花の生命をその手に握る「自分でホイミかけた方が早いんじゃないの?」
「人にやってもらったほうが痛みが早く治まる気がするんだって」
全身擦り傷だらけのポップに、マァムは丁寧に回復魔法をかけていく。最近には珍しくルーラの着地に失敗したポップは、少し照れくさそうに鼻の下を擦った。
「何となく分かる気もするわ。私も母さんにホイミかけてもらうの好きだった」
ホイミの契約に成功してからも、擦り傷切り傷を作って帰宅したマァムを母は優しく癒やしてくれたものだ。外傷をおおよそ治し、マァムはポップの表情を窺う。
「……隠してる傷は無いわね? 心臓が痛んだとか激しい咳が出たとか無い?」
「無い無い! 着地失敗したのは単なるドジだから!」
ぶんぶんと首を横に振るポップに「ならいいけど」と小さく返し、マァムは塞ぎきれていない傷が無いか改めて確認に入った。ポップの身体を優しい光が包む。見慣れた光であるはずのそれを、ポップは興味深そうに見つめていた。
「……過剰回復呪文ってどのくらい魔法力が必要なんだろうな」
「えっ⁉」
唐突な言葉にマァムは目を見開く。動揺したせいで回復魔法の光はさっと霧散した。
「いや、覚えたいわけじゃねえんだぜ? 知的好奇心って奴だよ」
慌てたようにポップは言葉を足す。「そう」と返すもマァムは複雑な表情を浮かべたままだ。
「……老師は膨大な魔法力を消費するとだけ仰ってたわ……実際どのくらい消費するものかは、私も知らないの」
「ベホイミの数倍必要なんだっけ。でもよ、全力でベホマかけても過剰回復になりそうな気はしねえんだよな。バーンだってとんでもねえ魔法力だったけど、マホイミは使えそうにはなかった」
「確かにそうね」
マァムは自分の手をじっと見つめる。手のひらにふわりとホイミの光を宿し、それをポップの胸に向けた。
「おそらく、だけど無意識の制御が働いてるんだと思うわ」
「過剰回復にならないように自分で調整してるってことか」
「そう。閃華裂光拳はインパクトの瞬間だけその制御を外すのよ」
マァムはポップの身体にぐっと手のひらを押し当てる。もしこのまま過剰回復を施したらポップの皮膚も筋肉もぼろぼろに崩れ、脈打つ心臓はあっという間に壊死してしまうだろう。マァムの意思次第で生命を奪われかねない状況にあっても、ポップは穏やかな笑みを浮かべている。
「老師からあの技を伝授されたときはね」
ポップの鼓動を手のひらで感じながら、マァムは修業時代の記憶を紡ぎ出す。
「生花……花を使って修行したの。チウが近くで摘んできてくれたものを、岩の上に置いて拳で撃つのよ。失敗なく撃てるようになってからは、山で暴れていたマンイーターや人面樹を相手に実戦訓練をしたわ」
「花か……」
閃華裂光拳は対生物専用の技だ。会得するには生命を持つものを撃たねばならない。無益な殺生を避けるためブロキーナは植物を対象に選んだ。しかし寸前まで生き生きと咲き誇っていた花を拳で「殺す」というのはマァムにとって想像以上に苦しい行いだった。
「私は、この手で触れるだけで、人を殺せる」
ポップの胸に触れたままでマァムが呟く。
「……それを言やあ、おれだって一緒さ」
ポップはそっとマァムの頬に手を添えた。そして人差し指をこめかみに当てる。
「この状態で収束ギラを撃てば一発だ。何なら相手に気づかれないくらい遠くからでも狙えるぜ」
「怖いわね」
「怖いな」
互いの生命を手の内にしたまま、二人は微笑み合う。
「マホイミ……できるようになりたい?」
マァムが静かに問う。並みの魔法使いの数倍の魔法力を持つポップであれば、その気になれば幻の呪文を完全な形で再現することも可能かもしれない。
「ん~……別にいいかなあ」
ポップはのんびりと答えた。マァムの頬に添えていた手を桃色の髪へと移動させる。優しく髪を撫でながら、ポップはマァムに向けてにこりと笑いかける。
「相手に触れなきゃ効かねえ呪文なんて、おれみたいな根っからの後衛職にゃあ不向きだしな。魔法力も大量に消費するってことだし、割りに合わねえ気がする」
「そうかもね」
ポップを根っからの後衛職と称していいのかマァムとしては疑問を感じないでもない。だがマホイミを会得するつもりはないという言葉には素直に安堵を覚えた。
「どうせ魔法力消費するなら全体回復呪文を覚えてえかな。パーティー全員の回復一気にできるんだぜ? 凄くねえか?」
「凄いわね。でも魔法を使う方に負担はかからないの?」
「使えねえから何とも言えねえけど。触れずに回復するってのはどうやるんだろうな? あらかじめ作用範囲を設定するのか……けど位置的な設定じゃ敵まで回復しかねないよな……」
ぶつぶつと呟き始めるポップを見て、マァムはくすくすと笑う。深く思考に入り込みながらも、ポップはマァムの髪を撫で続けていた。優しい手の温かさがマァムの心を柔らかくほぐしていく。
「切り花に回復呪文をかけて、長持ちさせるなんてこともできるのかしら」
「おお! どうだろうな。花の量が多けりゃ全体回復の練習になるかもしれねえ。試してみようか?」
ポップがマァムの肩に手を回した。瞬間移動の準備だ。早速花を探しに行こうと言うのだろう。マァムも素直に身を預ける。
「今度は着地失敗しないでね」
「分かってますって」
光の筋が空へ伸びる。向かう先は町の花屋か花畑か。色とりどりの花を抱える自分達を想像して、マァムは柔らかく微笑んだ。