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    タル鍾ワンライ「家族」
    「家族」を知らない先生と、そんな先生のためにちょっと頑張るタルの話。

    タル鍾ワンライ「家族」タルタリヤのもとに、弟のテウセルが璃月に遊びに来るという吉報がもたされたのは、彼が稲妻での任務を終え、比較的穏やかに日々を過ごしている頃だった。弟の不意の来訪に十分に報いることのできなかった前回と同じ轍は踏むまいと、タルタリヤはすぐさま予定の調整に入り、幸いなことに全日空けられる日を一日だけ手にすることができた。
    「今度さ、俺の弟が璃月に遊びに来るんだよ」
     声の弾みを抑えられるはずもなく、タルタリヤは夕食を共にしている鍾離にそう語った。
    「家族がいると、そういう幸せがあるものなのだな」
    鍾離はささやかに口角を上げて、その幸せに共鳴してみせる。だが、声に込められた実感は酷く薄い。その希薄さは、先日の観劇で鍾離が語った言葉と――それに感じた寂寥とをタルタリヤの脳裏に呼び起こした。
     
    「今日の芝居、本当に良かったね」
     俺、思わず泣きかけたよ、とタルタリヤは感嘆の声で隣を歩く鍾離に話しかける。鍾離は四方に伸びた長い裾を龍の尾のように揺らめかせながら、相手の話に頷きつつ、じっと物思いに耽っていた。
    「家族とは、そんなにも尊い繋がりなのだろうか?」
     劇場を出てから一言も発さなかった鍾離は、漸くそのようにして芝居の感想を述べた。今日、タルタリヤと鍾離が観た芝居は、稲妻の作家が書いた小説の舞台化であった。舞台は稲妻の農村、そこでは親に死なれた兄弟が貧しいながらもお互いに慈しみ合い、厳しい現実を慎ましやかに暮らしている。だが、ある時、弟は病を得て、床に臥せてしまう。弟はただ兄の重荷でしかなくなった自分を恨み、嘆き、苦しむ。兄はそんな弟の気持ちを痛いほど理解し、それを慰めるために今まで以上に慈しみ、気丈に振る舞う。だが、却ってそのことが弟を苦しめ、彼はとうとう自分を殺してくれるように兄に頼む――そうした兄弟が互いを愛する故に滅んでいく様を、淡々と、しかし丁寧に描いた佳作だった。
     愛する弟妹という存在を持つタルタリヤにとって、この芝居が描き出すものはある種の真実として胸に迫るものがあった。今でこそタルタリヤの家族は彼の稼ぎによって非常に裕福だが、幼い頃はスネージナヤの農村そのものであるような、寒さと決して余裕があるとは言えない生活を送っていた。あったかもしれない可能性が、そこには提示されていた。だが、鍾離はそれとは全く対照的に、この芝居を受け止めたようだった。
    「水を差すようで悪いが、家族とは、結局、単に血を分けたということを媒介にして構築されたある種の共同体だろう」
    「はは、先生にかかると〝家族の愛情〟とやらも形無しだねえ」
    「……無論、家族というものがある種の愛情をはらむ関係であり、そのことが人間にとって非常に重要視されていることは理解はしているが、公子殿が持つような感覚と、俺との距離は果てしなく遠いようだ」
     そっか、とタルタリヤは頷くだけに留めた。虚構から現実に戻る道すがら、帰りに鍾離と寄ろうと決めていた茶屋に着いたからだった。だが、それ以上にタルタリヤの口を噤ませたのは、鍾離には凡そ家族と呼べるような存在がいないという、少し考えてみれば至極当たり前の事実だった。
    「公子殿? 急に黙ってどうしたんだ。……ああ、俺が話の腰を折ってしまったからだな、済まない」
    「あ、いや、全然気にしてないよ。それよりも早く頼もう」
     やがて注文した品が卓に並べられ、鍾離は些か満足げに青磁の茶杯を傾けている。タルタリヤは茶杯から立ちのぼる金木犀の香りが、いやに侘しく感じられた。

    「公子殿? どうした、今日は食欲があまり無いのか」
    先程から本来の役目を果たせずにいるタルタリヤの箸を見かねて、鍾離が声をかけてくる。タルタリヤはそこで漸く己の耽思に気がつき、沈黙を埋めるように料理を頬張った。歯応えの良い筍の炒め物をしゃくりしゃくりと味わっているうち、ある想念が一閃する。 お節介、自己満足――そんな自己批判が浮かばないでも無かったが、それは実行の後の反省でもいいはずだ。そう思い直し、タルタリヤは筍を飲み下し、鍾離に言葉を差し向ける。
    「あのさ、」
    「何だ?」
    「良かったら鍾離先生も来ない?」
    「俺が? 弟にゆっくり会える折角の機会だろう? 流石にそんな無粋な真似は遠慮しておくぞ」
    「いやいや、折角璃月に来るんだし、鍾離先生みたいな人と会えると俺の弟も喜ぶと思うんだ。だからさ、お願いできない?」
    「……公子殿がそちらの方が良いと言うなら、良いだろう。今まで話に聞くだけだった公子殿の弟君に会うのもなかなか興味深そうだ」
    「ありがと、先生」
    タルタリヤはいつもの愛想の良い声を弾ませて礼を言った。
     テウセルが璃月を再び訪れたのは、それから半月も経たない頃だった。
    「テウセル! 元気にしてたかい?」
    「もちろんだよ、お兄ちゃん!」
     兄の問いかけに、テウセルと呼ばれた少年は兄によく似た海色の瞳を爛々と輝かせて、頷いた。そして、兄とひとしきり挨拶を交わした後、彼の隣に立つ見慣れぬ男を興味深げに見上げた。
    「お兄ちゃん、この人は?」
    「この人は鍾離先生と言ってね、玩具屋さんにすごいアドバイスをしてくれる人なんだ。こんなものを作ったら良いとか沢山アイディアをくれるんだよ」
    「へえ、じゃあ、しょうり先生は玩具屋さんの先生ってこと?」
    「うん、まあ、そうなるかな。それで、今日は一日、兄ちゃんとテウセルと一緒に遊んでくれるんだ」
    「わあ、ほんとう? よろしくね、しょうり先生!」
     少年は直線的なまでの闊達さで挨拶をし、鍾離は「ああ、玩具屋の先生をやっている鍾離だ、よろしく頼む」と常通りの堅牢な調子でそれに答えた。タルタリヤはその様子を見て、胸を撫で下ろした。テウセルのために用意をした嘘を、鍾離は当初「まるで砂上の楼閣だな」と危惧したが、結局はこちらの熱意に道を譲り、実際に虚構の肩書きを演じてくれる意志があるようだった。
     三人は早速、璃月港から出立した。今回は一日一緒にいられるから遠出が可能なことと、テウセルの希望とで璃月の観光スポットを巡ることになっており、望舒旅館、瑶光の浜、孤雲閣を見てまわる予定だった。タルタリヤがこうして一日をゆっくりと家族と過ごすのは久方ぶりのことであり、とすればそれはテウセルにとっても同様で、少年は兄に甘えたがり、タルタリヤも目に入れても痛くないほど弟を可愛がった。一方で、タルタリヤは鍾離と弟の仲を積極的に取り持ち、テウセルは鍾離にもよく懐いた。「先生がもう一人のお兄ちゃんなら良かったのになあ」と零すほどで、鍾離は驚きにやや目を見張りつつ、薄く笑ってそれを聞いていた。
     璃月港に戻ってくる頃には、既に海が朱に染まり始めていた。テウセルは璃月に一泊し、翌朝スネージナヤに戻ることになっていたため、そろそろ夕食の店を見繕わねばならなかった。
    「あ、あの時のお兄ちゃん!」
     声を弾ませたテウセルが駆け寄ったのは、空だった。先日、テウセルがタルタリヤに秘密で璃月を訪れた際、あまりに不意のことで手が空かず、世話を頼んで以来、テウセルは空に妙に懐いている。青い双眸のあどけない顔は、夕食よりも偶然再会した相手に強い興味を示しており、タルタリヤは店を見繕うまで空と遊んでいたらどうか、と提案した。案の定、空とその連れであるパイモンは若干眉を顰めたが、多額の遊興費を渡し、残ったら駄賃にしていいと告げると、話はあっさりと決まった。
     空とパイモン、テウセルを見送った後、タルタリヤは鍾離を誘い、近く茶屋に入った。
    「先生、今日はどうだった?」
    「こんなに子どもの相手をしたのは初めてだから興味深かったぞ。事実をそのまま話せば、子どものを夢を壊すことになりかねない点については少し気を遣ったがな。公子殿も難儀な条件を課してくれたものだ」
    「はは、でもたまにはこういうのもいいだろ?」
    「そうだな、決して悪くはない」
     微かな笑みの添えられたその言葉は、ひねもすある種の緊張と不安に晒されていたタルタリヤの心を和らげた。鍾離から今日の感想をもっと引き出すべく、問いかけの言葉を練り始める。だが、タルタリヤが水を差し向けるまでもなく、鍾離は茶杯を傾けながら今日という日について言葉を重ねた。
    「だが、それより俺の印象に残ったのは公子殿の様子だった」
    「……俺? 何でまた?」
    「今日の公子殿は心の底から楽しんでいるように見えた」
    「俺はいつも楽しそうだよ」
    「……まあその点は否めないが、普段とは異なる性質の楽しさを感じているように見えた。刹那的なそれではなく、もっと穏やかで満ち足りたものだ」
    「へえ、先生にはそう見えたんだね」
    「公子殿だけでなく、弟君の方も始終喜びを浮かべていたな。家族愛と呼ばれるものは、今まで話に聞いているだけだったが、今日、漸く実態を目にして僅かだが理解することが出来た。……俺を同行させたのは、そのためだったのだろう?」
    言葉はそこで区切られ、鍾離は茶請けの干し杏に手を伸ばした。鍾離の推測はタルタリヤの意図を的確に見抜いていたが、十分ではない。タルタリヤの目的は、“家族”と呼ばれるものを間近に見聞し、僅かでもその気分を味わってもらうことにあった。だが、あえて説明するのは押しつけがましさや、面はゆさから逃れようもない。タルタリヤはただ軽く頷くだけに留めた。
    鍾離の手は干し杏から竜眼――茘枝よりもやや小ぶりな、璃月で広く愛されている果物――に移っていた。干された果肉の色は杏よりもやや明るく、鍾離の瞳に似ていると、タルタリヤは見る度に思う。
    鍾離は黙したまま竜眼を二つ三つ食べ、茶杯を呷ると、再び口を開いた。
    「俺には家族というものは無いし、欲しいと思ったこともない。だから、俺自身には家族というものが持つ重要性や、その中での愛情関係などはやはり実感としては分からないままだ。……だが、一般的に考えて、人間にとり家族とは心の支えであり、故にまた愛のない家族関係は嘆きの対象であるということは知っている。だから、」
    「だから?」
    「だから、公子殿には愛する家族がいて、またその家族も公子殿を愛してることを、俺は今日最も嬉しく感じた」
    琥珀色の双眸が柔らかく細められ、タルタリヤを見つめている。予想だにしていなかった言葉は、少なくない驚きをタルタリヤにもたらし、だがすぐさま水のように彼の心に馴染んだ。そうして、雪国で家族とともに囲んだ暖炉の前で発したような声で笑った。
    「先生、それが家族の愛情だよ」
    「そういうものか?」
    「そういうものだよ」
    鍾離はタルタリヤの言葉の意味を咀嚼する時間を求めるように、呈された茶壷を茶杯へ傾けた。嘴から流れ落ちる黄金が、タルタリヤの目には妙に眩かった。
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