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    hecoloveChris

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    至咲webオンリー『至貴のさくらを愛する人へ 秋』開催記念 更新

    12幕第50話、その後***

    靴底が踏み締めるのは、バルコニーと少し迷って玄関前を数歩離れた地面にした。

    「……今回の功労者様が、一人っきりでこんなところで、何してんの?」

    始めは学生組の騒がしさを宥めていたはずの大人たちも、程々にお酒が入る頃。
    寮の談話室からは、千秋楽の幕が無事に下りたことを祝う賑やかな声が、此処まで聞こえてくるほどだったから、まさか扉が開くとは思ってもいなかった。

    「至さん、……どうしたんですか?」
    「どーしたも、こーしたも、……咲也こそ」

    何か用事があって、宴を中座して探しに来てくれたのだとしたら直ぐにでも戻らなければならないのだろうけれど。
    寮の敷地まで後一歩の手前、公道に立ち尽くしたままの足が動き出すより前に、会話に不自由のない距離だけ近付いてくれたから、俺のスニーカーはぴたりと立ち止まったまま。

    「あ、先に聞いておくね」
    「はい?」
    「……今、干渉されたくないカンジ?」
    「や、えっと……」

    そう聞かれると、返答に困ってしまう。
    至さんが傍に居てくれることを、厭うわけではないけれど。

    「聞き方変えよっか。傍に行っても良いですか、功労者様?」
    「功労者って……舞台の成功は、皆の努力があったからですよ。勿論、至さんも含めて」

    どうぞ、の言葉の代わりに少しだけ肩を竦めて見せる。
    傍と言うには充分近くに居たけれど、手を伸ばせば届く距離が、今の至さんの求めるもののような気がした。

    「でも、咲也の頑張りが無ければ舞台は成立しなかったし。……なにより」

    至さんは隣に並ぶと、くるりと向きを変えて俺と同じ方向を見る。
    視線の先には寮の扉があって、もう少し見上げれば明かりの灯る満開寮を視界いっぱいに映すことが出来た。

    「咲也が居なかったら、今日この日だって迎えられていなかった。……でしょ?」

    するりと片手が至さんの手に掴まれる。
    お酒の飲めるメンバーは東さんが「皆と飲むために」って沢山用意してくれていたのを楽しそうに開けては空けていたから、至さんの手が冷たく感じるのは氷の入ったグラスを持っていたからかもしれない。

    「俺だけじゃ、駄目でした。……初代の皆さんが居て、今の皆が居て、だから今こうして俺も此処に居られるんです」

    俺一人、一人きりの初舞台は、観客は二人だけで、演技と言うにも役者を名乗るにも、お粗末すぎて。
    あの時はあの時で一生懸命だったけれど、左京さんの言う通りだったと今になって思い返しても、厳しい言葉は深く心に刻み込まれている。
    そうして、一つ一つを、一歩一歩を、いや半歩ずつかもしれない毎日を繰り返して、今日を迎えることが出来た。
    此処はゴールではないけれど、受け継いだ種を芽吹かせ、俺たち皆で花開かせたと言う実感は、確かに在った。

    「至さん、だから」

    まるで感謝を伝える言葉を探すみたいなこと、しなくたって良いんですよ。
    そう、伝えようと至さんへと振り返って。

    「でも、俺が今此処にいるのは皆と、そして何より咲也のお陰だから。……ありがとう、言わせて欲しいな」

    それを言うなら、至さんだって居てくれなければ今日の公演は成立しないし、俺からもありがとうを伝えさせて欲しいのだけれど。
    受け取るだけで良いと、同じように振り向いて見詰めてくれる至さんの表情が教えてくれるから。

    「……はい」
    「ん、ありがと」

    ふわりと、微笑んでくれる至さんにつられて、口の端が緩んだ。
    初舞台に続いて思い出したのは、春組の第一回公演。
    俺が、俺たちが引き止めなければ、至さんは舞台を作り上げる楽しさを、舞台の上での高揚感を、知らないままで居たのかもしれない。
    もしかしたら、満開カンパニーの門を叩いたのと同じ理由で、満開カンパニー以外のどこかで、舞台に関わる可能性がゼロだったとは言い切れないけれど、あの時の春組皆の家族のエチュードは、至さんが満開カンパニーの舞台に乗る、理由になった。
    あんなにも賑やかな家族なんて、知りもしなかった俺が、よく出来たものだと今更に思う。

    「咲也?」

    無意識に、至さんの手を少しだけ強く握ってしまったらしい。
    慌てて緩めようとすれば、同じだけ、いや同じよりも少し強く至さんに握り返される。

    「……ねぇ、咲也。さっきの質問」

    繋いだままで良いんだと、至さんの体温が教えてくれた。

    「どうしたの、こんなところで。……もしかして、酔い覚まし?」
    「……飲んでないですよ」

    お酒を飲んでいないことくらい、至さんは知っていて。
    もし俺が肯定するなら、否定をしないでくれるだろう。
    答えたくないなら、答えなくて良いと、逃げ道を残してくれている。
    けれど、大切な仲間に、家族に、隠し事も嘘も必要無いから、思ったままを口に出した。

    「満開劇場の舞台に立って、公演が出来て嬉しいって思うのと同じくらい、満開寮に帰って来られて、……こうして衣装を脱いだ後も至さんの隣に居られて、嬉しいなって実感してたんです」
    「……咲也」

    学生服を着ている間は、学校に行けば友達に会えたし、バイトの制服を着ている間はバイト仲間とお喋りだって楽しんだ。
    けれど「学生」や「バイトクルー」である時間が終わって、ただの佐久間咲也になった途端に、俺の世界に俺の居場所は、俺が帰りたいと思う場所は、両親を失ってから親戚の「家族」の家を転々とする日々に、何処にも見付けることが出来なくて。
    寂しい、と一言で言い切るには言葉が足りないような、喪失感と呼べるような確固とした「失ったもの」の形を、そもそも知らないのに、と一人きりで抱える冷たい感情を「演劇がやりたい」と希望を持つことで心の奥底に押し込めて、笑顔の演技の練習をしていたのに。
    劇団に入ってからは、毎日色んなことがあって、過去を思い出す暇なんて無いぐらい目まぐるしく、騒がしくて、賑やかで。

    「今回のごたごたで満開寮を出ることになって、……すっかり忘れてたんです、それまで」

    引っ越しは、当たり前。
    一人でいることは、当たり前。
    同じ屋根の下に「居させて貰っているだけの」俺に、家族はいない。

    「満開寮での毎日が、当たり前じゃないってこと」

    また少し、至さんの手を強く握る。
    握り返してくれるかなって期待は、指先の力が緩くなるから、不思議に思いながらも習うと、指を絡めて、それから、手の平がぴったりとくっつくように握り直してくれた。

    「忘れるくらい、此処での賑やかさが俺の日常の当たり前になって、それで……」

    言葉が胸に詰まったわけではなく、どう、声に出したら良いかを、ちょこっとだけ迷うと、至さんが続きを促してくれた。
    どんな言葉だって、ちゃんと聞いているよ、って伝えてくれるみたいに優しい声で。

    「それで?」
    「えっと、それで……わっ!?」

    見上げていた、満開寮。
    ただいまとおかえりを言い合える場所。
    全力で演劇に打ち込むことの出来る、俺の居場所。
    演劇をする場所が、帰るための居場所が、無くなってしまうかもしれないと言う危惧を覚えた今回の公演、けれど初代の皆さんの今の姿を見て、もし一度失われることがあったとしても、俺の幼い頃の家族の記憶が俺の中に残っているように「過去まで」が消えてしまうことなんて無いのだと、過去を重ねて培った「今」から繋がる先の未来は、誰にも解らないからこそ、不安と期待と、それから可能性が沢山詰まっているんだと言うこと。

    「シトロンさんっ、今は絶対駄目なタイミングだって!」
    「オー……ツヅル煩いネ、今はマスミが押したヨ」
    「……俺じゃない」
    「で、見付かっちゃったけど、どうするの?」

    やぁ茅ヶ崎良い夜だね、なんて言いながら千景さんが、正に「扉の隙間から並んで伺って見ていたところ、バランスを崩して倒れ込みながら出て来てくれた」と言わんばかりの三人を、長い脚でひょぃと跨いで出て来てくれる。

    「いや春組隠蔽値低すぎワロかつ綴救出しないの草」
    「若い子たちは元気だね」

    真澄くんがシトロンさんを押したかどうかは定かでなく、扉に凭れ直して一人で立つ真澄くんの足元に、綴くんを下敷きにしたシトロンさんが、寝転んだまま何故か双眼鏡をこっちに向けてくれている。
    肉眼で問題無く見える距離だけど、何かしらシトロンさんなりの理由があるんだろう。

    「茅ヶ崎、俺が本気を出したら朝まで気配すら掴ませないからな?」
    「登場早々厨二捗る台詞が嘘じゃないの怖ぁ……」
    「……それ、良いの?」
    「えっ、あっ!」

    千景さんの丸いレンズの奥の瞳が示してくれるのは、二人が繋いだままの片手。
    言われるまで気が付かなくて、慌てて至さんの手を解こうとするけれど。

    「良いんですぅ~……先輩、羨ましい?」
    「嗚呼、全くにもって羨ましいし、茅ケ崎に独り占めさせる気も無いな」
    「ち、千景さん?」

    至さんと繋いだではそのままに、逆の手を千景さんに握られて。
    優しく微笑んで見下ろしてくれる視線は「家族」なら普通なのだと、教えてくれた。
    千景さんも俺と同じく、此処で家族を見付けることが出来た、一人だ。

    「戻って来ないから、心配したよ。……その格好だと、寒くないかな」
    「だ、大丈夫です」
    「んー……でも、俺と同じくらいになって来てるし、そろそろ戻ろっか」

    いつの間にか、手の平から伝わる至さんの体温は俺の体温にすっかり馴染んでいた。

    「ほら、じゃぁ咲也」
    「待って先輩。それ、俺に言わせて下さいよ」

    寮へと向かって手を引いてくれようとする千景さんを制した至さんが、一歩、俺と並んでいた位置から寮の敷地へと足を踏み入れる。
    そうだ、此処から先の、この一歩を踏み入れる場所は。

    「帰ろ、咲也。……俺たちの寮に」
    「っ……はい!」

    ただいまと、おかえりを俺が言えて、俺が言って貰える、居場所。

    「……宇宙人捕獲」
    「七十年位前だろ、真澄よく知ってたな。ってか、そこまで身長差無いぞ」
    「宇宙人~? どこネーワタシも会いたいヨー?」

    至さんと千景さんに連れられながら、真澄くんと綴くんとシトロンさんの待つ寮の扉へと向かう。

    「あ、ねぇ咲也」
    「至さん?」
    「一人で、寮を眺めてたのって……帰って来たなーって実感タイム満喫してた?」
    「……そんな、ところです」

    寮の玄関まで戻れば「イタルとチカゲばっかりズルいネ!」とシトロンさんが飛び付いてきてくれて、勢いに負けそうになると至さんと千景さんが支えてくれつつ、綴くんがシトロンさんを俺からはがそうとする様に、真澄くんが溜息を吐いて。
    そんなことをしていれば、談話室から「春組は何をやっているんだ」って皆が出て来て。

    賑やかで、煩いくらいの温かい日常が当たり前に在る実感を、何度だって覚えさせてくれるんだ。

    ***

    ちょっと至咲っぽさ薄めでスミマセ咲也くんに幸あれ!
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