lily of the valley白いネクタイを締めてくれるのは、着付け係ではなく、長く背中を預けた友の手。
「…ナックル、お前スーツだと違和感あるな…」
「そりゃテメェもだ。……長かったなここまで」
「本当だ」
三ヶ月前…
ラキに婚約を申し出たあの日。
「妹と結婚するだと!??許さんぞ俺は!」
予想通りシスコンが阻んできた。
だが、それに反抗するラキ。
「しーりーまーせーんー!アタシはシュート君のお嫁さんになるんですー!」
「駄目ったら駄目だ!」
「お兄ちゃんに決める権利ないでしょ。いい加減妹離れしてよ」
「な、なんでそんな冷たいこと言うんだ……」
ショックで膝から崩れ落ちたリスタルだったが、切り替えの早い性格のため、すぐに起き上がってシュートにビシッと人差し指を向けた。
「シュート・マクマホン!!俺の妹と結婚するのなら条件がある!」
「条件…?」
決闘でもするのだろうかと考えていると、返って来たのは予想外の答え。
「社交界のマナーを完全に覚えてもらおう!!ミチェッタ家に属することになるんだ、完璧なマナーが出来なければラキが恥をかくことになる!」
「あれは本当に大変だったな…」
「でもおかげで、この間の財閥のパーティは失敗しなかったんだろ?」
「緊張しすぎて何も覚えてはいないがな」
「テメェらしいな。…けどよ、長かったってのはそういう事じゃねぇ。あれだけ長い間同棲してて漸くここまで来たって事だ」
懐かしむようにナックルは言う。
「全然くっつかねぇから、すげぇヤキモキしたんだぜ?パームもかなりイライラしてたらしいしよ」
「あの頃はまだ自覚してなかったんだ。でも、今思えば…同棲を始めたのは俺も知らない間に彼女に惹かれていたからなんだろうな」
大きな姿見で自分の姿を確認する。
スーツの色のせいかもしれないが昔よりも明るくなったような…そう感じながら、化粧部屋から出た。
式場である教会に入ると、既にラキがステンドグラスの前で待っていた。
プリンセスラインの純白のドレスに、同色の蝶を纏わせて、こちらを見て無邪気に笑う右眼に薔薇を咲かせた姿が天使のように思えてくる。
「かっこいいね!シュート君のタキシード!」
「お前も、その…凄く可愛らしい…」
「素直に!もっと!褒めるんだ!」
仲良く話していた二人の間に割って入ったのはカメラを持ったリスタルであった。
「お兄ちゃんが前撮りのカメラマンなの!?」
「いいんじゃないか?義兄さんはモデルもしてるからカメラとかも詳しそうだし…」
「おい!誰が義兄さんだ!!」
本当は胸ぐらを掴んでやりたいのを抑えながら、リスタルはシュートに詰め寄る。真っ赤な顔で。
「お兄ちゃん照れてる〜!慣れてないんだまだ〜」
「そっ、そんなことは無い!いいから取るぞ!」
前取りが終わり、リハーサルが終わると、親族…いや、仲間や師匠達を呼んで二人の晴れ姿を見せる。
皆口々に、綺麗だ、見慣れなさすぎて別人かと思った、ブーケは私に頂戴等と言ってから、長椅子に思い思いに座る。
既に泣いているリスタルとナックルの、鼻水を啜る音が少し響く中、挙式は始まった。
交換する指輪はリスタルが調達しデザインしたダイヤモンドを使ったもの。
落として傷でもつけたらしばかれるのではと、妙な緊張を抱えて、ラキの左薬指にはめると、ラキはどこか楽しそうにシュートの右手をとって薬指に指輪を通した。
「じゃ、あとは誓いのキスだね」
「……」
視線だけ右に向ける。
仲間達の前でキス……そう考えると、シュートは湯気が立ちそうなくらい顔を熱くする。
「…もう、そういうとこが」
両頬を優しく包まれたかと思うと、一瞬柔らかいものが唇に触れた。
「可愛いね」
目の前で綻んだ可憐な白薔薇に、ボンッと音を立ててシュートは硬直した。
「あーらら……でも、シュート君らしいや」
動かないままのシュートを放っておいて、ラキは皆に向き直る。
「それじゃあブーケトス行くよー!」
投げた瞬間、パームちゃんが凄い速さで取ったっけ。
そのあと、披露宴だったけどほぼほぼ宴会だったよね。
モラウさんがスピーチした時は、初めて見た顔してたな。
あんなに泣くなんて…ノヴさんが引いていたような気がした。
そうそう!『二人とも俺の子供みたいな』って言った時、酔っ払ったお兄ちゃんが『俺の妹と義弟だー!』って取っ組み合いになったね!
ナックルは友人代表スピーチで大泣きして喋れなかったし、代わろうとしたメレオロンとイカルゴも泣いて結局喋れなかったな。
ゴン君とキルア君からのビデオレターが来たら、アタシ達よりパームちゃんの方がテンション上がってたの何でかな。どっちかのこと好きなのかな?
さぁな。もう遅い、今日は寝よう。
そうだね!おやすみシュート君……あ、待って!
ラキ?
………キス、して欲しいの。
初めて同じベッドで寝る直前、シュートは心臓の音が聞こえるくらいドキドキしながら、ラキの小さくて柔らかい唇に自分の唇で触れた。
とびきり甘くて優しいキスをして、彼女を抱きしめながら深い眠りについたのだった。