の様子をみていた。ホーム上の隊員は車両に戻って残っていた乗客を改札口へ誘導している。担架を持ち込んで来たようだが幸い使わなくて済みそうらしく安心した。線路にいる隊員は車体の目線の高さに術式を油性マジックで書き込みだしている、他の呪術の目印らしい。



    「師走お疲れさん。そちらが」
    改札の外でおそらく師走に向かって手を振っている背の高い女性が居た。どうやら駅にいた利用客は別なとこにまとめられたらしい。まっすぐ師走はその女性に所小走りする。おそらくその女性は180cm以上はありそうな身長のようだ。
    「先ほど怪異を抑えてくれてた新倉サツキさんです。新倉さん、こちらは私のあるじで籠囲マキといいます」
    どうも、と会釈すると彼女は笑顔で返した。
    「ご協力ありがとうございます。その上でお願いがあるんですけど、さっきの怪異の詳細を教えて欲しいの。ビルの外に居たから全然見えてなくて。」

    師走のあるじ、というぐらいだから師走から聞けばいいんじゃないか。とかなんだかこの状況に流されきってる自分にちょっと呆れながら話してやることにした。電車出てすぐ気色悪いひよ子に囲まれたこと、そいつらが共食いしあった血だまりから恐竜のようなものが出てきたこと、更に気持ちの悪い目玉だらけのニワトリ。師走がニワトリ足を切ったが逃げられたこと。

    さっきの状況をそのまま伝えると、礼を言って待っていろと言う。
    「貴女怪異にしては珍しくない人助けなんて」
    「そうか病院で医者してる怪異もいるだろ」

    師走というのも怪異のたぐいじゃないのか。元々はそんな性格じゃないのか知らないが、マキって子は私を怪異だと見抜いてるようだ。

    そう話をしていると漆塗りのような黒く長細い容器を取り出し、すぽっと蓋を抜くと管狐を取り出した。管狐と言っても最近出回っている”安定版”と呼ばれる人気のもので、色は狐色そのものだが体はイモリやトカゲじみた平らな姿勢。顔も狐というかやっぱり爬虫類じみている、なにせ耳が無いというか穴だけでおおよそ狐とは呼びにくい。
    管狐は容器から出てマキの腕にしっかり乗っかると、マキの顔をじっと見て言葉を聞いているようだった。

    「ねぇ、新倉さん。このあと予定がなければうちでお礼させてもらえないかしら」

    「予定はない。面白そうだしお誘いに甘えさせていただこう。って、何してるんだ」
    管狐は鼻先を鳴らしながら術式を展開しているようだ。
    「先ほどの怪異の記憶記録が残っては困るので現実改変処理をする装置と接続して、この事件が別のものだったってことにするんです。」
    「え、何それメン・イン・ブラックとか某管理財団か」
    さらっと「そんなものです」とかえす師走にびびる。さっきの青い迷彩服の奴らが電車に書き込んでいたのは、この術式と接続するためか。怪異が記憶操作するのはよく見かけるが現実改変などだいそれた事、相当な代償が必要だろう。

    「おわりー。いこっかー」
    最後まで軽い調子の二人で摑みどころを見失ってしまった。

    マキが近場で借りたレンタル車に3人乗り込むと、マキは車を自身の実家へと走らせた。新宿駅付近の道が一部通行規制がかかったり、駅の外でもあのニワトリは影響を与えているようだ。
    しかしそれから、都内を出て30分たったぐらいから同じ道を行ったり来たりしている。
    「なるほど、呪術で家までのルートも隠してるのか。」
    後部座席ワタシの隣に座る師走がタブレットを開きマップを見せてきた。
    「マップで見るとすごいところにいるんですよ」
    「まじか、フィリピン沖じゃん」
    景色的には都内を出てすぐの風景を繰り返しているだけだが、GPSはどんどんおかしくなっていきフィリピン沖と北海道近海をピンがいったりきたりしている。住所を聞けば車で4時間はかかりそうなのだが、ガタンと車が軽く乗り上げて気づいたがすでに山道で1時間ぐらいで籠囲家についてしまった。

    「工業地帯でみるビルっぽいな」
    家と聞いていたから瓦が並ぶ、凄い金持ちそうな家とか茅葺きとか洋館をイメージしていたのだが違った。白い箱。豆腐建築。そんな感じで、やたら横にでかい。
    一階の一部はしっかり駐車場になっているようで、駐車券をとって開いてる所に駐車するってこれはなんだ。自宅の駐車場ってそういうものかな

    「利便性を優先したらこうなったの、昔は村って感じだったわ。家と保管棟、実験棟が別の建物なせいで昇り降りが激しかったしね。」

    人ってもっと情緒を重視していてこんな工業的な豆腐建築をするくらいなら隅にちょこんと移設するぐらいにとどめておきそうなものなのに、すべての建物を一つにまとめるのは合理的過ぎるそんな冷たい印象を感じる。それは、人に紛れすぎた化け狐が思うことなのかと自分で自嘲してしまったり。

    だが、無機質な外扉を開けた先の透明な自動ドアの先にはうってかわって老舗旅館のようなロビーが広がっていた。
    おちついた色の木製のカウンターの手前には、テーブルと椅子とテレビのあるまるで常連が長居してる食堂のような場所もある。というかその向かいには共同風呂があるのでここだけなんか、ただの銭湯だ。ロビーの隅に並ぶ自販機や頂き物と書かれた棚のなかには謎の張り子やダルマ、折り紙で組まれた鳥の工作品が並んでいる。
    すごく、情緒の塊だった。

    ついうっかり某財団みたいに白を基調にたまに橙色のつなぎを着た職員が、、、みたいなものを想像してた。多分、この家はとんでもないところだと確信した。というかこれは家なのか?
    入ってすぐのところに受付がある自宅なんてあってたまるか。ビジネスホテルだよ。

    マキとともに受付を素通りすると、ただならぬ気配を背後から感じた。
    「失礼ですが、どなたかな」

    振り向いた先には灰色のスーツを着た若干白髪交じりの長身のおじさん。だがその眼光は鋭く、客人ではなく異物を押さえつけるほどの圧がある。
    「お、お・・・・・・」
    先ほどまで飄々としていたマキが顔面蒼白になっている。

    すると颯爽と師走が私たちとおじさんの間に入り、新宿駅での件をかいつまんで説明する。話し終わるとおじさんの威圧感は無くなり、
    「この度はうちの娘がお世話になりました、どうもありがとうございます。」
    深々と頭を下げられた。籠囲タモツ。現当主、この家で一番のお偉いさんのようで、マキの父親だそうだ。
    「あぁ、はい。こちらこそ」
    「師走。マキとは話がある。サツキさんを案内しなさい。」
    「どうぞこちらです。」
    よければ泊っていきませんか?と、お誘いをうけたがこうもあれなので断っておいた。今日一日の情報密度が多すぎる。

    マキは顔を白くしながら親父さんの後ろをついていった。なんか、訊いちゃいけない気がして師走には何も言えなかった。

    先ほど入ってきた入口から建物の対角線上に籠囲家の本宅がある。なんというかさっきまでの無機質な廊下の先とは言え、室内に玄関があるといった不思議光景にまた出会った。入口は普通の自宅というより昭和の店先のように大きなガラス引き戸が嵌め込まれていて、白い筆文字で籠囲呪具処分所と縦書きされている。その周りにはこれまたそういう家にはよくありそうな、なんだかわからない鉢植えがこれでもかと並んでいてる。人間はどうしてあぁもアロエを盛に盛るのだろうか。


    中に入るといたって普通。昭和レトロがにじみ出る内装だが、むしろ今風の感覚ならそれらがかわいらしく見える佇まい。リビングに座っていると師走がお茶を入れるといい、その場で水を秒で沸かした。いや、急須に直に水道水を入れた次の瞬間湯気が立った。そこに茶葉を入れると湯呑に交互に分け、簡単なお茶請け用の漬物とともに出してきた。
    「ずっと疑問だったんだが、師走。お前何者なんだ?」
    怪異、というか幽霊神仏、人間にしても気配が薄い。その割に秒で湯が沸いたり、尋常ではない加速度で巨大ニワトリの脚をぶった切ったりと人とは思えない事をする。気配だけで言えば”物”だ。置物。
    逡巡した表情を見せた後、師走は話した。
    「僕は物質その物を司っている存在、ですね。」
    それだけです、と〆た。それだけってレベルの存在ではない。この世では神仏悪魔以上に希少な存在の”司”。司(し)は実際はなんて呼べばいいかわからない。が、とりあえず居るので認知される存在。基本祀られもせず、崇拝もされない。所によっては他の神仏や悪魔のように祀られたり崇拝されたりもするらしいが、それは別の話。

    司によって持っている力は異なり、人間の認知が変わればいつの間にか消えている存在。神仏にも似た存在だが発生根源がちがうとかなんとか色々な噂が存在する。要は名前の付けられなかった怪異以外のレア怪異、とワタシは認識している。定義が曖昧だ。
    そして、理由は知らないが神仏同様カシバには入れない。
    「成程。司はカシバに入れないっていう噂は本当だったんだな。」
    それでニワトリを追いかけるように指示してきたのだと理解した。
    「そっちはあのニワトリについて知ってるのか?」
    今のところ一番気になっている話題に切り替えた。あのニワトリはワタシ的にも放っておいていいような存在には思えない。しかし、師走は首を横に振った。
    「残念ながら、この家でもあれを知る者は居ないらしいです。この家は代々お上からの指示で怪異を葬ることを生業にしていて、過去の怪異の情報とある程度照らし合わせましたが、」
    「ちょっとまて、お上?」
    言葉をさえぎって声をあげてしまった。某財団みたいな。とは言っていたが国とつながっているとは思っていなかった。まぁ、怪異を葬るというフレーズにはちょっとぞっとするところもあるが目の前に定義されない司という怪異が存在できているのだから何とかなるだろう。
    「先程の青服の救助隊や、現実改変装置。僕自身も本来は防衛省のモノなんです。とは言え表向き怪異を所有しているなんて言えませんから、方々の家や組織に預けているものがほとんどです。」

    司はレアだ。それに”物理的なもの”という漠然とした広い意味でなら、利用価値は十二分にある。

    「うーん、ちょっと事態がややこしいなぁ。というか、師走。あんた一人がいれば全部事足りるような気がするんだが?」
    定義があいまいなのは強力な武器になる。怪異ですら物理現象ととらえれば、次あのニワトリが出てきたときが最後だ。確実に致命傷を与えられるだろう。

    「その、僕はいわゆる霊感がないんです。」
    忘れていた。師走はカシバか結界に逃げかけていたニワトリに切りかかって、すり抜けたのだ。
    「霊感のない僕が見える、触れるレベルで存在できてあの巨体。何をしたかったのかわかりませんが、確実にお上からは調査命令が来るだろうと踏んでいます。」

    「そのことだが。」
    リビングに入ってきたのはマキと親父さんだった。親父さんは師走の話に続けてこういった。
    「マキと師走は新宿に戻って新宿駅近辺の調査をしてもらう。」
    「ふぅぁっ、実家でしばらくのんびりしようと」
    親父さんがマキをにらみつけると、燃え尽きた感じのマキは目をそらし口をつぐんだ。一体なにがあったし。
    「カシバでの調査をサツキさんに協力していただきたいんです。カシバは生きている生き物が入れば壊れ、僕は入れません。」
    師走は立ち上がるとワタシに正面から頭を下げて訴えてきた。

    「新宿駅に近ければ、住むの新宿じゃなくてもいいわよね?」
    「マキ、それ以上は新宿区から出れなくされますよ」

    師走は頭を下げたまま突っ込みを入れた。




    「くぅ、とんぼ返りとは」
    先程乗ってきたレンタカーに乗り込むと3人で新宿に戻ることになった。

    「君のように籠囲家に協力を依頼した怪異はそれなり居た。だが、誰一人戻ってくる者も覚えている者も居なかった。そういう意味で、マキや師走のお願いは君の好きにしてくれて構わない。」
    「あぁ、もとよりそうさせてもらうよ」

    マキの親父さんとはそういう軽い感じで、今回のお願いは引き受けることにした。
    「何かまともにお礼ができればよかったのですが、こちらからのお願いばかりで重ねて申し訳ないです。」隣に座る師走はそう謝ってきた。
    レンタカーは先程上ってきた山道を下っていく。さすがに暗い、最近は埼玉と東京に居座っていたせいかそう感じる。
    「まぁそう、言うな。こっちは好き勝手に生きてる身だ。今は人間の世、このぐらつき合ってないと暇で消滅しそうだよ。」
    「ふぅん?サツキさんにとっては人助け、ってそういう感じで受けるのが趣味なの?」
    バックミラー越しにマキがこちらを見ながら訪ねてきた。どことなく楽しそうだった。
    「気まぐれだよ。うじうじしてる奴は助けてやろうとは思わないが、今回のニワトリは正直放っておくには気持悪い。」

    頭から胸ほどあたりまで大量の眼球をぶら下げたニワトリ、ビジュアル的にもだが何をしに新宿駅に現れたのか。ワタシや師走がいなければどうなっていたのかもわからない。

    「分析班によると呪いの類ではないか、とのことでしたね。共食いの件もありますし。」
    ボールヒヨコの共食い、あれは見ていて気持ちが悪かった。食べているならまだわかる、だがあれはそうではなくお互いに血肉を散らして混ぜているような呪いめいたものをやはり感じた。元生き物であるワタシからしたら、そういうのは虫唾が走る。

    「まぁ、とは言え。ワタシもアルバイトがあるからな。付き合うなら昼間だ、シフト表は後で送っておくよ」
    「バイトしてるの?」
    マキが驚くとレンタカーが少し振れた。気を付けてくれ。
    「あー、ちょっと訳アリで金はちょいちょい稼いでるんだ」

    そんなことを話しているといつの間にか首都高にきていた。どうやら、帰りも呪術で短縮してきた様だ。返却所に車を返し新宿駅、ニワトリが現れた側の改札前に立つ。相変わらず何もなかったかのように人は行き来しており、SNSでも電車遅延は線路上の異物で遅延。というニュースに置き換わっていた。規模が小さくなりすぎてて、これは少し怖い。

    「やりたく無くなったら、メールや電話で伝えてくれればいいからね」
    ちょっと悟られたか、マキには諭された。
    昔から人間のいざこざに付き合って走り回ってきたが、籠囲家は規模が違う気がして少し戸惑いを感じた。だが、ニワトリを放置する気にもならない。

    「おぅ」
    そう笑って返し、ワタシは帰路に就いた。






    「あれ?……あ、駄目だわ」
    だが終電に間に合わないことがわかり、タクシー代をつけてもらうことにした。
    埼玉県までとなるとそれなりにかかるだろう、歩いて帰れそうな距離までにしてもらおう。そういえばワタシはなんで新宿に来てたんだっけ?
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works