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    ichiya_0825

    @ichiya_0825

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    あした世界が終わってもいいよ 8/俳優五×戦場カメラマン夏のパロ五夏です

    あした世界が終わってもいいよ 8 五日目の朝が明けた。つまり、撮影の日程はあと丸二日というところだ。最終日は日本に戻るだけで終わってしまうだろう。そう思っていたのに、朝、夏油に声をかけたら、夏油は今日の夜には帰国するという。そんなの聞いていない。
    「え、なんで?」
    「最後までいられなくてすまないね。個展の関係でそろそろ戻らなきゃいけないんだ」
     思わず衝撃のままに聞き返せれば、それでもギリギリまでキューバにいられるように、帰国を夜にしたのだと言う。夏油はすまなそうに言うが、まぁ仕事だと言うなら仕方がない。五条だって、コレクションや撮影でも入っていればそうしただろう。だから、夏油を責めることは出来ない。でも、さすがに淋しかった。
    「夜、送って行っていい?」
    「そんなの申し訳ないよ」
    「行きたいんだよ」
     どうにか夏油を説得し、夕方から一緒に出かけて、その後、空港に送っていくことになった。夕方からは、また城塞群に行って、今度は一緒に夕焼けを見る約束をする。
     それまでは、公園や観光地を巡ることにした。これまでもいろいろ見てきたけれど、夏油と過ごせる最後の一日だと思うと、全てしっかりと目に焼き付けておかなくてはいけないと思う。
     朝食は、昨日の夕食で冷蔵庫も空になっていたので外で食べることにする。一緒に散歩でもしながら、ちょうどいい店を探すことにした。散歩の途中で、地元の子ども達が公園で野球をしているのに遭遇する。一緒に遊んでいいか近くの少年に聞くと、すぐにバットを渡してくれた。
     五条は、きっちり飛んでくるボールに合わせてバットを振る。夏油は、キューバの少年達だけではなく、それもきっちりと写真におさめていた。一応手加減してバットを振ったから、場外ホームランなんてことにはならず、ボールはぽーんと投手の少年を超えて、放物線を描いて公園の向こうに飛んでいく。すぐにそれを他の少年が追いかけていった。ボールが無事回収出来たのを確認して、近くにいた少年に礼を言ってバットを返す。夏油はその様子にさえシャッターを切っていて、カメラの下に覗く口元は楽しそうだ。こうしてカメラを扱うのが、ほんとうに好きなのだろう。
     夏油は、最後の一日を楽しんでいる。それならば、どうせならもっと楽しい一日にしたくて、軽く朝食を摂った後は、ダンスホールに行ってみることにした。行ってみたいホールがあったので、そんなところは、と遠慮する夏油を引っ張って連れて行く。
     ホールの中には、午前中だと言うのに、それなりの人数がいた。後ろの方には椅子とテーブルがあって、前の方にダンスホールがある。そこでは数人の男女が音楽に合わせて踊っていた。
     気後れする夏油に、とりあえずモヒートを貰ってきてやる。五条は相変わらずジュースだ。酒は飲めないこともないのだが、ほんの一杯で真っ赤になってふらふらになってしまうので、基本的に外では飲まないようにしていた。
    「本場のモヒート、美味しい?」
    「すっきりしていて爽やかだね」
     ごくり、と喉を鳴らして夏油がモヒートを飲む。ミントの葉っぱがグラスに浮いていて、見るからに涼しげだ。
     そうこうしていると、年配の女性が夏油の手を取った。一緒に踊ろうと言うのだ。夏油は戸惑いながらも断ることは出来なかったようでそれに応じ、ホールの前の方へ行く。最初はいくらか辿々しい足つきで踊っていたが、女性に促されるにつれ、夏油は華麗にステップを踏んで見せた。
     夏油の笑顔を見ていると、幸せになる。こんな感情を持つのは初めてだった。もっと見ていたい。もっと笑顔にしたい。そんな感情が溢れて止まらない。
     夏油のことが、好きだ。
     この感情を、どうしたらいいだろう。夏油が男相手にそういう感情を持ってくれるかわからない。でも、たとえそうではなかったとしても、この想いを諦めることは出来そうになかった。
     暴れ出しそうになるこの想いを昇華するように、五条も踊ることにした。ステップを踏むと、重苦しい胸の内がすこしは軽くなる気がする。夏油が好きだ。好きだ。好きだ。そんな想いを、ステップに押し込んでいく。五条が踊っていると、夏油と同じく年配の女性がパートナーを申し出てくれた。彼女の手を取って、またステップを踏む。
    「楽しい?」
     スペイン語で、そう問いかけられる。五条はそれに大きく頷いた。音楽もそれに応じてか、より軽快なものになる。一緒に踊ってくれた女性をエスコートしながら、ちらちらと夏油を盗み見た。
     夏油もこちらに気付くと、にこやかに笑い返してくれる。それがどうしようもなく幸せだった。
     ダンスは続く。どこまでも。
     随分と長く踊ったところで、喉が渇いたので、またジュースを貰いに行こうと考える。夏油もそうだったようで、同じようなタイミングで輪の中から抜け出してきた。
    「今度は私が奢るよ」
     そう言って、夏油はカウンターに向かう。夏油は冷えた生ビール、五条にはトロピカルジュースだ。渡されたそれをごくりとひとくち飲んで、楽しかったね、と笑い合う。
    「踊るのがこんなに楽しいなんて知らなかったよ」
    「俺も。ダンスって楽しいね」
     グラスをぶつけて乾杯しながら、感想を話し合う。ふたりを撮影しているカメラマンも、どこか楽しそうな笑顔を浮かべている。
    「これからどうするの?」
    「俺のプランでいいの?」
    「エスコートしてよ」
     そんな風に夏油は笑う。その笑顔は魅力的で、やっぱり好きだと何度も自覚する。
    「じゃあ、葉巻買いに行かない?」
    「葉巻? 悟は煙草吸うの?」
    「吸わないよ。でもせっかくキューバに来たら、試してみたいじゃん」
     夏油も普段煙草は吸わないようだ。でも吸えないわけではないようで、じゃあ行ってみようかということになる。目指すはパルタガス葉巻工場だ。キャピトリオの裏手、チャイナタウン寄りにある工場で、シガーバーも併設されているとガイドブックには書いてあった。今いる場所からもすこし歩くが、歩けない距離ではなさそうだ。ふたりとも歩くのは嫌いではなかったので、お喋りを楽しみながら、工場へ向かうことにした。
    「ここだ」
     外見はマンション風で、中に工場があるとはとても思えなかったが、入ってみると中にはショップとシガーバーがあった。工場は前の場所からの移転に伴って見学出来なくなったということだが、奥では今でも職人が手作業で葉巻を作っているらしい。
     シガーバーとショップ、どちらにしようか悩んだが、夏油がアパートでゆっくり吸おうと言うので、ショップの方に足を向けた。シガーバーでコーヒーと一緒に楽しむのも良かったかもしれないが、夏油と二人きりで秘密にも似た時間を過ごせるというのは恐ろしく魅力的だった。アパートにはベランダもあるし、そこでゆっくり吸うのがいいだろう。
     そんなにたくさんはいらないので、一本から買えるものの中からふたりで数本選び、購入する。クレジットカードは使えなかったので、現金で支払った。
     合法的に葉巻を買っただけなのに、なんだか悪いことをしているような気がして、ふたりで目を見合わせて笑う。未成年でもないのだから、何も咎められることはないのだが、煙草や葉巻というのはやはりどこか背徳感がある。
     ふたりでアパートに戻り、香り高いコーヒーを淹れると、一緒にベランダに出る。葉巻と一緒に買ったシガーカッターで葉巻を切り、火をつけた。
     葉巻は煙草とは違い、肺の中に深く吸い込むものではない。口の中でその香りの広がりと味を楽しむものだと店の人間は言っていた。
    「……どう?」
    「感慨深いね。キューバの歴史を吸っている気がする」
    「ほんとだね」
     そこにあったのは、穏やかな時間だった。互いの言葉は多くない。ふたりで葉巻を吹かす吐息、道路を車が走っていく音、そんなものが静かなベランダに満ちていく。
     夏油と過ごせる時間は、もう長くない。でも、日本に帰ったらまた会いに行きたい。夏油は自分で言った言葉を違えるとは思えないから、たぶんちゃんと個展に招待してくれるだろう。でも、それだけじゃ駄目だ。それ以上が欲しい。ずっと、傍にいたい。
    「そろそろお昼だね。お昼を食べて、夕陽を見に行こうか」
    「うん」
     昼食は、ちょっと奮発して夏油が行ってみたいというビュッフェに行くことにした。どうやらそこはキューバでは有名な店らしい。夏油は、年齢の割にはよく食べると思う。五条は体型をキープするために小食に見えるようだが、そんなことはなかった。ふたりとも皿に山盛りになるような料理を盛って、テーブルに着く。
    「美味しい!」
     目玉料理であるレチョンと呼ばれる豚の丸焼きを一囓りして、舌鼓を打った。夏油も同じ料理を食べていて、同じように感動している。炭火で焼き上げているようで、香りも抜群だ。他にもフルーツや野菜がふんだんに用意されているのも有り難い。旅行中はどうしても野菜が不足しがちになるので、ここぞとばかりに野菜を食べた。
     食べ終わったら公園ですこし休憩して、旧市街を散歩する。お土産を買ったり、店を冷やかしたりしていると夕方が近付いたので、またタクシーで城塞群に向かった。夜とはまた違う雰囲気の城塞群で、夕焼けに染まる海や市街地を見つめる。
     確かに、こんな風景だった。どこまでも続く海と、夕焼け。かつて五条の目に焼き付いた風景と同じ物だ。もしかしたらあの写真も、このあたりから撮られたのかもしれない。
    「……綺麗だ」
     感嘆したように、夏油が呟く。五条は、夕陽よりそのオレンジ色の光に照らされた夏油を見ていた。夏油の方が、ずっと美しい。もうこれが見納めかと思うと、それもさらに強くなる気がした。
     ――傑の方が、綺麗だよ。
     そう言えたらいい。言ってしまいたい。でも、それで夏油との関係が途切れてしまうのも怖い。こんな恐怖は初めてだ。他の誰にも、こんな不安を抱いたことはない。
    「そろそろアパートに戻ろうか」
     空港までの移動距離を考えたら、そろそろタイムリミットだ。名残惜しいが、夏油の仕事の邪魔をしたいわけじゃない。きっとこのフライトを逃してしまったら、夏油は困ることになる。
    「送ってくよ」
    「ありがとう」
     アパートに荷物を取りに戻って、一緒のタクシーに乗る。空港で大きな荷物を預けて、並んで出発ロビーに向かった。フライトの時間は間近に迫っている。もう一緒にコーヒーを飲む時間もない。縋りたい気持ちを抑えて、五条は夏油を見送った。一度だけ夏油はこちらを振り返って、連絡するね、と言って出発ロビーに消えていった。あまりにもの悲しい別れだった。
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