punishment今日もまた、花瓶の水を変える。
彼のきょうだいが見舞いに来て置いてったのであろう花束も別の花瓶に入れておく。
彼の為に私が用意した特別な病室も花で満たされつつある。
数年経ったのだ、そうなって当たり前か。
静かに療養出来るようにと、私の所有地に作らせたこの小屋の周りには一切、建物はない。代わりにあるのは一面の花畑だけ。
「エン……いつになったら、君は…」
余りにも静寂を極めた空間に私の声だけが響く事に虚しさを感じる。
最早慣れてしまった点滴の交換を終えて、小屋を出ると鍵をかけた。
数年、彼は目を覚ましていない。
何故かと理由を考えた。
結論は…精神的なダメージにより、心を閉ざしているからに違いないということになった。
もう二度と、他の人間と関わりたくないという……。
私のせいだ。何もかも……っ。
「そんなに暗い顔しねぇで下さいよ」
彼の家に出向き、今月の支援金を渡しに来ると、次男に言われた。
「済まない…少し、考え事をしていたんだ」
「……兄貴はちゃんと目覚めるし、アンタのことも許してくれますよ」
彼によく似た瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「そうだろうか…」
「寧ろ、こうやって数年間毎月、援助してくれたの知ったら謝り過ぎじゃねぇかってくらい謝って来るっすよ。兄貴はそういう人だ」
こうやって、彼の話を聞く度に、私は本当に彼を知らないと痛感させられる。だが、同時に知る事にもなって嬉しい気持ちにもなる。なってはいけないのに。
「では、私はこれで失礼するよ」
街中を歩いていると、ショーウィンドウに写った自分の顔が本当に陰鬱だ。
思えば、彼が意識を失ってから、私は心の底から笑った事がない。
それどころか、笑顔の作り方も忘れてしまった。
私は、彼と再び相対した時、笑えるのだろうか。
今日は、嵐。
小屋の方は大丈夫かと、召使い達の静止も振り切って、私は外に出る。
吹きつける雨や風に耐えながら小屋に入ると、彼は居なかった。
「一体何処へ……!?」
乱れる動悸を抱えつつ、空いた窓から外を見ると、強風で舞い散る花弁の中に彼が立っていた。
丁度、嵐が去ろうとしているのか、雲間から差した光が彼を照らす。
光の元へ連れていこうとするように。
「エン!」
駆け寄り、彼の傍に来ると、彼は私にもたれるように倒れた。
エンの体を自分の方に向かせて強く抱きしめる。
「…キルシュ君………ごめんね…」
腕の中から聞こえる永く聞かなかった声は謝罪から始まった。
「眠っている間に…君は…色々と尽くして、くれたのに……私は、何も返せないんだ…」
「返す必要なんてない!罪を償う為にやっている事なのだから!」
ゆっくりとゆっくりと、引いていく彼の体温が、終わりが迫っていると伝えてくる。
「謝るのは、私の方だ…っ!罪も償いきれていない……!」
弱々しくキルシュの背に両手を回して、エンは言った。残酷なまでに優しい声音で。
「君は……何も、悪くないよ………」
糸が切れたように、両手が下がり、彼は何も言わなくなった。
薄れていく意識の中、聞こえてくるのは君の泣き声と謝る言葉だけ。
お願い、笑って。
私は君の、春の陽射しみたいな美しい笑顔が一番好きなんだ。
それを見れないまま終わるなんて……そうか、これが、最後の罰なんだ。
君が死んだのも、君が傷ついたのも、君が恋に狂ってしまったのも、全ては私の所為だから。
私はもう、笑わない。この罰を背負って生きていこう。
償いきれるか分からない罪に対する罰を。