どこが好きだ?***
嫌われるよりは、良いだろうが。
談話室や稽古場での稽古中だとか、人目があるところでは今まで通りの距離感と、今まで通りのやりとりで、今まで通りの関係に見えるように。
別に、兵頭と付き合い始めたことを、どうしても周りに隠したいわけじゃねぇけど、まだ付き合い始めて日の浅い今の間は「折を見て」ということにしての、二人だけの秘密だった。
恋人同士、って形容されないライバルの間柄で居る間を、居心地悪く思っていなかったせいもあるだろう。
犬猿の仲なんて呼ばれはしたけれど、コイツが居たからこそ、今の俺があるし、こっから先の未来だって、コイツが居るから、役者としても成長して行こうってカンフル剤になるわけだし。
「…何だ。」
「いーや、べっつにぃ。」
昔付き合ってた女とは違って、べたべたしたりとかはねぇけど。
二人の自室では、前と違って何となく物理的な距離が近くなった。
今もこうして、共用スペースのローテーブルで、携帯電話をいじってる俺の正面に座った兵頭が、発売前にチェックして楽しみにしていた新作だとか言う、コンビニスイーツを食ってるし。
「…一口欲しいなら、…やるぞ。」
「要らねぇって。…つーか、そんな悩んで聞くくらいなら初めから聞くなよ。」
好物の甘いもんを、薄っぺらいスプーンに一口差し出すだけで、断腸の思いかってくらいに、元から人相が良いとは言えない顔を、しかめっ面にしてくるから、呆れた笑いも漏れるってもんだろ。
嗚呼それでも、付き合う前は「何見てんだ、やらねぇぞ」だったのが、随分変わったものだと、緩んだ口の端が更にやに下がりそうだと、頬杖で隠しつつ。
断られて安心したのか、眉間の皺を緩めた兵頭を眺めてみる。
兵頭のことを知らねぇ奴らは、顔が怖ぇだとか言って勝手にビビってたらしいけど、プライベートはこんなもんだぞ、と鼻で笑ってやりたくなる。
「…ご馳走様でした。」
デケェ手が小せぇスプーンをちまちま動かして、見掛けはヤンキーでも育ちは真っ直ぐって解る、食後の挨拶を空の容器に向けて両手合わせたりなんかして。
多分だけれど、コイツのこういうところも気に入ってんだろうなって考えが、ふと「じゃぁ兵頭は?」と思ったままを口にさせた。
「なぁお前、俺のどこが好きなの?」
「どこ…って、…顔?」
ちょっと悩んだかと思えば、あっさり言ってのけられた疑問符に、腹が立った。
「はぁ?顔だぁ?」
「なら、身体も。」
ふざけんな、外見だけじゃねぇかと憤るままに、オマケのように付けられた「身体」って言葉には本気でぶん殴ろうかと思った。
音を立てて立ち上がれば、なんで俺が怒っているのか、ちっとも理解が追い付いてねぇって顔の兵頭が見上げてくるから、俺だってお前の見てくれを嫌ってるわけじゃねぇけど、と言いそうになって、ぐっと言葉を飲み込んだ。
具体的に、何を気に入って、どう褒めて貰いたかった、って希望があったわけじゃねぇけど、顔と身体って並べられたら、中身なんてどうでも良いのかと思わされる。
俺が、似合わねぇからって甘いもんが好きなことを隠してんのを可愛いと思っても、兵頭は俺に対して、そんな感情を持たねぇんだったら、俺ばっかりが惚れてるみたいで、何か、凄ぇ、嫌だ。
「おい、摂津…!?」
兵頭の顔を見ているのが嫌で、同じ空間に居るのが惨めで、部屋の扉へと一直線に向かえば、慌てた兵頭の声が追い掛けてくるが、そんなのは無視だ。
嫌われるよりは、良いだろうが。
そう思って、納得するには、今の俺には時間が必要だからと扉を開けるためにと伸ばした腕ごと、背後から伸びてきた兵頭の両腕に抱き留められた。
そういや、瞬発力とか悪くねぇんだよな、コイツ。
俺の方は、冷静になろうとする頭をぐちゃぐちゃした感情が邪魔して、動作が遅くなってたんだろう。
「っ…放せよ。」
「なんで急に出て行こうとすんだよ。」
困惑した兵頭の声が耳元から聞える。
女を抱き締めていたときとは違って、兵頭って男と付き合うと、顔の高さがほぼ一緒だからこんなにも声が近いのかって初めて知った。
いや、メンチ切り合う時に知ってたはずだな。
知らなかったのは、この近さで聞く怒鳴り声じゃない、コイツの声だ。
「お前に関係ねぇだろ。」
「ねぇわけ、ねぇだろ…なんだ、もっとパーツ別にってことか?」
もう一つ知らねぇ事実が浮上した。
恋人に「どこが好きか」って尋ねた返答が、兵頭の中の常識だとパーツ別になる場合があるってことだ。
知らねぇよ、何だよパーツ別って。
「あー…手、いや拳?摂津の拳はキレもあるし悪くねぇと思う。後は、足…だな。俺より軽い分、体重乗せられる蹴りの方が威力あるだろ。稽古で柔軟運動するから、関節の動きも良くなって…おい、摂津?」
「ぶふっ…くくっ…ははっ、てめ…パーツって…!」
この馬鹿、俺の「どこ」が好きかって聞かれたから、馬鹿真面目に部位で答えやがったのか。
恋人からの質問への返答としちゃ、赤点も良いとこだが、兵頭だから及第点ってことにしてやろう。
「…何がおかしいんだよ。」
「くはっ、ふははっ…てめぇの馬鹿さ加減に決まってんだろ、馬ー鹿。」
一頻り笑ってやるけれど、腹筋に響く大笑いには自嘲もたっぷり含んでおいた。
その辺の女じゃなくて、兵頭と付き合うことになったんだ。
このくらいのことは笑ってやるのが正解だったなと、勝手にショックを受けた自分を、笑うしか無い。
今この瞬間にも、兵頭にはミリも伝わってねぇんだから。
「摂津…喧嘩売ってんのか。」
「馬鹿相手は笑いでもしねぇとやってらんねぇんだよ。」
馬鹿だと笑われたことを、理由も分からず怒ったらしい兵頭と、口喧嘩から手が出て、聞こえたらしい太一が左京さんを呼んでくるまで、兵頭が気に入っているらしい顔を付き合わせて、兵頭が気に入っているらしい拳と蹴りで、応戦してやって。
寮で騒いだ罰として、臣の飯の支度を手伝いながら思うのは、次に尋ねるときは「どこ」ではなく「どういうところ」が好きかと、言葉を選んでやろうってことだ。
どうせこの馬鹿は、馬鹿正直に、素直な気持ちをストレートな言葉にしてくれるんだろう。
***
A3Webオンリー開催おめでとう御座います