秋風リラクゼーション今回無事成功した任務のレポートを、少々古い型のノートパソコンに打ち込む彼の周りには本に書類、空になったエナジードリンクの缶等が散らばっている。
そのせいで足の踏み場のない彼の部屋に入りたくても入れないラキはドアを開けて入口のところで呼びかける。
「シュート君、ご飯だよー」
「…………」
没頭しているのか、全然聞こえておらず、ラキはため息をつく。
成功しようと失敗しようと、任務のレポートはきっちり書く彼。
それはいいのだが、一度始めるとろくに食事も取らずに書き切ろうとするのが悪い癖だ。
同居初めの頃、無理矢理パソコンから引き剥がすと凄く不機嫌になって三日間口を聞いてくれなかった事があってラキはそれ以来、無理に作業を止めさせることはしなくなった。(彼も良くない事をしたと思ったのか有名ホテルのランチビュッフェに連れてってくれたのでまぁ良しとした)
「もう二日間か…」
缶詰になると考えたのか予めエナジードリンクとカロリーメイトを沢山買ってきていて、未だにそれらは椅子の傍のレジ袋に入っている。
本当は今すぐにでも食事を取らせたい衝動を堪えて、ラキはドアを閉めた。
「(次、トイレかシャワーの時に出てきたら言おう、そうしよ)」
その後、一人でパエリアの鍋をつついてるとシュートが部屋から出てきた。財布と携帯を持って。
「どこか行くの?」
「足りない資料があったから本屋か図書館に行ってくる」
「……アタシも一緒に行っていい?」
「構わないが…」
ラキは急いでパエリアや他のおかずにラップをかけて、使ってた食器を流しに下げてくると、ビニールバッグを部屋から取ってきて洗面所に行ってタオルや化粧水を入れる。
「何してるんだ」
「ついでだから銭湯行こ!」
さっきまで見てた番組で温泉特集をしていたのを見た事と、気分転換になるんじゃないかと思って提案しての事だった。
「…人の多い所は好きじゃない」
「今の時間なら大丈夫だって!ね?図書館もすぐ用事済むでしょ?」
「それにまだレポートは終わってない」
「でもあまり無理すると、ミスが多くなると思うよ?良いの作りたいでしょ?」
「………」
観念したのか、シュートは着替えを取りに部屋に戻った。
プラタナスの葉がちらほらと落ちている街路を二人並んで歩く様はパッと見、カップルの様。
少し冷たい秋風に、雑に纏めた褪せた紫髪と三つ編みおさげの翠髪が揺れる。
シュートの用事はすぐに済み、借りてきた分厚めの論文をバックに入れて戻ってくると銭湯に向けて歩みを進める。
「コーヒー牛乳、フルーツ牛乳〜アイスもいいかな〜」
「気が早過ぎないか?」
「そんなことないよ。貸切状態だといいなぁ〜」
「滅多にないと思うが」
そう話しているうちに、町唯一の銭湯が見えてきて、二人は暖簾をくぐり、券を買うと別々に進んだ。
銭湯というのは、ジャポンにある温泉を真似たものらしく、観光に行った者達がこっちでもやりたいと作り始め、今では世界各国に点在している。
この雪に飾られた山のタイルアートもジャポンの風景なのだろうかと思いながら、シュートは広い広い浴槽に浸かる。
ラキの望みが叶ったように、客は自分以外居らず、のびのびと足を伸ばして熱い湯に浸かっていると、自分が相当疲れている事を漸く自覚した。
思わずそのまま寝てしまいそうなくらいぼーっとしていると、音の外れすぎた歌が聴こえてきた。
向こうもどうやら貸切状態らしい。
『僕が照れるから手を繋ぐの躊躇ったら、事の重大さを十分も説かれた
君は本当、一生懸命生きているね』
彼女がよくラジカセで流していたのでシュートも知っていたその歌を、本来の音程とリズムで小声で歌ってみる。
彼女の事を歌っているような気がしたのは、のぼせたせいにして、湯から上がった。
備え付けのドライヤーで髪を乾かして、纏めることはせずに青い暖簾をくぐって出てくると、ラキも丁度出てきたところだった。
「あ、シュート君!何買う?」
「……コーヒー牛乳でいい」
「じゃあ、アタシはフルーツ牛乳!」
冷蔵ケースからそれぞれ取り出すと、カウンターの中年女性にコインを渡す。
プラスチックだかゴムだか分からない素材の蓋を開けて、シュートがちまちまとコーヒー牛乳を飲む間に、ラキは三口くらいで飲み干してしまう。
こういうのを一気に飲み干すナックルを何故か思い出し、放出系は大雑把だと思うシュートの視線に気づいたのか、口元にフルーツ牛乳の残りを付けたままラキがこちらを向いた。
「どうしたの?」
「いや、別に……口についてるぞ」
「わ、ほんと?」
首にかけてたタオルでそれを拭くとアイスも買おうとするラキを止める。
「体を冷やす…やめておいた方がいい」
「…それもそうだね」
シュートがコーヒー牛乳を飲み終えると帰路を辿る。
家から出た時より風が冷たくなっていて、身を震わせるラキは思わずシュートの右腕に自分の左腕を絡ませる。
「寒いね」
「そのカーディガンもうしまった方がいいんじゃないか」
「冬物出すのかぁ、面倒だなぁ」
「レポートが終わったら手伝うよ」
「ほんと?ありがとう!」
「なぁ、ラキ…。まだ夕飯は残ってたか?」
「うん!ちゃんとあるよ!」
シュートがやっとまともな食事をとる気になったのが嬉しくてラキはパァっと笑顔になる。
「…色々と気を使わせて済まない」
「いいよ、全然。気にしないで!」
冷たそうに見える彼の、心も体も柔らかい彼女の、互いの温もりを感じながら歩き、行きと違って纏めていないまだ乾ききっていない紫髪と翠髪を秋風が通った。