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    42_uj

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    いたふし。
    渋谷の数年後捏造。
    付き合ってるとかじゃない虎伏のふんわり最終決戦、ご都合ハッピーエンド。

    ワンウィークドロライのお題「我儘」でツイッターに載せた文章を加筆修正しました。
    (2022年2月19日)

    さいごにひとつ「さいごにひとつ、わがままいいか」と伏黒が言う。
    「伏黒のわがまま? 貴重じゃん」と俺はいつも通りみたく応えた。
     さいご・・・ってのが最期・・だってことはたやすく理解できてしまう。
     重心を低く落としても足元はどこかおぼつかない。ああ血が足りんなってかんじだ。雲ひとつない快晴、抜けるようだった青空が、今は灰色に見える。地上にあるのは色のない瓦礫ばかりで、その上に俺たちの流した血が黒く点々と落ちている。白黒の映画のなかにいるみたいだった。
     手の内はすべて見せたって伏黒が諦めの混じった声で言ったのも、もうだいぶ前のような気がする。
     時間がいやにゆっくり流れる。
     俺たちはたぶん、絶体絶命の淵にいる。
    「お前が生きるって決めたんだってわかったとき、本当にうれしかった」と凪いだ声で伏黒は話を続ける。
    「うん」と俺は頷く。
     死んでしまうべきだとも、生きていけないとも繰り返し考えた。けど生きるって決めたのだった。
     足元の剥き出しの地面に視線を落とす。
     渋谷。
     ここが渋谷と呼ばれて人に溢れる街だったこと、みんなすっかり忘れたみたい・・・・・・になっている。あれからまだ5年も経っていない。俺が──宿儺が骨の一片すら残さず殺してしまったひとたちや、呪霊たちによる殺戮の被害者について、結局ぜんぶが有耶無耶になったままだ。自分の大切なひとについて、死んでしまったのかどこかで生きているのかわからないままのひとがたくさんいる。渋谷だけじゃない。死滅回游で各地に大きな爪痕が残された。それぞれの死者数すらはっきりしないまま、遺されたひとたちは大丈夫になろうとするしかなかった。忘れたようなふりをして、小さくはなるけど決して消えない痛みを抱えて。政治とか経済とかの俺にはわからん難しいいろいろも、今はまだ各地の傷を置き去りに、なんとか前を向き始めている。まぶしい。それでいい。人間の営みってそういうものだと思う。
     だけど俺は見ていた。とにかく宿儺が──俺の手が摘んだ命について、見ていたのだ。名前も知らない、どこの誰かもわからない、渋谷に遊びに来ていただけの、俺にはなにひとつ関係ない、永遠に失われてしまったそのひとたちのことを。だから俺はそのひとたちの最期について刻まれた唯一の媒体で、その記録をこの世から消さずにいることは俺の責任だと思った。とにかく、死んでしまうべきだとおもっても、生きていけない気持ちになっても、じぶんからは死なない。伏黒や釘崎、先輩たちと重ねたなんでもないような些細な会話のなかで、そう整理するようになった。
     そして伏黒は今、その俺の結論を覆そうとしている。
    「正直なところ、俺はもう何かを守りたいとか、そういう気持ちすらないんだ」と言う伏黒の声は吹っ切れたように明るい。「お前には生きててほしいって今でも思う。なんとか逃げ延びることもできるだろうって。俺は俺でたぶんすぐには殺されたりしない。もしかしたらもっとひたすら利用しつくされるのかもしれない。生きて利用されながら次の機会を待つことだってできるはずだ。お前たちが逃げ延びた先で、何代もかけて始末をつけたってかまわない」
    「うん」と俺はまた頷く。
     伏黒の言う通りだ。戦って始末をつけるのは俺たちでなくてもいい。というかもう勝てる見込みなんてないのだ。俺はもうすっからかんで、立っているのもやっと。いくら特注の体を持ってるってったって、宿儺を湛えていたころの呪力を持たない俺がここにいるってこと自体、俺のわがままみたいなものだった。伏黒の状況はもうちょっとマシなのかもだけど、伏黒の戦いかたは宿儺に知られすぎている。こうやってアイツが今なにも仕掛けてこないのだって、俺たちが脅威でもなんでもないからだ。お好み焼きのうえでひらひらしてる鰹節くらいに思ってることだろう。
     逃げ延びるほうの俺たちのことを思う。みんな逃げた俺たちを非難したりはしないはずだ。宿儺は宿儺できっと、いきなりめちゃくちゃしたりなんかもしない。呪いの王にとって俺たちの一生なんて些細な時間だ。俺たちは後進の育成に励んで、次の次の世代くらいで全部を終わらせる。俺たちだって前の世代からのつなぎ・・・なのだ。呪術師ってそうでしょ? 呪術師やってる以上、今ここを逃げきれたって俺たちは寿命をまっとうなんてできないだろうけど、次の代くらいの子どもたちにはそういう考えがなくなっていたらいいなとかも頭をよぎる。幸せな想像だ。想像のなかの俺たちはまた傷ついたり傷つけて苦しんだりしながら、でも生きるって結論に至り続ける。
    「だからこれは無駄なことで、もしかしたらこの先の可能性をひとつふたつ消してしまうようなことなのかもしれない」
     伏黒はそう言って俺をまっすぐ見つめた。
     まだ肝心のわがままを言われてはいない。
     でもわかる。
    「いいよ」と俺は応えた。「好きにしなよ」
    「ありがとう」と伏黒は薄く微笑んで俺との距離を詰める。俺を頭のてっぺんから足の先までゆっくり眺めて、ちょっと考えるみたいに首を傾げ、それから「口を開けろ」と指示してくる。
     俺はそれに従う。
     伏黒の手が俺の下顎にまず添えられる。それからもう片方の手の指で健康診断みたいに舌をぎゅっとされる。伏黒はしばらく、何か確かめるみたいに俺の口内を覗き込んでいた。舌を押さえていたほうの手がやがて俺の頬に触れる。俺の唾液で湿った指はひんやりしていた。
     次に伏黒は俺にキスをする。いや、たぶんキスではなくて、俺の開いたままの口に、やっぱり何かを確かめるみたいに一瞬伏黒の開いた口が重ねられた。伏黒の呼気が俺の口蓋をすこしばかりくすぐって、どちらのものかわからない濃い血の味がした。
     伏黒は俺から離れると、ぽかんとしちゃってる俺を見て、ちょっとだけ気まずそうに「なんだよ」と言った。
    「なんだよって何」と俺は場違いに笑ってしまう。「えっもしかしてわがままって、最期にひととキスをしてみたいってこと?」
     絶対に違うってことはわかってるけど。
    「んなわけねえだろ。確かめただけだ」
    「だよね。いや、でも誰ともそういうこと・・・・・・をせずに死んじゃう十八歳のわがままとしては、なかなかかわいいんじゃない」
    「は?」
    「ふふ、ごめん。俺の話かも」
    「なんだお前もかよ」
    「実はね」と俺は白状する。そういえばこんな話は伏黒としたことがなかった。「それに今の、ちょっときもちかったよ」
    「ふ。恥ずいからそういうのはいい」
    「もっと過激なのを期待しちゃうよね」
     俺は伏黒に舌を出して見せる。伏黒は表情だけでなく、くすくすと声を立てて笑ってくれた。こんなときに何をふざけてるんだってかんじだけど、こんなときだからこそだよね。
    「じゃあ続きは地獄でのお楽しみだな」と伏黒は笑顔のままで続ける。「最期にひとつ、わがままいいか」
    「いいよ、言って」
    「俺と一緒に死んでくれ」
     答えは決まっている。俺も笑顔を作る。
    「喜んで」
     ふたたび俺とゼロ距離になった伏黒が俺の背に手を回して、何か印を結ぶのがわかった。俺もなんだか手持ち無沙汰で伏黒の背を抱く。伏黒も俺も、お互いの肩に額をあずける姿勢だ。伏黒がまだ笑っているのをかんじる。足元で伏黒の影が揺れる。
     俺は器だな。
     と思う。伏黒の影が流れ込んでくるのがわかったからだ。
     俺は目を閉じる。
     注がれた影に集中する。
     そうか、伏黒が確かめていたのは、俺が宿儺の指を食べるイメージだ。呪いの王の収まっていた広大無辺なからっぽを、伏黒のイマジネーションが埋め尽くしていく。俺を利用した領域展開ってこと? わからん。難しいことはずっとわからんままだった。それにだんだん、わかるとか考えるとかいうこと自体も俺から消えていく。
     これが死?
     ならあまり怖くない、と最期に俺は思う。後悔もない。呪術師としては失格かもしれない。
     俺のなかに玉犬が来る。黒はもちろん、白もいる。あまり親しむ時間のなかった蛇の子も。これはもうほとんど思考ではなく、ただ反応として、いるのをかんじる。揺らぐ黒い水面。鵺も、蝦蟇も満象も脱兎も、みんな。そして──



         ◇



     目を開けると澄んだ青空が見えた。日が傾きかけている。散らばった細い雲がそれぞれ淵を金色に輝かせ始めている。ゆっくり上半身を起こすと、地面にはお花畑が広がっていた。精霊みたいな呪霊のことを思い出してひやっとするけど、呪いの気配は感じない。
    「天国……?」と口に出していた。
    「ふ。死んじゃいねーよ」
     声のするほうに目を向けると、俺のすぐ横に伏黒が転がっている。
    「うわっ」
    「なんだよその反応、傷つくだろ」
    「いや、俺たち生きてんの? てかどこ? もしかして合体技で宿儺に勝ったけどそのあいだに何百年とか経ってるみたいなオチ?」
    「いや」と伏黒が腕だけ持ち上げて、手首の端末を見ながら言う。「あれから3日だ」
    「3日でなんとかなったってこと?」
    「かもな」
    「かもなって」
    「ほとんど記憶がねえ。全部お前がやったんじゃないか」
    「俺ほとんどってか全然記憶ないからね⁈」
    「マジか」
    「マジ」
     俺たちは顔を見合わせて笑う。
    「なんだよそれ、ありかよ」
    「じゃあまだ終わってないかもなんか」
     と言いながら、あたりに濃く漂っていた宿儺の気配が今はないことには気づいていた。でもそれも、アイツが姿を隠しているだけかもしれない。呪力の尽きた状態の俺たちが何も感知できなくなってるだけかもと言ったのは伏黒だった。
    「とりあえず釘崎に連絡した」と伏黒はまた端末を示す。「ちょうど伊地知さんといるらしいからいろいろ調査もやってくれるだろ」
    「釘崎、なんて言ってた?」
    「めっっちゃくちゃ怒ってた。何言ってるかわかんねえよって言ったらすぐ切られた」
    「はは。たぶん泣いてるね」
    「気づいてないふりしといてやろう」
    「うん」と頷きながら俺は違和感に気づく。「そういえば俺たちもっとボロボロだったよね?」
     お互い制服はズタズタだし土ぼこりにまみれているけど、伏黒なんかもはやお肌がぴかぴかに見える。
    「ああ、お前に反転術式が残ってるのわかったから、使わせてもらった」と伏黒は事もなげに言う。「ちょっと暴走させちまって、なんかまわりが花畑みたいになったけど」
    「うわ、これも俺なんか……」
     俺はまわりに広がる花畑をあらためて見渡す。反転術式ってそういうんじゃなくない?って思うけど、でも俺に難しいことはわからんのだった。俺たちが壊した瓦礫の街が花に埋もれているのも意味のわからない、不思議な光景だ。
    「また区とか国とかと揉めるかもだが、それも伊地知さんたちがうまくやってくれるだろ」
     と伏黒がめんどうくさそうに言う。
    「伏黒、ちょっと五条先生に似てきたと思うよ」
    「うわ、やめろよ」
     俺たちが笑って体を震わせるので、すぐそばに咲いていた小さい白い花の花びらが舞う。
    「で、俺もちょっと避けちゃってたけど、伏黒もだよね?」
    「なんの話だ」
    「ふふ、わがままきけんかった。ごめんな?」
    「あー……」と伏黒はうめいて、両手で顔を隠してしまう。「そこは覚えてるのか。忘れろ、かっこつけすぎた」
    「あはは、釘崎にもきかせたかった。いまの伏黒のきいた? あれ俺に言ってんだよって」
    「勘弁してくれ……」
     と伏黒が顔を隠したままで言うので、俺はその両手を掴んで地面にやわらかく縫いとめる。これでちゃんと顔が見える。覆いかぶさるみたいな姿勢で、その緑の目を覗き込みながら言う。
    「じゃあ今度は俺がわがまま言うけど、いい?」
    「お前はわがままばっかりだな」と伏黒は俺をまぶしそうに見る。「……でもその前に、確認しておきたい」
    「何?」
    「これでやっと終われるみたいに思ったりしたか?」
     俺は何も言えない。
     イエスもノーも嘘になると思ったし、今ここで伏黒に嘘をつきたくなかった。俺がしばらく黙っているので、「悪い」と伏黒のほうが先に折れてくれる。
    「別に答えはなんでもいいんだ。お前のわがままを言え」
     伏黒の瞳がまっすぐに俺を見ている。
    「俺と一緒に生きてよ」と俺はわがままを言う。
     伏黒は一瞬だけ驚いたようなかおをして、でも想像通りの答えをくれる。
    「はは。喜んで」
     俺はうれしい。伏黒の両手を解放して、そのまま「やったー」って万歳する。伏黒は横たわったまま俺を見て目を細め、「大げさなやつだな」と口調だけは不服そうに言った。そうやって穏やかな伏黒の表情を見てるうちに、だんだん恥ずかしくなってくる。
    「でもなんか、プロポーズみたいになっちゃった」
    「それでも俺はかまわない」と伏黒は飄々としている。
    「マジで? 俺たち全然そんなんじゃなかったじゃん」
    「一緒に死ぬ約束をした仲だろ」
    「忘れろって言ったところじゃん」とついツッコミをいれる。「でもキスもしたしね」
    「それだけだけどな」
    「それだけで、全然そんなんじゃないけど、キスの続きはしたいって言ったらヤバい?」
     正直に申告しながら、俺はさっきのキスではないキスを振り返る。血の味はよけいなスパイスだったけど、唇のやわらかさだけであんなにきもちかったのだ。たとえばあのまま、唇と唇を合わせたまま、その先の粘膜を触れ合わせたらどうなっちゃうんだろう。
    「いや、俺も正直興味がある」と伏黒も何を想像したのか手で口元を隠しながら言う。
    「やだ照れる」
    「ふ。地獄までは待てないな」
    「思えばここが俺たちの地獄なわけだけど」
    「ああ、そういうのあったな」
     感傷が俺たちの肩を叩きそうな位置にいるけど、そこに浸る体力はまだない。
    「まずは迎えが来たら、なんかうまいもの食おう。一緒に」
    「そうだな」
     伏黒の手を引いても伏黒はもう体を持ち上げるのも億劫みたいで、だから俺が伏黒の横に同じように仰向けになった。空はだんだん夕暮れの色が濃くなってきている。風が吹くたびに小さな花びらが舞って、スノードームの底にでもいるみたいだった。正直まだ夢を見ているって気分だけど、たぶんもうすぐ大事なもう一人の仲間が怒りながら乗り込んでくる。
     俺たちはそれを待つ。
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