女友達パーム・シベリアは現在非常にイラついていた。
師匠であるノヴの友人のモラウとその弟子との顔合わせを兼ねた食事会……来るまでは良かったのだが、その弟子達を見た瞬間にイラつきを覚えたのだ。
時代錯誤な特攻服ヤンキーと、読モみたいなヘアスタイルにしては根暗すぎる面の着物男。
食事会なんだからもう少しまともな格好をしてきなさいよと、内心でキレ散らかしてはいるが、四時間かけたメイクとヘアセットを崩したくないので耐える。
それに、特攻服の方は食事のマナーがなっていないのがより腹立つがそれも堪える。グラスの水がちょっと増えた。
そんなパームのイラつきが伝わっているのかは分からないが、お通夜レベルで静かで暗い空間に携帯の着信音が響いた。
「…モラウだ。お、ラキか……道に迷った?全くお前は……分かった、迎え寄越すからそこから動くなよ、おう、駅前だな?」
モラウが携帯を切ると、ノヴが提案するように言った。
「迎えなら、パームに行かせても?顔合わせになるでしょう」
「構わないぜ」
「では、パーム、翠髪の女性を駅前まで迎えに行ってきてくれ」
「はい……!」
道に迷って遅れた間抜けな女を迎えに行くのも更にイラつきポイントだが、敬愛する師匠の指示なら仕方ない。ついでに外の空気を吸って頭を冷やしてこようと、早足で店から出たパーム。
「……危なかった」
「何がっすか?」
「パームがキレる寸前だったからな…多分お前達どっちか半殺しにされてただろうな」
ノヴのその言葉に背筋を冷やしたナックルとシュートであった。
一方、ラキはというと。
「ちょっと遊ぼうぜネエちゃん?」
「あの、アタシ人を待ってるから…」
「定番の言い訳だな、さっきからこの辺ウロチョロしてたじゃあねぇの」
いかにも遊んでそうな男達に絡まれていた。
一般人に危害を加える訳にもいかないので、どうにか逃げようとしていると、男達それぞれに両手を掴まれて動けなくなってしまった。
「離してよ!」
「嫌で〜す」
本当に困り果てた時、声をかけてきた女がいた。腰まで届く黒髪が綺麗だ。
「アナタ達、彼女困ってるでしょ…」
「おっ、美人増えたじゃん」
「おネエちゃんも俺たちと遊ばない?」
「悪いけどそんな暇ないの」
男の片方の右腕を掴むと、女は力を込めた。
「痛ってぇ!??」
慌てて離れると、ラキからも手を離して女を殴った。
その際、女が髪につけていた蝶の髪飾りが落ちて壊れてしまった。
「……よくも」
「あ?」
「よくもやってくれたわね……」
怒った女の髪がぶわりと上がり、殺気を放ちながら肩に下げていた鞄から刃こぼれした包丁を出した。
「もう限界よ!!」
「わー!?こんなとこで包丁振り回したら駄目だよ!!」
ラキは女を担ぎ上げるとその場から走り去った。髪留めをちゃんと拾って。
「…落ち着いた?」
少し離れたコンビニまで来ると、買ってきた水を女に渡した。
「まぁ、うん……アナタ、ラキよね?」
「そうだよ!あれ?先生が言ってたお迎えってアナタなの?」
「そうよ。自己紹介しとくわね。パームって言うの」
「よろしくねパームちゃん!」
あまりにも眩しい笑顔に、再びイラつきが戻ってくるパーム。
「アナタが道に迷わなければこんな事にならずに済んだのよ、こんな格好じゃノヴ様の所に戻れないわ…!というか、さっきから何カチャカチャやってるのよ…!」
「えっ、あっ、これね!直したの!」
「……?!」
ラキの手にあったのは壊れたはずの髪飾り。
「ピンと飾りが取れただけだったから、水次いでに買った接着剤で直したの…壊れて怒るって事は大事なものなんだよね」
「ええ、今日の食事会に付けてくようにノヴ様がくれたの……安物だって言ってたけど私にとっては宝物よ…」
髪飾りを胸元でギュッと抱きしめると、ハンカチに包んで鞄の中にしまうパーム。
「ありがとう……アナタは、いい人ね、あの二人も見習うべきだわ」
「あの二人…あー、ナックル君とシュート君!……食事会前にテーブルマナー教えたけど出来たかな…」
「全然出来てなかったわよ。フレンチじゃなくて和食だったし」
「あちゃー、大失敗!アタシはまぁ出来るけどね?美食ハンターだもん」
「そうなの…」
そこから二人は段々と話が弾み、店に向かいながらガールズトークに花を咲かせた。
店に戻ってくると、焼酎の飲みすぎでダウンしかけているナックルとシュートがいた。
「こいつら……」
「パームちゃん!抑えて抑えて!確かに食事会なのに弟子が酔いつぶれるとかないと思うけど!やるならせめて外でやろう?」
「そういう事じゃねぇだろラキ…」
「仕方ありません、今日はこれでお開きにしましょうか」
「だってよ、起きろお前ら」
「うっす…」
ナックルはよろめきながら起きたが、シュートは起きる気配すらない。
「ラキ、一緒に暮らしてんだからお前が運べ」
「は、はいっ」
「一緒……?」
酔ってもないのに顔を赤くしながらシュートを背負うラキに、帰り際パームは訊く。
「一緒に暮らしてるって、本当?」
「うん…割といい年数ね」
「付き合ってるの?」
「ううん。ただの償いだよ……彼の左腕を奪った償い。…でも、パームちゃんにだけ教えてあげるね」
声を潜めて、ラキは告げた。
「……恋してるから、一緒にいたいの」
「…………告白はしないの?」
「したくても…出来ないよ、アタシにその資格はないから」
かなり拗らせてると思いながら、分かれ道に差し掛かる時、パームは言った。
「何かあったら、相談してね…友達だから」
「パームちゃん……!うん、ありがとう」
少し昔の女の友情が芽生えた話。これもまた、彼女の大事な思い出。