夜食余話「山姥切は顕長に会ったことがあるか」
「は? また何なのかな藪から棒に。あるよ。当然だろう、下賜されたんだから」
夜食のかきたまうどんをレンゲにすくいながら訝しむと、国広はもにょもにょと理由を説明した。かいつまんで言えば、昨日の打刀飲み会でふと思うところがあったらしい。
そういえば、割と元主人を覚えている者が多いから、その自慢や思い出話に花が咲いていたんだった。けれど国広は酒をのんで饒舌になるでもなく、普段の寡黙さそのままにおとなしく相槌を打ってばかりだった、ような。
「俺はほとんど覚えてないないんだ。手にとってもらったのは、確かなんだが。面立ちなどほとんどおぼろげでな」
「だろうね。打たれたばかりでおぼろげに覚えてるだけでもマシなほうじゃないかな」
なぜなら付喪は100年経たないと宿ることはないのだから。
「うん」とひとりごちるようなつぶやきを聞いた後、2人してしばらくつるつるハフハフと黙ってうどんをすすっていたが、国広はふと箸をとめてためいきをついた。片栗粉入りのとろとろたまごあんが熱すぎたのかと思ったが、そうではなかった。
「……役に、立ちたかったな」
ほつりとそうもらして、みつばの散ったうどんを見下ろす。
「へーえ……」
「む。なんだ」
なんだも何も。かわいいところがあるじゃないかと思ったのだ。だってそれは紛れもない愚痴、あるいは弱音であったから。
こいつはーー国広は小田原の籠城戦が始まり、負け戦の空気も濃くなってきた最中に他ならぬ顕長の命によって打たれた。なのに、いろいろと時勢と状況にめぐまれなかったこともありほとんど一緒に戦場に出ることはなかったーーと、俺は記憶している。そして小田原での敗戦後に顕長は没落し、その浪人生活の流れで国広を手放したはずだ。
そこにきて、昨夜、他の刀たちが元主人との武勇伝や思い出について誇らしげに懐かしげに語っていたのを聞いていて色々と思うところがあったのだろう。
その感傷を、一日経ったいまごろこっそりここでうどん食いながら吐き出しているのだ。鈍感なのか意地っ張りなのか。それもまた、かわいいと思ってやらないこともない。だから。
「お前にも、顕長のためにできたことはあったんじゃないかな」
「本当か? どんな?」
しんきくさいうつむき加減だったのが、たちまち目に光が戻って姿勢が前のめりになる。普段ならうどんがのびるまで焦らしてやることろだけれど、その単純さに免じて今夜は「待て」を省略した。
「お前の銘。顕長の名と、生きた証を伝えてるだろう。やつがこの世から消えたあとも、ずっとね」
国広はまじまじと俺を見ていたけれど、自信なさげに首をかしげた。
「それは、役に立ってると言えるのか……?」
「さあね。だが顕長はお前を墓まで持って行かずに、世に残すことを選んだ。もちろん、金子を得るために手放したのかもしれないが。自分の名がお前とともに世に残るように、と願うきもちも多少はあったんじゃないかな。知らないけど」
「……そうだろうか。そして知らないのか」
「言うまでもないけど、直接語らえたわけじゃないから。けれど少なくともあの男、自己顕示欲は間違いなく強いと思うね。そうじゃなきゃ、仮に刀工の国広の発案だったとしてもこの俺の裏表にあんなにびっちり謂れを銘打ちさせないだろ」
「……!」
歴史検証物として価値が上がったから結果オーライとしても、あの頃は他人の名前が入った刀よりは無銘の方がありがたがられたし、いくらなんでも字数が多すぎでどうかしてると当時も今も変わらず思う。歌仙にいわせれば詳細なのはいいが雅さには欠けるところだし、なんというか、執念すら感じる。
「足利に身近な大名として強力だった武田があっさり滅亡して、その原因となった信長もほどなくして明智に打たれ……、有力大名と称された者すら明日をも知れないような乱世だった。北条についたはいいが顕長も、もしもの事態は常に考えていただろう。だったらせめて、俺たちが他の誰かの手に渡ることになっても、自分の物だったことがちゃんと伝わるようにと願ったんじゃないかな。無銘のままにして金銭的価値をあげることより、それを望んだんだよ。多分ね」
国広はかしこまって俺の話に耳を傾けていた。俺が再びうどんに箸とれんげを落としたあともしばらくじっと何やら考えていたようだったが、やがて「そうか」と口を開いた。
「だったら俺は今も、顕長の願いを叶えている最中なんだな」
ほのかに微笑んで、安心したように箸を持ち直した。
こんな一言二言くらいで浮上できるなんて、やっぱり単純なやつだ。それに今夜は朴念仁くんの仏頂面が柄にもなくやわらいでいるのが面白くて、もうひとつつきしたくなる。
「あれ? お前は今は主人の刀で、大事なことはそれくらいじゃなかったのかなあ?」
「なっ?! ……うるさいな。それとこれとは話が別だろ」
「そうかな。別じゃないし矛盾してるよ」
「励ましたいのかからかいたいのかどっちだ」
「二者択一なら断然後者だね」
「そのうどん。作ったの俺だぞ」
「だからなんだというのかな? 敬愛すべき本歌への貢ぎ物なんだろう。食べてあげるよ。で、主人の話だけど、元主人と今の主人、どちらを慕っているのかなぁ?」
「おまえというやつは」
性格わる、と拙いにもほどがある憎まれ口を叩いた国広は、以降は黙々とうどんをすするのに終始していた。そのふてくされた表情を眺めながら賞味した残りのうどんは、ぬるみ始めていたにもかかわらず食べ始めたときよりもおいしく感じられた。
普段は、ほどよく距離がとれて素直に慕ってくれるよその国広ばかり可愛がっているけれど。
うちの愛想がなくてぶっきらぼうでクソ生意気な国広も。
こうしてごくたまーーーーーーーーーーには、かわいいこともあるのだ。たまにはね。