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    そのこ

    @banikawasonoko

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    文責 そのこ

    以下は公式ガイドラインに沿って表記しています。
    ⓒKonami Digital Entertainment

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    そのこ

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    SP準拠でオデッサとビクトール。髪を伸ばすといえば願掛けでは。という素直な発想。

    #幻想水滸伝

    2025-05-18


     別に理由はあんまりない。砂漠を越える時に切ったりする余裕があんまりなくて伸ばしっぱなしにしといたら括れる長さになったからそのままにしているだけだ。
     朝ひげを当たるついでにちょこっと括る程度だから面倒でもないし、短いころよりも適当に出来ている気がする。前髪だけは邪魔くさいから切ってるけどこっちは自分でできる話だしな。
    「何かお願い事でもあるのかと思ってた」
     朝、洗面所で顔を合わせたオデッサが長い髪を丁寧にとかしながら言った。お嬢さんの感性だとそうなるんだろうな。
     綺麗なブラシでゆっくりと長い髪を撫でていく。時折止まって、もつれた部分をほぐす指先もちゃんと整えられていて、このお嬢さんが本当ならこんなところにいるはずもない人間だという事なんて見ればすぐに分かった。
     趣味の悪い結婚式も飛ばされた男の首も、オデッサがそれを見てしまったことも、血染めドレスも全部見た。この娘だけでいいから助けてくれっていうのが、首のとんだ男の最後の依頼だったからだ。
     一通り逃げて、嘆いて、それでどうすんのかな、と思っていたら、男の遺志を継ぐのだという。
     それこそ、願掛けが必要そうなお願いだ。赤月帝国はたしかにガタガタだけれども、それでも巨大だ。倒すったって並大抵じゃないだろう。
    「あんたとはちょっと違ってね」
     オデッサは手も止めずに、俺を見てニコリと笑った。口を閉じて、口角を上げて、目を細める、上品な仕草。思考をその裏に隠す笑みだ。
    「私も伸ばしたほうがいいかしら。ありがちよね、願いをこめて髪を伸ばすの」
     すっかりほどけて素直に指先から落ちる金の髪は、朝の光にすけて淡い赤色にも見える。オデッサはまだ、熱心に髪をくしけずった。黒いブラシが金の色を撫でていく。
     綺麗な髪だから、きっとあの男もたいそう愛しただろう。いつまでこの髪の美しさが保たれるかは分かったものじゃないけれど。
     オデッサはあの男の理想を引き継いだ。その道は修羅の道だ。全部忘れて目を逸らしたって誰かに文句をつけられる筋合いもない道だ。俺はその道を知っている。
    「ちゃんと手入れしたほうがいいぜ。せっかく綺麗なんだしよ」
     くくったばかりの自分の髪を撫でれば、いつも通りごわごわとした感触があった。昔。そう、昔はもうちょっとまともだったはずだ。目の前のお嬢さんとは言わないまでも、もうちょっとまともに飯を食って、寝て、日々を十全に過ごしていた人間の感触があったはずだ。
     この女は、俺と同じ道を歩もうとしている。
    「願掛けは止めとけよ」
    「あら、そうなの?」
    「傷むぜ。ああいうのはよ」
     伸ばし続けた髪はどれだけ手入れをしようとも傷んで行くのを避けられない。こんなに綺麗な髪が、どんどんくすんで、寄れて、絡まっていく。自分がどれだけ損なわれたか、その証拠を目の前に突きつけられる。
     オデッサはいい女だ。これから山と辛いことがあるだろう。そのうちの、いらぬ荷物が増えるなどつまらないじゃないか。
     オデッサは最後に毛先を整え、ブラシを置いた。窓から差し込む光が小さな頭に丸く光の円をつくっている。
    「傷んでこそじゃないかとも思うのだけれど」
     低い声。どんな顔をしているのか、光をすかして赤い髪の向こうではよく見えない。言葉を重ねようとして、オデッサが笑った。
    「フリックがね、言ったの」
     突然出てきた名前に、面食らった。俺にだって何も言えないのに、あいつに何が言えるものか。それでもオデッサは、なんだか楽しそうだ。
    「そんなことで願いが叶うならみんなやってるって」
     だから意味がないんじゃないかって。
    「あいつさあ、もうちょっとデリカシーってもんを覚えたほうが良いぜ」
     何か印がないと動けない人間のほうが多いから、こういう目に見える約束事がいるんだよ。あのクソガキが。なんにも分かってねえ。
     オデッサがそれでも楽しそうに笑うから、なんだか毒気が抜かれた気分だ。撫でたせいで乱れた髪をもう一度、なんとなく今度はいつもより丁寧に結びなおす。
    「綺麗なままじゃいられないでしょうけどね」
     鏡に映った自分を見て、オデッサは呟いた。少女めいたその容貌の、瞳だけがひどく冷たくて、それだけで十分過ぎるほど、お嬢さんについた傷の大きさなど分かるのだ。
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