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    タル鍾ワンドロワンライ「目、瞳」

     あらゆる命が息を潜めた夜更けのことだった。
     タルタリヤは寝台の上でぱちりと目を覚ます。窓から月の蒼白い光が射しこみ、隣の空白を照らし出している。そこには、眠る時には確かに共寝をしたはずの相手の姿がない。また夜中の璃月港でも散歩をしているのだろうか。神であることをやめ、凡人になったとは言え、元々毎夜の睡眠という人間の習慣を持たない鍾離は時たま眠る努力を放棄して、ふらりと何処かへ行ってしまう。寂しいと感じるほど、タルタリヤの思考が恋に溺れ切っているわけではないが、こんな夜更けに一体どこで何をしているのかぐらいは気になってしまう。かと言って、追いかけたり探したりしたことは一度もなかった。
     喉の渇きを覚えて、タルタリヤは寝台を抜け出す。寝室を出て、台所へ向かった。両手では数えきれないほど泊まったこの家の勝手は、もうとうに知っている。暗い廊下をそろそろと進み、書斎の前にさしかかる。タルタリヤはおもむろに足を止めた。
     書斎には見慣れた人影があった。青い薄闇のなか、鍾離が巻物棚の前に立っている。何かを探していたらしく、棚から小箱のようなものを取り出した。暗がりに紛れていたそれは、窓辺から射しこむ月明かりに照らされ、手袋の外された白いの手の中で淡く光っている。
    彼の持っている工芸品のなかでそのような容貌を持つものを、タルタリヤはただ一つしか知らなかった。それは、彼が任務で稲妻に赴いた際に買い求め、土産として鍾離に渡したものだった。稲妻きっての職人が作ったという説明とともに見せられ時、螺鈿をあしらった金箔の小箱は、鍾離の手の中に収まるべきもののような気がして、値段も訊かずに即決したのである。
    鍾離は窓辺に佇んで、その小箱をゆったりとした手つきで開けた。そうして、中から一つの石を摘まみ上げ、月にかざす。仄白い指先で、夜の海を閉じ込めたような紺青が煌めく。それは璃月で産出される夜泊石だった。
    月光に透かした石を、鍾離はじっと見つめていた。タルタリヤの位置からでは、彼の表情を窺い知ることはできない。だが、闇と溶け合っている後姿は、指先へ収まるばかりの小さな石に惑溺している。美意識に適うものを見つめる時の鍾離の瞳を、タルタリヤはよく知っていた。青い石にも注がれている琥珀の眼差しが真剣であろうことは、想像に難くなかった。
    ふと、水墨画のように静止していた人影が崩れる。鍾離の手が石を月にかざすことをやめたのだ。とすれば、次に行われる動作は、石を箱にしまうそれであるはずだった。だが、鍾離の手は小箱に向かわず、彼の口元へ運ばれた。その次の一瞬、タルタリヤは思わず息をのんだ。鍾離の舌が石に押し当てられ、その表面を鷹揚に舐め上げた。一度のみならず、角度を変えて幾度も、その行為が繰り返される。その執拗さは、閨での愛撫にも似ていた。
    タルタリヤの脳裏に、鍾離とのいつかのやり取りが蘇る。鍾離の誕生日が近い、ある日のことだった。
    ――先生の欲しいものなら何でもあげるよ。
     タルタリヤは未だ慣れぬ箸を不器用に扱いながら、翠玉福袋を口へ運んでいた。同じように、けれども綺麗な箸遣いで料理を堪能していた鍾離は、一瞬考え込むような顔をして、タルタリヤが予想だにしないことを言った。
    ――ならば、公子殿のその青い瞳を。
     呆気にとられたタルタリヤを見て、鍾離はすぐさま冗談だと笑った。とても冗談には聞こえない調子を先程の言葉は帯びていたが、たとえ本気でもタルタリヤがそれに応えることなど出来ようはずもない。鍾離が自分の目をくりぬいても、代わりの瞳――彼はかつての旧友に目を与えたという――をくれるのならば考えても良い、という範囲を超えている。
     だが、鍾離の言葉がどうやら決して一時的な戯言ではないらしいことを、タルタリヤは閨で思い知ることになった。寝台に組み敷いた体から骨ばった指が伸びてきて、タルタリヤの眦を這う。その時、こちらを見上げる鍾離の瞳は如何にも物欲しそうだ。そこには情事などさもどうでも良いという風に、美しいものをこの掌中に収めたいという傲岸な欲望が浮かんでいた。目元を撫でられる度、タルタリヤはその手を掴んで、乱れたシーツに縫い付けた。
     いま、鍾離が手にしている石は、己の瞳の代わりなのだと、タルタリヤは直観した。それこそ、鍾離がタルタリヤから奪おうと思えば、その瞳など簡単に手にすることができる。結局、タルタリヤが秀でた武人と言えども、武神でもある鍾離との力の差は歴然としている。
     だが、鍾離は自ら叶えないと決めた欲望を、結局振り切ることが出来ずに、たかが石一つを舐めることで満たそうとしている。それは、少女の初恋のいじらいさに何処か似ていた。そう思った瞬間、閨では決して感じなかった興奮が全身を包む。神が人間である自分に、決して叶わない執着を抱いている。気分が高潮し、鍾離の舌が石の青い表面を撫でる度、タルタリヤは情欲にも似たものを覚え、息を詰めた。当初の目的を、時間を、忘れて、神の秘め事に彼は見入った。
     ふと、鍾離の視線がこちらに向けられる。不注意なことに、ほんの少し足音を立てたらしかった。薄暗い逆光のなか、琥珀の瞳は龍のそれのようにぎらりと光る。常には固く引き結ばれた唇が、ゆったりと弧を描く。己の美しさを知っているものの微笑みだった。
     タルタリヤは思わず自分の目元へ触れた。瞳を抉り出し、傲岸な神の手にそれを明け渡してしまいたい欲動が胸の底で蠢き始めている。
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