桜の下の待ち人「此方に居たんですね、冠者様」
「お迎えにあがりましたよ」
満開の桜の木の下に佇む尋ね人を見つけて声をかける。
山は一面、桜色に覆われ正しく圧巻の景色で。
「……雪鶴、」
ゆっくりとこちらを振り向き私を視界にとらえて口を開いたのは、私が今1番に会いたかったお方。低く、落ち着いた声が私の名を呼ぶ。
「えぇ、冠者様。」
「ぬしは、何処に?」
「私ですか?…帰郷、と言うのでしょうか。」
私が生まれてすぐ奉納されたあの場所を、私が守れなかったあの場所を、故郷と呼んでも許されるのかは分からないけれど。自身の原点であるその地を訪れたのは……、今の私なら、故郷の冬を終わらせられるのではないかと思ったから。でも結局は、私の力など無くても故郷は冬を終え、既に春を迎える準備をしていた。故郷を雪崩が襲ったのはもう200年以上も前のことで、その場所はもう集落も何も無くなっていて、小さな祠と雪の下で春を待つ蕾達があるだけだった。勿論とうの昔に長すぎた冬を終え、幾度と春を迎えていることだって分かってた。それだけ、時間は経ちすぎてしまっていたから。
1937