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    j_i_machi

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    j_i_machi

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    ドラアン
    それは昼間アナタがワタシに触れてくれないから

    未完のつもりだったけどなんか綺麗な気がするからこれで完成でいいよの意

    彼が香水をつけている事に気づいたのは、何度か目の不本意な情事の後の朝。珍しく自分より目覚めが良かったドラクロワの身支度を、ベッドの中からぼんやりとした意識の中見ていた時。
    それが自然かのように机に置いてあるガラスの瓶を手に取り、軽く手首に噴射する。慣れた手つきでもう片方の手首に、次に耳の下の首周りに擦り付けていく。見慣れない行為がなんなのか判らなかったが、彼らの身支度の動きにのって漂ってきた香りで理解する。
    「香水、付けてるんですか」
    衣擦れの音だけが響いていた空間に、突如肉声が響いた事に驚いたのか肩がびくつく。いたずらされた猫の様だと思いながら、掠れた喉を調整する。
    「…いつから起きてた?」
    「アナタが起きた揺れで起きました」
    おはようございます。と、社交辞令の挨拶を交わす。ドラクロワはおう、と適当に返しながら机に避難させていた眼鏡を渡してきた。その動作に再び、先程と同じ香りが舞う。人工的だがしつこく無い、自然な甘い香り。嗅いだ事がない雰囲気のフレーバーを、思わず身体が取り込んでしまう。
    「アナタにしては良い趣味をしていますね」
    「一言余計だっつーの。俺が選んだワケじゃねーしな」
    親から貰ったやつ、とぶっきらぼうに返される。年頃の誕生日に紳士の嗜みだなんだと言われ、香水屋に連れて行かれて長時間調香に付き合わされたと語る。聞いてもいないのにボヤく彼は、当時を思い出したようで顔を顰めている。しかし本当に嫌な思い出では無いという事を、今彼が纏っている香りが物語っている。
    そんな会話をしながらドラクロワは気に入りのアクセサリーを装着する。糊の効いた黒いワイシャツに皺ひとつないスーツのパンツ。ああ、美術館の案内担当の日か。と納得しながら自分は昨晩この部屋で脱ぎ捨てた皺くちゃの服を着る。
    「案内の日はいつも香水を振っているのですか?」
    冷えたシャツに袖を通しながら、何気なく問う。ドラクロワは軽く支度が済んだので、これから朝食に向かうのだろう。ドアノブに手をかけたところでこちらを向いて回答した。
    「いつも付けてるけど?」

    そんな事があって。
    朝から余計な事がうっすらと脳内を巡っている。
    他の人よりも空気の変化には敏感だと思っていたのだが、今日の今日まで全く気が付かなかった香水の存在。自分とドラクロワは恋仲では無いものの、そういう関係ではあるんだし。
    別に深く考える事でも無いのに色々思うところがあり、どれもスッキリせずにまた唸ってしまう。
    自分が一体何に不満を感じているのか。そもそもこの気持ちは不満であっているのか。何故どうでも良い相手のことをここまでうだうだと引きずってしまうのか。このままだと本日の予定に響いてしまう気がする。それ自体は割とどうでも良くて、「ドラクロワの件で思考を乱されている」この状況に酷く不満を抱いている。鼻の奥で記憶された香りが、今も時折忘れた頃にふわりと漂う。その状況に思わず顔を顰めてしまう。特別不快でないのが尚更癪である。
    ドラクロワの部屋からこそこそと自室に戻り、新しい服に着替えて出直す。この二度手間に慣れ始めた事に安心と呆れを感じている。
    ダイニングに到着すると、寝覚めのダルさなど無さそうな声が響く
    「おはよう!アングル兄い」
    テーブルに食器を並べながら、ヤンが元気良く挨拶する。キッチンにいる彼の兄に頼まれたか、或いは手伝うとわがままを言って任されたか。朝から良く働く小さな同業者におはようございます、と丁寧に挨拶する。追加で用意をするか聞かれたが、自分でやると言い断った。普段より数時間睡眠を削った身体に鞭を打つ為のコーヒーを用意する。自身が定めた完璧な黄金比…より、多少多めに豆を量る。湯を上から注ぎ、落ち切るまで待つ。その間に食事を用意しても良かったのだが、気怠さに負けてぷくぷくと泡を立てるコーヒーをぼうっと見つめていた。立ち昇る湯気を浴びながら考える。毎朝コーヒーを一杯飲んでいる。今朝のように自分で煎れる事もあれば、用意してある物を頂く事もある。ならば、自分が放つ芳香はこの苦い湯気に似ているのだろうか。それを知っているのだろうか、甘い香りを放つあの男は。
    とん、と腰の周辺に衝撃を感じ、現実に引き戻された。見るとヤンが自分の身体に顔をくっ付けている。あまりされない行為に動揺してして、なんと声をかけたら良いか時間を要した。考えているうちに、ヤンはパッと顔を上げて視線を合わせてきた。
    「今日のアングル兄、ドラクロワ兄と同じにおいがする!」
    「……は?」
    悪気が無い事ははっきりとわかるが、予期せぬ言葉に思わず、子供に使わない返事をしてしまった。ヤンは服の裾を掴んだまま続ける。
    「ドラクロワ兄ね、褒めてくれる時ふわ〜って甘いにおいがするんだよ。お花みたいな!あれって嬉しい時のにおいなのかな?」
    5歳の脳から編み出される豊かな感性に感心するどころではなかった。やっと忘れる事が出来たのに。今日はもうあの人絡みで頭を悩ませる事も無いと思っていたのに。大人の事情も知らず、仲良しさんだねとでも言いたげなまんまるな目に、どうにか言葉を捻り出した。
    「….…何故」
    アナタが知っているのですか?
    そう口に出そうとして、すんでの所で理性が働いた。どうしたの?と首を傾げたヤンに、なんでもありませんと首を振る。その様子に気づいたフーベルトがヤンを呼び戻す。素直なヤンは元気良く返事をして食卓に戻っていった。きっともう、先程何を言ったか忘れているだろう。
    空を見つめながら自らに問う。
    何故、あんな事を聞こうとしたのか。
    そんなはずは無い。気の所為だとと否定すれば良かったのに。
    何故、「何故そう思うのか」を聞かなかったのか。
    それを知った経緯を聞こうとしたのか。
    考えて、目を瞑って、開いた。視界に入ったコーヒーはもうすっかり最後の一滴まで絞り切られて、一気飲みが容易な程度に冷めていた。
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