不思議な珈琲屋さん 疲れた…おなかすいた……
時計を見ると20時を回っていた
お人好しなうえに気が弱いせいで、気がつけばいつも仕事を押し付けられて連日一人残業している
おなかもすいたし、集中力も途切れてきたので休憩がてら食事を買いに行こう
コンビニでも行こうかなぁと思いながら歩いていると、いつも閉まってる店の前に看板が出ていた
いつも閉まってて営業してないのかと思ったら、営業していたんだ
コーヒーのいい香り
看板にテイクアウトOKって書いてあるし、サンドイッチとかフード系もあるみたいだから
コーヒーとテイクアウトしようかな
「すいませ…」
「すいません。もう、閉店なんです」
まだやってますか?と言い切る前に被せるように冷たく言われた
うん、そうだよね
この時間はもう閉店だよね
でももうちょっと優しく言えないのかなー
こっち見もしないで、コーヒー入れてるし
黒髪長髪、塩顔、高身長
けっこうイケメンなのに愛想悪い
あと前髪が変
コーヒーがすごくおいしそうな香りしているのがとても残念だけど閉店なら仕方がない
また来てみよう
「おねえさん、お客さん?
閉店前だから大した物ないけど、よかったらコーヒーでも飲んでいってよ」
あきらめて帰ろうとしたら後ろから呼び止められた
「さとる、もう閉店するって言ったじゃないか」
「せっかく来てくれたのにかわいそうじゃん
ほら座って座って」
半ば強引に店内に引き戻されソファー席に座らされ、新たに現れたイケメンが向かいの席に座ってニコニコしながらこっちを見てる
外国の血でも入っているのか抜けるように白い肌に綺麗な銀髪、サングラスの奥から覗く空をとかしたような青い瞳
人形のように整った美しい顔立ち
まつ毛も長い…同じ人間なのか?と思わず見入ってしまっていた
「おねえさんパンケーキ好き?」
「えっあっ好きです。」
「ならよかった
パンケーキなら出来るから焼いてくるね
せっかくだからキャラメリゼしたバナナとホイップ乗せたおいしいのにしてあげるね」
めっちゃおいしそうー!
てかそんなゆっくりしてる時間ない
「そんなご迷惑なんでいいです
時間もあまりないし…」
「えっ?甘いの好きじゃない?
それともシンプルにバターとメープルシロップ派?」
またもや言い切る前に被せてくる
ここのスタッフ達は人の話聞けないのか
「いや甘いの好きだし、シンプルにバターとメープルシロップもどっちも好きです
でも……」
「なら小さめに焼いて両方食べられるようにするね」
そう言ってルンルンしながら奥に消えていった
どうせ終電まで残らないといけないから、すこし休憩させてもらうか
飲み物も注文してもいいんだろうかと、メニューを眺めていると塩顔イケメンがコーヒーを持ってきてくれた
「…ブレンドでよかったらどうぞ」
「…ありがとうございます」
無理やり入ってきたせいで、めっちゃ機嫌悪そう
わたし帰るって言ったのに、引き止めたのお宅の相方さんだからねぇ!
せっかく出してくれたし、冷めないうちにいただこう
入って来た時から、いい香りがして気になっていたのでうれしい
「…おいしい」
「…お口に合って良かったです」
褒められて嬉しかったのか、なんかちょっと笑ってたような
にしてもほんとに、おいしい
香りもいいし酸味とか苦味のバランスがよくて、めちゃくちゃ好み
コーヒー飲みに通いたいから、あとで営業日聞いてみよ
そんな事をコーヒー飲みながら考えていたらバターのいい香りがしてきた
「お待たせー
まずはシンプルにバターとメープルシロップね」
さとると呼ばれていた銀髪のイケメンが、綺麗なキツネ色に焼けたパンケーキに
バターが乗ったシンプルなパンケーキを持ってきてくれた
「おいしそうー!」
「でしょー
ほら食べて食べて」
「いただきます」
まずはシンプルにバターだけ
ふわふわで甘いパンケーキにバターの塩っ気が、たまらない
2枚焼いてくれたから1枚はバターだけ、2枚目はバターとたっぷりのメープルシロップ
あまーいメープルシロップにバターの塩っぱさがアクセントになって、さらにおいしい
幸せだー
口福だー幸福じゃなくて、口福
お口が幸せ
それは最高に幸せなこと、すなわち口福
コーヒーで口の中をスッキリさせて完璧
このカフェいい
絶対このパンケーキまた食べたい
って夢中で食べてたら、ずっと向かいに座って見られてることに気づいた
「おいしかった?
お腹すいてたのかな?
すごくおいしそうに食べてくれて、うれしいよ」
ニコニコしながら言われて思わず顔から火が出そうになった
めちゃくちゃおいしくて夢中になって食べてて見られてるの気づかなかった
恥ずかしくて死にそう
てか死にたい
イケメンに食べてるとこ見られるとか、どんな羞恥プレイよ
「……すごくおいしかったです」
「ふふ、喜んでもらえてよかった
次の焼いてくるね」
「お願いします」
食べ終えたお皿を下げにカウンターに向かう後ろ姿を見つめる
身長高いしスタイルいいなぁ
かっこいいし、モデルみたい
てか脚長すぎないか?からまないのか?
とかくだらない事を考えていたら、塩顔イケメンがコーヒーを持ってきてくれた
「よかったらおかわりどうぞ」
「ありがとうございます
ここのコーヒーすごくおいしいですね
何曜日が定休日なんですが?」
「店を開ける日は特に決まってないんです
悟…あぁパンケーキ焼いてる奴が、いちようオーナーで気が向いたら開けて
それを手伝わされてるんです」
なにそれ金持ちの道楽!?
たしかになんかお金持ってそう
銀髪イケメンは、さとるなのか
塩顔イケメンのお兄さん、あなたのお名前は?
とか聞いたら怒られそうだからやめとこう
「…すごいですね
でもコーヒーもパンケーキもすごくおいしいから、ちゃんとやれば流行りそうなのに」
「さとるは金儲けがしたいわけじゃなくて、仕事と全然違うことをして気分転換したいんですよ
それに巻き込まれるこっちはいい迷惑なんですけどね」
「でも付き合ってあげるなんて、優しいし、仲良しなんですね」
「そうでもないですよ」
「あーすぐるが抜け駆けしてる!
僕もお姉さんとお話ししたい!」
塩顔イケメンはすぐる
よし覚えた!
てか私と話ししたいの?
こんな冴えない社畜と何を話すの?
「さとる…うちの店を気に入ってくれたから、また来たいから営業日を教えて欲しいって聞かれてただけだよ」
「えっマジ!?お姉さんうちの店気に入ってくれたの?
うれしいなぁお姉さん来てくれるなら毎日開けちゃうよ」
「…さとる」
「…わかってるよ
本業の合間に気分転換がてら開けてるから特に決まってないんだよね
お姉さん、この近くの会社の人かな?
出来るだけ平日に開けて、きょうくらいの時間までは開けておくから
また遊びに来てよ」
「また絶対来ます
パンケーキとコーヒーめっちゃおいしいんで、絶対来ます」
「くっくっく、ほんとにパンケーキが好きなんだね
じゃあこっちも食べてみてよ
僕のおすすめのキャラメルバナナパンケーキ」
山盛りのホイップにたっぷりのキャラメルソース、キャラメリゼされたバナナと砕いたナッツがトッピングされてる
見ただけでおいしいのがわかる
なんて最高なお店なんだ
「いただきます」
うまっ思わず顔がほころんでしまう
カリカリにキャラメリゼされたバナナとホイップクリームの相性は最高で
それをふわふわのパンケーキに乗せて食べたらマズイはずがない
めちゃくちゃおいしい
今なら不眠不休で二日は働ける
いや嘘吐きました
休憩させてください
さすがにメンタルにくる
でもそれくらい元気でるくらいおいしい
天才か?
ふと気づけば、またさとるさんが向かいの席に座ってこっちをニコニコしながらこっちを見てる
ほんとに恥ずかしいのでやめて欲しい…
「おいしい?」
「めちゃくちゃおいしいです
パンケーキもおいしいし、バナナのキャラメリゼ具合とか最高です」
「ならよかった」
褒められたのが嬉しいのか、ニッコリ微笑まれた
眩しい
イケメンの笑顔が眩しすぎる
もはや美の暴力
目の保養通り越して目がー!目がー!ってなってしまう
あんまり長居すると、死んでしまう
ときめき過ぎて心臓がもたない
食べ終わったしお暇させていただこう
「ごちそうさまでした
お会計お願いします」
「もう帰っちゃうの?
もっとゆっくりしていってよ」
「まだ仕事残ってて…」
「こんな時間なのにまだ仕事するの?
金曜日だよ?みんな遊びにいってるよ?」
「私も帰ってゆっくりしたいけど、仕事が終わらないので…」
「お姉さんかわいそう
社畜じゃん」
……まさにその通りです
でもかなり回復したし終電までには帰れるかな
「がんばるお姉さんにいいものあげるから、ちょっと待っててね」
「いやもうほんと戻らないと」
「すぐだからちょっと待っててー」
そう言いながらカウンターに向かって行った
見た目も優しそうで物言いも柔らかいのに、結構強引な人だなー
ってぼーっとしてたらすぐるさんが来て
「コーヒー代の400円いただいてもいいですか?」
「えっあっはい!
ちゃんとパンケーキの分もお支払いします
コーヒーも2杯もいただいたので、ちゃんと2杯分お支払いします」
「パンケーキはさとるが無理やり食べさせたようなものですし、コーヒーのおかわりもこっちが勝手に出したんでサービスです」
「でも…」
「お会計は400円です」
「…はい」
笑顔がこわい……
次来た時にいっぱい注文させてもらおう
「おまたせー!!
がんばるお姉さんに差し入れ
お仕事がんばってね」
戻ってきた悟さんに紙袋を差し出された
中には蓋のついた紙コップとカップケーキが入ってた
「こんなのもらえないです
ちゃんとお金払います」
「いいの、がんばるお姉さんに僕があげたいの
カフェオレにしといたよ
カップケーキは僕のおやつだから、遠慮せずにもらってよ」
これ以上お金を払うって言っても受け取ってもらえそうにないので、ありがたくいただくことにする
「じゃあ遠慮せずにいただきます
ありがとうございます
次きた時はちゃんと払いますから」
「絶対また来てね
開けてる日は看板表に出してるから
遅い時間になったら引っ込めちゃうけど、明かりがついてたら入ってきていいからね
お姉さんだけ特別だよ」
「だいたい毎日残業なんで、休憩がてら覗きに来ます」
「毎日残業とか働きすぎだよー
それに女の子なんだから帰る時間が遅くなると、危ないから気をつけるんだよ
お姉さんかわいいから、変な人に狙われちゃうよ」
「…っ
また来ますね!
ありがとうございます!」
「ほんとに気をつけてね
また来てねー」
かわいいなんて、からかわれて恥ずかしくなって逃げるように店を出てしまった
せっかく閉店しようとしたとこに入れてくれて親切にお土産までくれたのに失礼なことしちゃったな
と気になって振り返ってみたら、さとるさんが店の外に出て見送ってくれていた
こっちに気づいて手を振ってくれたので、思わず振り返してしまった
からかったんじゃなくて、ほんとに心配して言ってくれたのかもしれない
そう思うと少し胸が痛んだ
会社に戻ってお土産にくれたカフェオレを飲もうと取り出すとスリーブに
「お疲れサマンサ
もうちょっとがんばってね」
とメッセージと一緒に猫のイラストが添えてあった
わざわざ書いてくれたのかな?
綺麗な字にお世辞にもうまいとは言えないけど、なんだか味のある猫のイラスト
…今度行ったらちゃんとお礼言おう
休憩して元気でたし、さとるさんも心配してくれてたから早く終わらせて帰ろう
あれから残業の日というか毎日残業なんだけど、毎回休憩のために外に出てカフェを覗くのが日課になった
だいたい週に一回は開いていて多い時には週に2回くらい開店していて
開店していれば甘えさせてもらってコーヒーとパンケーキを食べさせてもらう
毎回がんばってるからご褒美だと帰り際にカフェオレと甘いものを持たせてくれる
スリーブには「がんばって」とか「がんばりすぎちゃダメだよ」とかメッセージと一緒にクマとかウサギとかイラストが添えられていて
なんだかもったいなくて捨てられなくて、会社のデスクの引き出しに入れてたまに見て癒されてる
さとるさんも甘いものが好きらしく毎回違ったパンケーキを出してくれるのでとても楽しい
チョコバナナパンケーキ、たっぷりのホイップとカスタードにイチゴを添えたイチゴのパンケーキ
たくさんのフルーツを乗せたフルーツパンケーキや、変わり種でホイップしたマスカルポーネにココアをかけてティラミス風にしてくれたのもおいしかったなぁ
なんて考えながらお店を覗くけど、今日も閉まってる
最後に行った日からもう3週間近く開いてない
本業が忙しいのか飽きてやめてしまったのか、もしかしたら具合が悪いのだろうかと心配になる
ただの客が心配なんて余計なお世話だろうけど、いつも優しくしてくれるので気になる
元気にしてるといいな
そんな事を考えていたからか、きょうはお店に明かりがついていた
明かりがついてたら入っていいと言われていたので、お店に入るとさとるさんがいた
「あっお姉さん!お疲れサマンサ!
きょうも残業?」
いつもと変わらない明るい笑顔で迎えてくれたけど、なんだか少し疲れてるように見える
「明かりついてたんで来ちゃいました
きょうは切り上げて明日また出勤しようと思って」
「えー明日土曜だよ
みんなは仕事お休みだよ」
「なんですけど、月曜までに必要な書類を作らなきゃいけなくて
これ以上残業しても半端にしか出来ないんで、諦めて明日がんばろうと思って
そういえば今日はお一人なんですね」
いつもすぐるさんが一緒にいて、さとるさんと仲良く話してると冷ややかな目で見てるのに
きょうはいないようだ
「えーお姉さん、もしかしてすぐる目当て?
すぐるなんてやめて、僕にしなよ
GLGで料理もうまい、なかなかの優良物件だよ」
なんて言いながらウィンクを飛ばされて心臓が止まるかと思った
「いやいやコーヒーとパンケーキがおいしくって通ってるんです」
おいしいコーヒーとパンケーキにつられて通っているけど、正直なところ半分さとるさん目当てなとこもあるのでドキッとした
冗談でも言い寄られたらドキドキするので、やめて欲しい
「そうなの?
僕に会いに来てくれてると思ってたのになぁ
残念」
ぷうっと頬をふくらませて拗ねている
拗ねた顔もかわいい
イケメンは何をやっても絵になるなぁと思わず見とれてしまった
「なぁにかっこよくて見とれちゃった?」
「っそっそんなことないです
そういえば最近忙しかったんですか?
ずっとお店閉めてたみたいですけど」
「うん、ちょっと本業が忙しくってね
3週間休みなしで、やっと明日休みなんだ
お姉さんも休みならデートに誘おうと思ったのになぁ」
「なっ」
「なんて冗談だけどね
あっお姉さん本気にしちゃった?
耳まで真っ赤になってるよ
かわいいねぇ」
「っ…
きょうは帰ります!」
からかわれてるだけと分かっているのに、ちょっと優しくしてもらえたからって変な期待をしてしまったのが恥ずかしい
もしかしたらなんてバカげた夢を見てしまった
もうお店に来るのもやめよう
帰ろうとしたら、腕を掴んで引き止められた
「…きょうは帰ります」
「からかってごめんね
帰らないで
お姉さんとデートしたいなって思ってるのはほんとだよ」
「……」
「ごめんね
今日だって開けるつもりなかったけど、お姉さんの顔が見たくて開けに来たんだよ」
「……コーヒー1杯だけ飲んだら帰ります」
「やった!
すぐコーヒー入れるね!
フルーツサンド買ってきてるから一緒に食べよう」
あんな捨てられた子犬みたいな顔されたら無視して帰れない…
絶対自分の顔がいいのわかっててやってる
恐るべしイケメン
先に食べ始めていいと渡されたフルーツサンドは水色に薔薇の描かれた包装紙に包まれていた
高級フルーツパーラーのやつじゃん!
めっちゃおいしいやつじゃん!
めちゃくちゃおいしいけどお高いので、たまのご褒美にしか買えない安月給な社畜には高級品だ
食べだしたら止まらなくなりそうなので、さとるさんが来るまで待っていよう
「おまたせー
先に食べててよかったのに」
「せっかくなんで待ってました
1人で食べるより一緒に食べる方がおいしいんで」
「ふふ、お姉さんは優しいね
じゃあ食べようか」
「はい、いただきます」
おいしいー!
久しぶりだし、疲れた体においしい果物とクリームの甘さがしみる
気がつけば、またさとるさんがニコニコしながらこっちを見ている
恥ずかしいので、本当にやめてほしい
「食べないんですか?」
「んー?食べるよ
お姉さんがうれしそうに食べてくれるから、かわいいなぁと思って見てたんだ」
「…またそうやってからかう」
「からかってないよ
ほんとにうれしそうに食べてくれるから、お姉さんが食べてるの見てるの好きなんだよ」
…勘違いしそうになるので、本当にやめてほしい
誰にでもこうやって甘い言葉をかけるのだろうか
だとしたら、かなりタチが悪い
ふとさとるさんの方を見るとコーヒーに角砂糖を入れていたが、その数が尋常でない
「砂糖いれすぎでしょ!?」
「え?いつもこれくらいだよー
きょうは疲れてるからちょっと多めかなぁ
脳をフル回転させてるからさ糖分が必要なんだよねぇ」
笑いながら死ぬほど砂糖を入れたコーヒーをおいしそうに飲んでいる
大丈夫か、この人
「ここのフルーツサンド好きならフルーツパーラーも行ったことある?」
「ないです
安月給なんでフルーツサンドもたまのご褒美にテイクアウトするくらいで」
「甘いもの好きでしょ?
フルーツパフェとかもおいしいんだよ
今度予定合えば一緒に行こうよ」
「…そのうちに」
「あっ本気にしてないでしょ
ほんとに行こうよ
おすすめのスイーツ食べ歩きデートしようよ」
「…考えときます」
「ほんとに予定合えば一緒に行こう
おいしいとこいっぱいあるからお姉さんに食べて欲しいな
あっ明日の仕事って何時に終わるの?」
「んーたぶん夕方か夜かなぁ」
「じゃあ明日はダメだね
ねぇ明日のお昼はここで食べなよ
お姉さんのために特別に開けとくからさ
おいしいパンケーキ用意して待ってるから来てよ
ね?いいでしょ?」
こっちをじっと見つめながら、そんな事言われたら絶対に嫌って言えない
イケメンの圧ってすごい…
「…12時くらいに来られるかわからないですけど、それでもよければ」
「やった!
大丈夫!準備して待ってる」
「でもせっかくの休日なのにいいんですか?
彼女さんとかと会ったりしなくていいんですか?」
自分で言っといて胸がチリチリと痛む
こんなイケメンなんだから彼女の1人や2人くらいいるだろう
どうせ私なんか物珍しさにからかわれてるだけなんだから傷つけられる前に逃げる理由を探そう
「彼女なんかいないよ
忙しくって彼女なんか作る暇ないんだよね
だから気にしないで明日来てね
待ってるからね
約束だよ」
悪戯っぽく微笑んで小指を差し出される
思わず小指を差し出さし返して指切りさせられてしまった
その後はたわいのない話をしつつフルーツサンドを食べて駅まで送ってもらった
なんだフワフワしてしまって、せっかくのフルーツサンドの味も覚えてないし
別れ際に抱き寄せられて、おでこにキスをされた
どちらかと言えば背は高い方だが、さとるさんの胸の中にすっぽり収まってギュッと抱きしめられた
細身に見えるけど着痩せするのか、ガッシリとした腕に厚い胸元
それにすごくいい匂いがした
「お姉さん、ちっちゃくてかわいいね
あした待ってるからね
気をつけて帰るんだよ
おやすみ
ちゅっ」
改札に入った後も見えなくなるまで見送ってくれた
どうやって帰ってきたのか覚えてないし、気がつけばお風呂に入ってパックまでしていた
明日どんな顔して行けばいいんだろ
…期待していいんだろうか
とりあえず明日も仕事だし早く寝よう!
そして早く仕事終わらせて早く帰ろう!
……もしかしたら、さとるさんとパフェ食べに行けるかもしれないし
そんなバカなことを考えて、けっきょくほとんど寝られなかった
寝不足な顔はいつものことだけど、メイクでどうにかならないかと奮闘したり
服もいつもより気合い入れてみたり、無意味に下着も綺麗なものにしたり…
お昼が近づくにつれ
ちょっと張り切りすぎたかな?
変じゃないかな?
と気になってソワソワしてしまう
12時ぴったりに行くと期待していたように思われるのが恥ずかしくて、わざと13時すぎに来てしまった
さとるさん待ちくたびれてるかな?
看板は出てないけど明かりはついてるから、たぶん開けてくれてる
「…こんにちは」
「いらっしゃい
待ってたよー
あれ?お姉さんなんかいつもよりかわいいね
普段もかわいいけど、きょうは特にかわいいよ」
気合いを入れてきたのがバレてしまって恥ずかしい
穴があったら入りたい
「また耳まで真っ赤にして
ほんとかわいいね
ほら準備してくるから、座って待っててね」
かわいい、かわいいって、かわいいが口癖なのか?
いやきっとそうだ
別に深い意味はないんだ
そんな事を考えながら大人しく座っていると、バターのいい匂いがしてきた
「おまたせー
きょうはシンプルなパンケーキとミックスベリーのパンケーキだよー
まずはシンプルなのからどうぞ」
小さめに焼かれたパンケーキにバターを乗せた物を持ってきてくれた
パンケーキとバターの香りが最高に好き
「いただきます」
ほんとにおいしい
シンプルに食べるのが、こんなにおいしいのは本当に上手に作ってあるからだ
バターの塩っ気とパンケーキの甘み、そこにメープルシロップが加わるとまたおいしい
ほんとに最高
夢中になって食べていると、またこっちを見てる
「おいしい?」
「…おいしいです」
「よかった
次の焼いてくるね」
ほんとにおいしくって、夢中で食べてしまう
おいしそうに食べてくれるのがうれしいんだろうけど、あんまり見られるのは恥ずかしいのでやめてほしい
コーヒーで口直しをしていると、次のパンケーキを持ってきてくれた
「おまたせー
ミックスベリーのパンケーキだよー」
たっぷりのホイップにイチゴにラズベリー、ブルーベリーを散らしてミックスベリーのソースがかかっていて、とてもおいしそうだ
「いただきます」
甘酸っぱくておいしい!
「おいしい?」
「すごいおいしいです
ベリーソースが甘酸っぱくて、パンケーキに合ってすごくおいしいです」
「喜んでもらえてよかった
あっクリームついてる」
口元についたクリームを指で拭ってくれて、そのまま舐めてた
えっ?今なにされた?
クリーム拭ってくれて、それを舐めた?
えっ?えっ?
焦ってしまって、フォークを落としてしまった
「えっあっごめんなさい」
「大丈夫だよ
焦らないでも誰もとらないから」
新しいフォークを持って来てくれた
焦る原因を作ってるのはあなたです…
せっかくおいしいのにドキドキして味がわからなくなってしまった
もったいないなぁと思いつつ完食
「ごちそうさまでした」
「ほんといつもうれしそうに食べてくれるから、作りがいあるよ
これいつもの差し入れ、まだ仕事残ってるんでしょ?」
「いつもすいません
まだもうちょっと残ってるんで、がんばります」
「何時くらいまでかかりそう?」
「遅くても夕方には終わりそうです」
「がんばってね」
そう言って、いつものように店の外に出て見えなくなるまで見送ってくれた
さすがに日中には、抱きしめてくれないのかと少しガッカリした
バカなことを考えてないで早く終わらせて帰ろう
だいぶ進んだので、さとるさんが差し入れにくれたカフェオレとカップケーキでおやつにする
きょうのスリーブには何を書いてくれてるんだろうと、見てみると
終わったら連絡してね
デートしよう♡
五条悟 090××××……
電話番号とメッセージにハートが飛んでるウサギが描いてあった
えっいや冗談にしてはキツい
……これは本気にしていいんだろうか
さとるさん、五条悟って言うんだ
その後すごいスピードで仕事を終わらせて、念入りにメイク直しをして、電話しようとするが
通話ボタンが押せない
どうしよう、またからかわれてるのかもしれない
でも本当に誘ってくれてるのかも
グルグル悩んでいてもしょうがないし、直接お店に行った方が早いと自然と走ってお店に向かった
「はぁはぁ……こんばんは」
「あっお疲れサマンサ!
なぁにお姉さん、僕に会いたくて走ってきたの?
電話してくれたら迎えにいったのに
ほんとにかわいいねぇ」
そう言って抱き寄せられ、また胸の中におさめられてしまった。
「そういえばちゃんと名前聞いてなかったね
僕は五条悟
お姉さんは?」
「私は……」
Fin