クリスマスの恋人たち***
この年になって、今更誕生日も何も無ぇが。
そもそも、前祝いだってハロウィンが終わったタイミングで良い酒と随分手を掛けた飯を用意されてんだ。
今日だって、日付が変わったと同時に携帯電話がメッセージアプリに善からの通知をくれている。
「はーぁ、…って、何度目だ。」
独り言も、出ちまうもんだ。
我ながら何度目になるのか解らない溜息に、鏡前でのマチネ公演前の準備時間、気がかりなことでもあったかと、化粧係が首を傾げてくれるし。
地方公演に楽屋の少ない劇場だったからと、いつもなら座長部屋だけは別に取るが、他の連中に狭い思いをさせてまでと弟と数人を引き取った楽屋で、隣席の弟が疑問符をくれる。
「や、何でもねぇ。…気にさせたな、悪ぃ。」
本番前に座長が浮かない顔をするわけには行かないだろう。
それも、公演に関係の無い私的なことで。
更に言えば、誕生日当日に恋人に会えないだとか、色ボケた理由でだ。
「…んだよ、その顔。何でもねぇって言ったろ。」
どこか心配そうな視線をくれるスタッフとは別に、昔馴染みとの再会がどんな経緯を辿って今の関係に至るのか、口にしたことは無いが何となく気付いているのだろう弟だけは、どこかニヤついたいけ好かない顔を向けてくる。
嗚呼そうだよ、お前が思っている通りの理由が溜息の原因だっての。これも言ってはやらねぇが。
仕事は互いに客商売、それも向こうは飲食業。
仏教徒が多いはずのこの国に、謂われはどうだか知らねぇがすっかり定着している師走の馬鹿騒ぎは、ありがたいのか稼ぎ時で。
こうも寒ぃ中、劇場まで足を運んでくれるのは嬉しい限りだし、アイツだって季節にぴったりな演目とメニューで客をもてなす時間を楽しみにだってしているだろう。
そもそも、一年前は俺だって「クリスマス」の五文字にかこつけて高い酒を気兼ねなく飲める良い日だと笑っていたのだ。
今年も変わらずそのつもりで居たというのに、あの男、善と来たら。
「…当日に、祝ってやれなくてすまない。」
阿呆ほど整った男前を、言葉通りにしょぼくれさせて、こっちは地方公演、あっちはクリスマスイベントショー。
忙しさはお互い様だってのに、まるぜ世界中の不幸全部背負ったみてぇな声で謝ってくれるもんだから。
「気にしてねぇよ。…二十七日、空けといてくれんだろ。」
世間的には、週明けの平日。
一座としては週末のマチネとソワレの二公演続き明けだからと休演日。
飲食業はクリスマス休暇とでも言える忙しい週末が過ぎての、年末営業に切り替えるための一日だろう。
休養日と呼ぶべき日をどう過ごすか。
俺の一日をくれてやるから、お前の一日も寄越せ、と口を滑らせてしまったと気付いたのは、さっきまでの表情は演技だったらしいと思わせてくれる、楽しげな笑みが目の前に差し出されてからのことで。
「嗚呼、お前のために空けておこう。…リクエストには応えてやらないとな。」
「別にそんなんじゃねぇし。…止めろ、その馬鹿みてぇにニヤついた顔。」
流されたとは言えこの年になって、今更誕生日も何も無いと、善に言った口で「遅れても良いから祝え」とリクエストをしてしまった気恥ずかしさ。
何かと世話焼きな男が、求められて喜ぶさまは、誰でも無く相手が俺だからだと言うことを常日頃から実感させられていれば、墓穴の深さに頬が熱を持った。
思い出すだけで、また溜息が出ると俯き掛ければ隣からの熱視線。
あの時の善に勝るとも劣らない、楽しそうな顔を向けてくる意地の悪い身内を睨んで、口を開き直してやる。
「何度も言わせんな、何でもねぇって言ったろ!」
つい、でもなく荒げた声に、一座の若ぇ連中ならビビって逃げるだろうが慣れた身内。
一言「顔」と言葉ながらに鏡を指さされ、言われるまま正面へと向き直れば。
しまりのねぇ赤い顔が映っていて。
「…はーぁ。…白粉多めに叩いて貰うかぁ。」
年に一度のクリスマスを楽しみするどころか、そのクリスマスとやらが終わるのを楽しみにしている馬鹿な男に、自嘲をくれてやるしかなかった。
***
ハピバ柊さんメリクリ!