俺はオーターさんの事が好きだ。
オーターさんも同じ気持ちで、なんやかんやで俺達は御付き合いをしている。
ただ、最近俺には悩んでいる事がある。
オーターさんが俺ではなくドットにばかり構ってやっているのだ。
俺の方がオーターさんは好きな筈なのに。
ドットの顔を見る度に俺の眉間にはシワがよる。
こいつの顔を見ただけでイライラする。
なんでこいつなんだ。俺の事が好きなんじゃ無かったのか。
このモヤモヤとした気持ちのせいで、食事も喉を通らない。
当然やる気も身体の動きも鈍くなり、俺は自室に篭って読書ばかりする日々。
明日はオーターさんとの修行の日。
待ちに待っていた筈のあの人との約束。修行はキツいが、オーターさんに会えるだけで俺は嬉しかった。
なのに、今は会いたくなかった。ドットも一緒だからだ。
サボったら怒られるだろうな。
「……はぁ」
俺は誰も居ない部屋で1人大きな溜息を吐いた。
俺はドットと違って、愛想も良くなければ態度も悪い。自覚はあった。そりゃあいつの方が可愛げがある。俺だって分かってる。
だが、オーターさんはそういう俺も含めて好きなのだと思っていた。
「違ってたのか……」
もう考えるのも嫌になり、俺はそのまま眠りについた。
翌日
重たい足を動かし、気の進まないまま俺は修行場に向かった。
朝食なんて当然入るわけも無く、正直修行なんて出来る状態じゃ無かった。
「オーターさんちわっす!今日もよろしくお願いします!」
ドットはいつもより元気にオーターさんへと挨拶をしていた。
今の俺には、こいつがどこか遠い存在に思えた。
目の前でドットがオーターさんと楽しそうに話している。
他人事の様に、俺は少し離れた場所でそれを見ていた。
俺もあんなふうに素直になれたら。
あいつが羨ましい。
「……オーターさん」
「どうしたランス」
「……」
俺は金縛りにあったかのように、その場から動くことが出来なかった。
そんな俺を見かねたのか、ドットが俺の方に向かってくる。
「なんだよランス。お前も早くこっちこいよ」
そう言ってドットが俺の腕を掴んだ瞬間、俺はこいつの腕を振り払った。
「っ、いて!何しやがるてめぇ」
ドットは俺を睨み付けてきた。
「ムカつくんだよお前。…俺に触るな」
「あ?」
ああ、ほんとに自分が嫌になる。こいつなんかに嫉妬してるんだ俺は。
こいつは俺に無いものを持っている。
きっとオーターさんも、こんな可愛げのない俺より、ドットの方が本当は好きなんだろう。
俺は一刻も早くこの場から立ち去りたくて、こいつらに背を向けた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
「っ、」
俺は立って居られなくなり、その場に膝をつく。
頭が痛い。息が苦しい。
遠くの方でドットが俺を呼ぶ声がする。
俺の意識はそこで途絶えた。
目が覚めたら、俺はベッドに寝かされていた。
左腕には点滴が打たれている。
医務室か。
俺はあの後意識を失って、ドットかオーターさんがここまで運んだんだろう。
正直もう関わりたくなかったのに、借りを作ってしまった。
「あ、ランスくん大丈夫?」
右側から声がして、そちらを向くとマッシュがシュークリームを頬張りながら声をかけてきた。
「マッシュ…」
俺は辺りを見回したが、この部屋にいるのは俺とマッシュだけだった。
「ランスくんが倒れるなんて珍しいですな。」
俺にシュークリームを差し出しながら話すマッシュに、俺は首を振った。
「……心配かけたな」
不甲斐なさすぎる。寄りにもよってドットとオーターさんの目の前で気を失うなんて。
「ドットくんが、君を運んできてしばらく看病していたんだ。」
なんだと。ドットが。
俺があんなに冷たくあしらったのに。何処までお人好しなんだあいつは。
「そうか」
「でも、ランスくんと顔を合わせるのは気まずいって言って、少し前に出ていったよ。」
だろうな。
俺も今は、気持ちの整理をしたい。
あいつの顔を見たら、また喧嘩になりそうだしな。
俺はまた溜息をつく。
「マッシュ。少し、寝る。」
俺は目を閉じてマッシュにそう言った。
「うん。僕もフィンくん達に、無事だったって伝えに行くよ」
そう言ってマッシュは部屋を出ていった。
ほんとに俺はばかだ。
これじゃ益々オーターさんに嫌われる。
きっと自分の体調もろくに管理できていないなんてって思ってる事だろう。
「何も…上手く、いかないな……」
俺はそのまままた眠りについた。
額に冷たいものが置かれる感覚がして、俺は目を覚ました。
「……冷たい」
俺の額には誰かの手が置かれていた。
ベッドサイドの椅子を見ると、そこに居たのはオーターさんだった。
「嫌だったか」
そう言って手を引っ込め額から離された。
嫌な訳無いのに。
なんでここに居るんだろう。ドットは一緒じゃないのか。俺なんかのために自分の時間を使ってくれるなんて。
嬉しさと、罪悪感で俺の頭はぐるぐると思考している。
読まれていた本を閉じ、オーターさんは俺の頬に触れた。
「何か悩み事か」
そう言って頬を撫でられる。
「……オーターさんは、俺の事…好きなのか」
つい口が滑った。心の中の声が口から出てしまった。
オーターさんは驚いたのか、撫でていた手の動きがとまる。
口に出してしまったのだ、この際俺の思っていた事を全て話してしまおう。
このモヤモヤとした気持ちのまま、俺はこの人と別れるなんて嫌だったから。
「最近ドットと親しくしているだろう。それで、俺よりあいつの方がオーターさんは好きなんじゃないかって……思っ、て……っ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
俺はオーターさんが好きで、オーターさんも同じ気持ちで付き合いを始めたはずなのに、いつの間にか他のやつに取られてしまうなんて。
悔しいけど、どこか納得している自分もいる。
俺の目からは涙が流れ落ちていた。
だからせめて、この人の口からちゃんと聞いて、俺の気持ちも終わりにしたいと思った。
オーターさんは俺の涙を拭って、目尻にキスをした。
「そうだったのか。……私はドットも好いている。」
だろうな。俺の涙は止まることを忘れ、流れ落ちていく。
「だが」
オーターさんは俺の頬に手を添え、キスをしてきた。
「っ、あ…え?」
「私がこうして触れたいと思うのは、お前だけだランス。」
真っ直ぐに俺を見つめるオーターさんの瞳に、嘘なんて無かった。
「お前が望むなら、私はお前以外の全てを捨ててやる。だが、それはお前の望む事では無いだろう。」
そうだ。俺だって、アンナやマッシュ達の事を好きだと思っている。その気持ちを全部捨てて、この人だけを見て生きるなんて、それは強欲だ。
この人も同じなんだ。なのに俺は、勝手にこの人の全てを貰おうとして…なんて愚かなんだろうか。
「…ごめん、なさい」
俺を優しく撫でるオーターさんの顔は、いつもより柔らかい表情をしていた。
「私も言葉が足りなかったようだ。下心を持って触れているのは、お前だけだとハッキリ言っておくべきだったな」
そう言ってオーターさんは俺の首筋にキスを落とす。
「した、ごころ?!」
俺も、この人も、言葉が足りてなかったんだ。
俺だって、触れたいと思うのはあんただけなんだ。
触れられて嬉しいと思うのは、オーターさんだけなんだ。
「お前は違うのか…」
オーターさんは俺の首筋から顔を離し、俺を見つめている。
「…俺も、同じだ。」
今度は俺からオーターさんにキスをする。
きっとこれから先も、何度も同じ壁にぶつかるかもしれない。でも、それでも俺はこの人を信じたい。
そして俺も、この人から信じて貰えるように、ゆっくりでいい。もっとこの人の事を知りたい。
そう強く思った。
END