「知り合いをみかけた。声をかけてくる」
長くなる影を引きずるように土埃の中を歩く俺はキラウシの声を背で受け止めた。
すぼめていた首を持ち上げ声の方へ振り向くも、男は俺の側には既にいなかった。キョロキョロと姿を追っていると、木に囲まれた古いお稲荷さんに吸い込まれるように入っていく姿が見えた。昼間は畏怖など全く感じない空間なのだが、傾いた日の下ではおぞましく気味が悪い。
アイヌの男がこんなところに何の用があるのだ。朱色の塗料がところどころ剥がれた小さな鳥居の影から中を覗くと、女がいた。女は二十歳を少し過ぎた若い小柄な女で、仕立てのよい絣の着物に前掛けをしている。苔生した石の祠の前で、子守歌を小声で口ずさみながら子を肩に担ぐように抱き左右に揺れている。幼い子は寝息を立てているが、泣いていたのかまあるい頬に涙の痕が見える。
1002