俺は真田さんが好きだ。
詳しく言うと、真田さんと飯を食うのが特に好きだ。
真田さんは今、難しい顔をしてスパゲティを巻いている。
今日の昼ごはんはナポリタンで、ピーマンの緑がオレンジに映えていた。
「もう春っすね〜」
花粉症のニュースがやっていたことを思い出し、そう呟くと数秒遅れて真田さんはこちらを向く。
「む」
「だから、もう春ですね、って」
「ああ、そうだな。梅はもう咲いたはずだ。」
「へェ〜そうなんだ」
向かいの手元ではスパゲティが巻かれすぎてどんどん大きくなっている。真田さんはフォークを抜いて、皿の隅っこでまたスパゲティを巻き始めた。
真田さんはこれが下手くそだった。
俺の皿にはもう少しの麺と、玉ねぎとピーマンが絡まって残っているのみだ。
ようやく良く巻けたのか、真田さんはフォークを口に持っていった。
規則正しく口が動くのを確認して、俺は口を開いた。
「お花見とか行けるといいっすよね」
斜め下を向いていた真田さんの目がこちらに向いて、視線で聞いていることが伝わる。
「どう思います?」
わざと返事を求めるように言うと、真田さんはひたすらもぐもぐ口を動かした。
この人は口にものが入ってる状態で話せないからだ。
話せばいいのに、と俺は学生時代思っていたが、今はもう話せなくていいと思う。
相手から返答を求められているのに、それに答えられない居心地の悪い時間を過ごす真田さんを見るのが好きだった。
この人の不器用な誠実さがよく現れていて、それが真っ直ぐ自分に向けられている。それはとんでもない贅沢のようで、どうにも止められない。土曜の昼、俺は幸せだった。
そんな意図に気づかず、真田さんはようやくそれを嚥下してから言った。
「そうだな、予定を空けられるといいが」
「大丈夫すよ、花見なんて時間自由なんだから」
俺は残りの麺と具をかきこんで、そう流した。ナポリタンは美味しい。ケチャップの甘みと酸味のバランスが良い。
「それもそうか」
真田さんはまたスパゲティを巻いて、食べる。俺はまたそれを見計らって声をかける。
「夜の花見もいいっすよね〜、前真田さん行きたがってたでしょ」
そう笑いかける。目の前の男はまた、居心地の悪い数秒を過ごし、その間少しだけ噛むのを速めたりするのだろう。こうして昼ごはんの時間は伸びていく。
ナポリタンのケチャップの香りが甘く広がる居間で、俺は幸せな気分でじっと黒い瞳と見つめあった。