君の好きな人 前編『君の好きな人』
※出青(片思い、付き合わない)、出茶、三奈ちゃんの彼氏などやりたい放題、青山君もデク君も、ほとんど出ません
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ここ最近なんか、変。
事件というものは起きそうにない平日の昼過ぎ、パトロールをしたものの、実際に何も起きず、ただただ鳩を眺めるだけで終わってしまった。コンビニでぼんやりと買ったパスタサラダをランチに食べながら、その違和感を深める。違和感の原因は、向かい側で華麗にランチを食べる同僚、青山のことだ。
ここ最近の彼は何か変なのだ。上手くは言えないけれど、表情や声色がいつもと違う様な気がして。なんだか元気がないような…
またあの時の様に抱え込まないだろうかと、青山君にはつい過保護の様になってしまう面がある。しかし、何かあるならば言ってくれる信頼は作れている、と思う。なので、聞いてみるのも違う気がして、なかなか、なにかあった?の一言を言えずにいる。
ちゅるり。サラサラの金髪にさらりとしたサテンのフリルシャツでエレガントな雰囲気な彼は、これを着こなせる人はなかなかいないだろうというような服を今日も堂々と着こなしている。ちゅるちゅる。
あ、今日のシャツはボタンが星型だ。シャッキリ。
「葉隠さん」考えてじいっと見ていると、怪訝な表情で青山はこちらを呼ぶ。
「どうしたんだい?そんなに見て。」何かついているかい?と聞いてくる彼に、私は慌ててプチトマトを噛んだ。ぷしゃりと果汁?が口に広がる。
「いや、なんでもないよ!青山君のごはんいつも美味しそうだから、ついみちゃって!」
「…フーン☆」じっと見つめられて、なんだか気まずい。嘘は言っていない。実際に青山君のランチはいつも美味しそうなのだ。ほぼ飲み物を冷やすためにしか使わなくなった冷蔵庫に、気づかない間に調味料やら野菜などを持ち込んで、事務所の味気のないキッチンは、気づけば青山君の煌めく台所の様になってしまった。
「…今度から、葉隠さんの分も作ろうか?」
「えっ、いいの〜!?
」
「せっかくこんな綺麗なキッチンあるんだから、作らなきゃ損ってものさ☆」それに、1人前も2人前もあまり変わらないからね。そう言って青山君は食事に戻る。
…なんだかわからないけど、お昼を作ってもらうことになっちゃった。しかし、肝心の私の違和感はまだ聞けずにいる。
青山君が雄英を卒業するころ、ちょうどサイドキックから独立しようと思っていたタイミングがぴたりとあって、初めは断ろうとしていた青山君に頼み込みでなんとか始めた事務所も、最近はやっと軌道に乗ってきた。ほとんど2人で始めた事務所だったが、やっと軌道に乗っていけたかな?というところなのだ。だからこそ、彼に負担をかけていないかが、とても心配なのだ。
☆
「でさ、どう聞けばいいと思う?」
私の気のせいかもしれないけど、でも高校の時もあるしさ、と続く。
私の向かい側にいる三奈ちゃんは、それを唐揚げをつまみながら聞く。桃色の髪が少し揺れる。
「う〜ん、青山いっつも抱えるところあるからなあ〜」
そう言いながら、三奈はファジーネーブルを飲む。
「もしかして、私の事務所辞めて独立したかったり?」ぐるぐるぐる、カラン。レモンサワーにありえないほど入っている氷が、マドラーによって溶けていく。
「えー!ないない!この間緑谷と私と青山の3人でカラオケ行ったんだけどさ、そん時にめっちゃ葉隠マウント取られたよ!それにまだ経験も積まないとって感じでしょ、青山は。やっぱ、あんまり話さないけど意外とあるんじゃないの?プライベートなところとか」
「青山君のプライベートかあ〜、仕事場で会うからそこまで休日出かけたりはしないからなァ」
どんな様子なのだろうと思いながら、そんなことをしていたのか、と少し嬉しい気持ちになる。そうしていると、向かいにいる三奈が口角をあげていることに気づいた。
「あ、葉隠ニヤついてる」
「え、三奈ちゃん見えないでしょ!」いやいや、もう長い付き合いなんだし、わかるし!とほっぺを三奈の手で挟まれる。むにむにと揉まれこねられ、パンだったらきっと美味しい生地になっていたことだろう。
「というか青山とはどうなの?同じ事務所でさ、最近までほぼ2人だったんでしょ?恋!ないの!?職場での禁断のロマンス、とかさ〜!」
三奈はすかさずとロマンスにつなげてくる。
「青山君と!?ないない!そりゃ優しいし好きだけどさ、なんか青山君って、恋愛っていうと、なんか違うというか…」
そう焦り話す葉隠に、三奈も「まあ、青山ってあんまりそんな感じじゃないよねえ」
、と話を振ったとは思えない速度で同意をする。
「青山ってなんというかさ、女友達みたいな枠ってかんじというか…」アタシこの間フツーに恋愛相談とかしたしさあ。
恋愛相談。確かに青山君はなんか上手いような気がするし、その光景は驚くほどに想像できてしまう。というか、
「え!それの相談って青山君の!?いるの!?恋人!それとも、あの三奈ちゃんが前言ってた年下でダンサーの彼氏ィ!?」そして、キャアキャアと、鳥の金切り声のような高さの声を上げ、恋バナのチャンスを逃すまいと圧をかける。近頃お互いに忙しく、三奈ちゃんと会えたのも1Aの飲み会以来であり、ロマンスのエピソードに飢えているのだ。
「いやー、私のなんだけどさ、聞いてもらって、こないだ別れた。というわけで、現在彼氏募集中でーす!って感じ」早く話を切り上げたいのか淡々と事実を述べる三奈に対して、葉隠はびっくりして、えーっ!と大きな声を出してしまう。
「なんで?こないだ会った時まだ結構うまくいってたよね?一緒にディズニー行ったりしてて!」そう話すと、なんだか三奈の様子が少し覚束なくなる。「もー、それ言いたいのアタシのほうだって!結構上手くいってて、もうすぐ同棲とかしちゃう!?とかこっちは思ってたのに〜!」今まで我慢していたダムが決壊したかのように、怒涛の勢いで三奈は話し出す。
「え!言ってよ〜!私でよかったらなんでも愚痴聞いたのに!」そう言うと、三奈はおずおずと「だって、今日って葉隠の悩みだけ聞いてやるぞ!って思ってきたんだからさ、今話すのは違うなって思ったっていうか…」と話す。その姿を見ているといてもたってもいられず、居酒屋の机をバンと押し、座布団から立ち上がる。ここが個室居酒屋でよかった。
「よし、三奈ちゃん、今日は飲もう!好きなだけ!終電逃しても全然いいから!」任せて!そう言って、メニュー表を手渡す。
☆
1LDKの一間。以前かわいい!と思って買ったくまさん形の時計をチラリと見ると、なんだかぼやりとしてはいるが、どうやら時刻はもう日付が変わっていくらかたったころの様だった。
「それでぇ、もうさ〜!」居酒屋がラストオーダーになってしまい、そのまま2人でコンビニでお酒とおつまみ、コンビニスイーツを買って、私の部屋で呑みなおしている。私も三奈ちゃんも、お互いになんだかちかちかと光る、切れかけの電灯のようなテンションで、互いの内蔵をさらけだしている気がする。もうお構いなしだ。
「別れたの全然って思ってたけど、というかこっちからフったんだけどさ⁉︎ふとしたときに思うの、これが失恋!って感じで、もう、もうね〜!」
「それが失恋の痛みというやつだよ、三奈ちゃん…!」そう言って、三奈を膝の上にのせる。ぽすん、と少しうねった彼女の髪が、頭と一緒に太ももに触れる。なんだかそれが楽しくて、三奈の髪の毛をふわふわと触る。
「失恋、失恋ね〜、これが」24にして初かあ…と三奈は小さく呟くと、まるで眠った様に静かになった。そうだと思うと、急に何かに気づいた様にあ!と大きな声を出す。
「青山もさ、あの言ってた変てやつ、アレ、これなんじゃないの、失恋!」三奈は半分フラフラと、散々泣いた後ではあったが、それに負けじと元気な声を出す。
「え〜!れも、そんな美味しい話、青山君からきいてないよ〜」
「そう!青山って今どうなの!?
ってきいてもいないでもなくいつもはぐらかすんだよね〜!」
これは絶対あるよ、あったんだよなんか!そうかも!」と、さっきまでのテンションがなんだったのかの様に、2人のテンションは最高潮になっていき、青山の空想の恋物語についてを広げ始める。
「今もう、メールしよ!メール!こういうのは、本人に聞くのが一番っしょ!『最近失恋した?』って!」
「それだぁ!」
「あ、ついでにぃ、前作ってくれたなんかチーズの美味しいやつの作り方も聞いてよ」
「おうとも!」
☆
「…少し肌寒くなってきたかな」ベランダでワインを飲んでぼんやりしていたらもう深夜になってしまった。綺麗な肌のためにはあまり良くないが、ここ最近、寝ようとすると思い出してしまう、あの同窓会の日のことを…
あの時、帰り道自分が見たものに対して、納得をしなければいけないのだ。ある程度自分の気持ちには折り合いをつけられていたと思っていた。高校の頃からわかっていたのだから。
麗日さんは緑谷君は好きで、緑谷くんは___
ピロン。
通知音がなり、思考が現実に引き戻される。葉隠さんからのメッセージの様で、仕事の連絡かと思い急いでスマホのロックを解除する。ヴィランの数が少なくなったとは言え、まだまだヒーローの休まる時代はこなさそうだ。
そうしてメッセージをひらくと、そこには一つ、『青山君って最近元気ないけど失恋した?あとこの間作ってたチーズの料理ってなんて名前?』となんだか葉隠さんらしい、可愛らしい絵文字と一緒に送られてきたものだから、先ほどなんとかやり直した方の力が、また抜ける。
すいません 後半を今月中に出します!!!!!!