2025-04-15
「ポールの奴が死んだってホント?」
「ああ」
皆が集まる天幕のほうからぶらぶら歩いて、俺のそばに座り込んだビクトールさんはそう重々しく頷いた。
胸がずんと重くなった。俺たちが負けるわけないだろ、と笑っていたのが俺の記憶の中で最後だ。
俺たちは負けたんだって。砦は焼けてしまって、いっぱい知ってる人が死んだ。俺はハイランドのやつらが攻めてくる前に砦から出されちゃったから何にも知らないけど、背後に回られてやられちゃったんだって。
だから俺たちはミューズまで逃げている。時々、一日ほど立ち止まって砦に残ったやつらの合流を待ちながら、少しずつミューズに近づいていた。
本当は小さい子はみんな先に行けって言われてたけど、俺はタイラギが来たからもう先輩なのだ。タイラギより先に安全なところにいるわけにはいかない。タイラギの姿は見えないが、死んだところも誰も見なかったらしい。シロと一緒にいますよ、とキニスンが言っていたからそういうものなのかもしれない。
今はトトの町があったあたりで立ち止まっている。トトから少し離れた小さな丘の上に天幕を立てて、皆が合流するのを待っているのだ。
最初の頃こそ、怪我をしたやつらがたくさんいて、その治療で走り回っていたがそういう奴らはそろそろいなくなって、自分の足で歩けるやつらが三々五々集まって、ビクトールさんの指示のもと天幕に留まったり、ミューズへ行ったりクスクスに向かったりしているのを眺めている。
トトの街を二人で眺める。夕方の風がひゅうと吹き抜ければ、気のせいかもしれないけど焦げ臭い匂いがした。建物と人の焼ける、嫌なにおいだ。トトでもリューベでもたくさん人が死んで、建物が焼けたらしい。女の子が一人だけ生き残って、砦に連れてこられてた。あの子も無事かな。無事だといいな。
いっぱい人が死んだんだ。あの子一人ぐらい、見逃してくれてもいいよな。
ざわざわと風で草が鳴る。
その音に隠れるみたいに、ビクトールさんがため息をついた。
「怖い目に合わせて悪かったな」
呟かれた言葉に、俺は思わず横の太い腕を肘で小突いていた。怖い目にあったのはポールとか死んだ奴らだ。俺はただ、安全なところに逃がされただけ。ビクトールさんだって最後まで戦ったって聞いた。
俺の無言の抗議は、いまいちビクトールさんには伝わらなかったようだった。眉が下がって、心底困ったような顔をしてトトのほうを見ている。
「砦も焼いちまったしな」
「そうしなきゃいけなかったんだろ」
ビクトールさんは何にも間違ったことはしていない。
「俺だってやだよ。嘘だって思いたいよ。でも、仕方なかったんだろ」
俺が帰る家だってあそこだった。ビクトールさんもそう言っていた。
でも焼かなければいけなかった。理由なんて知らない。ビクトールさんがそう判断したんなら、そうなんだ。
子供みたいでみっともないと思ったけど、手を伸ばしてビクトールさんに抱きついた。砦に来る前、ビクトールさんがこうして抱っこしてくれて、それが暖かくてすごく安心したのだ。
暖かいと嬉しい。ここは風が吹いているけど、引っ付けば暖かいはずだ。
一瞬だけビクトールさんは体をこわばらせたけど、すぐに笑って背中を撫でてくれた。大きい手だ。初めて俺がもらった、安心の手だ。
ビクトールさんが生きてて良かった。砦がなくなって、ポールも死んじゃったけど、全部がなくなったわけじゃないと何とか信じる事が出来る。ビクトールさんだって、そうだったらいい。
「俺はいるからな」
「はは、頼もしいな」
「おう、なんたって俺は先輩になったからな」
「そうだったな」
勢いをつけて、ビクトールさんは俺を抱えたまま立ち上がった。また風が吹く。冷たい風が吹いてもくっついていれば暖かい。
出来ればそれがずっと続けばいいけれど、そんなことは不可能だと先輩の俺はもう知っている。
「夕飯にするか」
「明日も朝早いもんな」
ミューズに着いたら、反撃の機を伺うのだ。やられっぱなしではおれないと、ビクトールさんはいうから、俺はそうだそうだと拳を突き上げた。