「報告が遅くなってしまい、すまない弦一郎。今日は新入社員の歓迎会があって夕飯は共にできそうにない。」
今日の夕飯は何がいいか聞いたところ、蓮二が何やら深刻げな顔をして、言いにくそうに口を開くので一瞬身構えたが、なんの心配も要らない回答が返ってきて俺は小さく息を吐いた。
「謝るほどの事ではないだろう蓮二。今日は夕飯はいらないのだな。存分に楽しんでくるがいい」
皿洗いを終えて濡れた手を、エプロンで拭いながらそう返答する。
「しかし…」
やたらと決まりが悪そうな素振りを見て、俺はその手に無理やりカバンを持たせて玄関へ押しやった。
「しゃんとせんか!今日は例の大手へのプレゼンだろう?あと、明日は休みなのだから別に飲み潰れてきても構わないからな」
のろのろと靴を履く蓮二の背中に、そう矢継ぎ早に告げる。
ようやく靴を履き終わって立ち上がっても、その顔は陰りがあるように見えた。こんな程度の事でここまで落ち込まれると、その落ちた肩やしょぼくれた様が変に愛しく思える。
俺はなんとか元気づけに繋がるようなものはないか、と思考を巡らせる。ふと、いつもは向こうからされてばかりのあれをやろうと思い立ち、その頬に軽く唇で触れた。(所詮行ってきますの接吻と言うやつである。)
蓮二は少し固まったあと、ため息を漏らして天井を見上げる。
「お、おい蓮二?」
思っていた反応とだいぶ違かったため、訝しんで彼に近寄ると、突然体をぐっと抱き寄せられて、俺は危うく三和土に落ちそうになった。
「な」
にをする、と声を荒らげそうになるが、その後の言葉は
「俺は酔い潰れたりなどしないからな。」
額がくっつきそうなほどの近さでそう言う蓮二の瞳は、どこか意志の強さを感じさせる輝きを放っている。顔に熱が集まり、頬が火照っている感覚がして、すぐに目を逸らしたいのにその瞳に見つめられると無理な話だった。
「夜は期待していてくれ。」
低い声で囁かれ、俺はスーツに皺が寄ってしまうのを気にせずに思わず布地を引っ張る。
やたらと心臓が大きく聞こえ、さっさと行ってらっしゃいを言わなくては行けない時間であることはわかっているのに、なぜだか腰に回された手を引き剥がすことが出来なかった。
その時、するり、と彼のひんやりしていて滑らかな手がシャツの裾から滑り込み…
「…って、なっ!?…たるんどる!!!!」
たるんどるぞ!!そう言いながら俺はようやくその手を払い除けた。
蓮二は少し考えたあと、わざとらしく咳き込んで額に手を当てる。
「…弦一郎、俺はどうやら熱があるようだ。しょうがない。早急に会社に電話を」
「何度もその手が通用すると思えば大違いだぞ蓮二!さっさと会社へ向かわんか!!」
怒気を孕んだ行ってらっしゃいを投げつけて、扉からやっとのことで蓮二を締め出すと、俺は大きくため息をついた。吐き出された憂鬱を払うように玄関ドアから踵を返すが、頭にはその原因が膨らんで渦巻く。
それ、というのは最近、蓮二と全く同衾出来ていないことである。
行為を拒否されるということではなく、単に互いの予定がとことん合わないのだ。
近頃は蓮二の仕事も立て込んでおり、顔を合わせることも出来ないほど多忙なスケジュールで彼は動いている。
同じベットに入ることも困難な状況でようやく仕事がひと段落つくというのに今度は歓迎会とは、と俺は眉間をおさえた。
弁当に午後も頑張れ、と書いた付箋を貼ってみたり、家に帰ってきても何時間もパソコンとにらめっこする彼に甲斐甲斐しく世話を焼いたり、全面的に仕事を応援する姿勢を保ってきた俺だったが、いい加減会社が憎く思えてきていた。
それにしたってさっきの抱擁は危なかった。抱き寄せる腕の力強さや、囁かれた際に耳元に感じた空気の揺らぎに、思わず会社なんか休め、と口をついて出そうになった。先程は勢いで蓮二を叱りつけてしまったが、そのような邪念が芽生えてしまう辺り、何よりたるんでいるのは己の心に違いなく、苦い思いが込上げる。
本当に辛いのは紛れもない蓮二であることは、理解している。理解しなければならないはずなのに。
心の底で自己嫌悪が首をもたげたが、こんなのではいけない、俺は喝を入れるべく頬をパシッと叩き、冷蔵庫の中身を確認しに行った。
いつも通りの家事をこなし、必要物品の買い出しと諸々の用事を外で終わらせてくると、思ったより時間がかかってしまい、帰り道には空がうっすら橙色に染まっていた。
そんなことあるはずないとわかっているが、蓮二が帰ってきてはいないかと淡く期待しながら、ただいま、と声を上げて玄関のドアを開ける。しかし、俺を出迎えたのはしんとした空気と、すっかり暗くなったリビングだった。
ふ、と息と同時に外れた期待を吐きだして、食料の入ったエコバッグやら郵便受けに溜まった資料やらをダイニングテーブルに置き、手を洗いに行く。買ってきたものを冷蔵庫や定位置に仕舞って、カーテンを閉めると、なんだか手持ち無沙汰になってしまった。しかし、少しでも思考を休ませると、要らない感傷に浸ってしまいそうになる。
そう考えてなにかすることは無いだろうか、と思いをめぐらせれば、そろそろシーツと枕カバーの替え時であることに気づき、寝室へと俺は足を運んだ。
まだ蓮二は帰ってこないだろう。時計を見ながらそう察して、取り替える時間はあるとドアを開ける。
2人分の温もりもすっかりとなくなってしまったマットレスから、シーツを引き剥がそうとするが、何となく虚無感を感じて俺は思わずベッドへと上がり込んだ。適度な柔らかさに身体を支えられながら、ぼんやりと見知った天井を眺める。
俺は何のためにこんなことをしているのだろう。
それは、他ならない蓮二のためだ。
直ぐに答えが弾き出される。
帰ってこないのに、か?
皮肉めいた心の声によって、虚無感の原因に思い当たった。俺はその余りの幼稚さに辟易する。蓮二は帰ってくる。ただ、会えないだけだ。
横向きにごろりと寝っ転がると、隣にぽっかり空いた空間から、彼の存在がないのを尚更痛烈に感じてしまい、それを振り払うようにごろごろと転がってみる。
…とても無意味な行為だ。
ふと我に返り身を起こそうとしたが、その時ふわりとよく嗅ぎなれた香りが鼻を掠める。嗅いでいると落ち着くようなそれに、強く惹かれて何となく同じ場所にもう一度顔を埋めてみると、俺はいとも簡単にその香りの源にたどり着くことが出来た。枕だ。
「んっ、ぅ…は、れんじっ!れんじ、っ…!」
俺は枕に鼻を押し付け、ぬかるんだそこをかき混ぜる。初めはこんなことするつもりではなかったのに、知らないうちに下肢に手が伸びていた。
蓮二、蓮二の香りだ。彼の香りがいっぱいに広がり、脳が全くと言っていいほどまともに機能しなくなる。蓮二には自慰をするなと言われているが、もうそんなのもうどうでもよかった。第一、構ってくれないのが悪いはずだ。どうせ夜まで帰ってこないのだから、これぐらいは許されるだろう。責任転嫁、自己弁護しながらも手が止まらない。
良いところを掠めるとガクガクと内ももが震え、体勢が崩れそうになる。足に引っかかっているだけの下衣と下着がもどかしく、雑に脱ぎ捨てた。
こんなことしても切なさの上塗りにしかならないことがわかっていても何故か辞めることが出来なかった。下半身からぐちぐちと卑猥な水音が鳴る。
「すきっ、すきら、っ、…んッ」
いつも蓮二が突いてくれる場所には指だけでは到底届かない。
彼との行為を知ってしまえば、自慰なんておままごと以下であることはよく知っていたはずなのに。
己の浅はかさに怒りを感じつつも、理性が半分溶けた脳は快感だけ求めて、手を動かすよう司令を飛ばし続ける。
尻を突き出すような体勢で拙く中を弄る成人男性の絵面はどれほど滑稽で猥雑なのだろうか。そんな自身を冷たく嘲笑する自分もいるが、波のように押寄せる快感に流されていった。
あのよく手入れされた長い指先で、いつものように巧みに快感を与えられる瞬間を追体験するかのように、強く頭に彼のことを思い浮かべる。
ベッドライトを消す時の横顔や、パソコンに向き合う真剣な顔付き、今朝俺の事を見つめた瞳が混ざりあって、ようやく絶頂に上り詰めてゆく。待ち望んだ身体が熱く燃えるような感覚に、段々頭が真っ白になる。
「ぐっ…ぅ、イくっ」
「待て」
「んぅっ、?!」
予想外の情報の介入に、快感が突如として失われる。手を引っ張られ、ずるりとぬるついた指が外気に晒された。
急に人が現れたことに思考が固まる間もなく、俺はすごい力で仰向けに押し倒される。鈍い音と共にベッドに沈んで、手首をシーツに縫い止められた。
「懸命に旦那が職務を全うしてきたというのに、出迎えも無いのか?」
俺を押し倒したのは紛れもない、先程まで俺が色濃く脳裏に思い浮かべていた人物、柳蓮二当人であった。
普段柔和に細められる切れ長の目は、鋭く妖しい光をもってして俺のことを激しく射抜く。口は緩く弧を描いているが、俺にはそれが何故か恐ろしくて堪らない。
焦がれるほどに待ち望んだ存在であったはずなのに、いざ目の前にいるとなると今は最悪の状況に思われた。驚きと物凄い羞恥で思い出したようにバクバクと心臓が波打つ。蓮二の表情からは思考が読めず、何か言わなければと思うのに声が出ない。
「かっ、歓迎会は…」
ようやく絞り出した俺の声は掠れて情けなく震えていた。
「途中退席した。」
言葉尻を切り落とすかのような返答に、思わず口篭ってしまう。
「…いつ帰ってきたのだ」
「そんなことを知って何になる?」
蓮二は絡みとった俺のふやけた指先を口元に引き寄せ、舌を這わせた。
思わず手を引っこめようとするが、掴まれた手首は離されず指に熱い吐息となぞられる感覚が与えられる。これから何が行われるのかさっぱり予想がつかない。俺は逃げることも謝ることも出来ずに、その感覚を享受するしか無かった。
「お前に快感を与えるのは例外なく俺でありたい。」
緊張感のある空白が途切れた。教科書でも諳んじるように、流れるような速度でありながら、その部分にマーカーが引かれているような言い方で蓮二はそう言った。
同時に手が離されて、強ばっていた身体の力が抜ける。
「ちょうど今から2年と7ヶ月前、結婚に則して提示された俺の身勝手な欲求をお前は肯定し、今日まで遵守してくれた。」
俺は突如として始まった思い出話に狼狽した。しかし、その話をしたのは確かに記憶に残っていた。駅前の喫茶店、窓辺のボックス席でそう語る蓮二のどこか必死な、しかし真摯な瞳が頭に映し出される。
「弦一郎、お前は慈悲深く、また潔癖なまでに真面目で義理堅い男だ。俺はそんな所を愛し、信じていた。しかし、それは俺のエゴだったのかもしれないな」
俺の輪郭を耳の下から顎まで、指先で慈しむように辿りながら蓮二はそう言って、寂しそうに笑った。
その瞬間、俺は目の前の男の中に渦巻く感情の大部分が、怒りではなく哀しみであるということに気がついた。蓮二はこれほどまでに俺のことを高く評価して信頼し、愛を注いでくれていたというのに、俺は自己の穢らわしく浅ましい性欲と軽率な行為で、それを容易く踏みにじってしまったことを理解した。羞恥やきまり悪さといった雑然とした感情は今や流され、酷い罪悪感と身勝手な哀しみで、胸がしくしくと締め付けられるように傷む。
「蓮二…」
「その上俺がお前を満足させられていないのだから、こんな決まりは破棄した方が良い。今まで理不尽に縛り付け我慢をさせてしまい、申し訳無かった」
背中を支えてゆっくり抱き起こされる。鋭さが消え、慈しみばかりが宿るその瞳と、その手つきの優しさが、俺の胸をさらに締め付けた。
「違う、違うのだ」
「弦一郎?」
「悪いのは、俺の方だ。」
吐く息が震える。
「俺にはもう、謝る権利すら無いと思うが言わせて欲しい。すまなかった。2人で決めた決まりを破り勝手に身体を慰めて、あまつさえそれをお前が家に帰って来ないせいだと責任転嫁してしまった。」
蓮二は俺の目を見て少し息を詰まらせた後、気にするな、と髪を梳きながら言ったが、俺はそれを振り切るように顔を上げた。
「お前の深い信頼に、愛に報いたいのだ。もう一度チャンスをくれないか?」
よほど様子が切羽詰まって見えたのか、蓮二は最初唖然とこちらを見つめたが、やがて口を開いた。
「待て、弦一郎。決まりを破ったとて、失望なんかしていない。俺は優しさにつけこんでお前の欲求や意思を軽んじた。その挙句、勝手な理想を押し付けていた自分に気づき、どうしようもなく嫌になっただけだ。」
蓮二は物分りの悪い子供を諭すように言った。
「だからわざわざ、また俺のエゴに縛られる必要は」
「そうだとしても」
食い気味な俺の言葉が部屋に転がる。
「そうだとしても、お前が俺の自由を望むのと同等かそれ以上に、俺はお前の気持ちが満たされることを望んでいるのだ」
強く拳を握ると、爪が掌に刺さった。
「俺に出来ることならば、やらせて欲しい。今度は必ずや、お前の期待に応えてみせよう。」
「は、はは」
蓮二は目を丸く見開きながら、途方に暮れたように笑った。
「お前は本当に」
そう言いかけて、俺をじっと見つめる。光源が廊下からしかないため、いよいよ陽の落ちた薄暗いベッドの上では蓮二の表情をよく読み取ることは出来なかった。
「蓮二?」
「いや、弦一郎がそこまで言うのなら、仕方がないな。でも一つだけ、そんな事しなくても、また結果がどうなっても俺はお前のことを愛しているということを、覚えておいてくれ。」
蓮二はそう、歯の浮くようなセリフをごく自然に、真剣に言ってのける。俺はむず痒く思いながらも、彼の気持ちが身体に染み渡るのを感じた。
「そういえば弦一郎」
「なんだ」
はっと思い出したような声に、反射で顔を上げる。
「さっきイき損ねてしまったから、身体が疼くんじゃないか?」
蓮二は俺の耳に口をよせ、声を潜めてそう言った。
「なっ!?ッ」
蓮二は俺の服の裾から下腹部に手を這わせて、掌で静かに押した。俺は意表を突くような言葉に身を固くしたが、その刺激により何故か力が抜けてしまった。
耳元に残る熱い吐息と、同じ間隔で下腹に与えられる圧迫感で、思考が段々とぼやけていくのが分かる。蓮二の手つきは優しいが、情事を色濃く思い出させるようなそれは、半端に熱を持った身体に毒だった。
太腿から首筋、腕とぞわぞわした感覚と同時に肌が粟立ってゆき、身体中が甘い快楽の気配に包まれる。いつの間にか息は乱れて、は、は、と俺の呼吸音だけが変なくらい静かな部屋に響く。
「、ッ~~♡!?」
ぐ、と一際強く押し込まれた時、閃光のように甘い痺れが走り、思わず俺の腹部を圧迫している蓮二の手を縋るように掴んだ。
「どうしたんだ、そんなに内腿をすり合わせて」
「はっ、ぁ♡…待ってくれ、少しっ」
俺は自分の体がこんなひどく単調な刺激で、性的興奮を呼び覚まされたのが信じられなかった。混乱した脳と呂律の回らない口で言葉を何とか紡ぐ。
「質問をされたら答えるのが筋だろう」
「ぐっ、ぅ♡!?」
予想だにしない下腹部への圧力に、また目の裏で星が瞬く。
その瞬間これまでの蓮二とは何かが違うことに、俺は今更気づいた。
「身体が変、だからだ。それをやめて、っくれないか?」
「甘イキ出来たようだな。勃起しているぞ、弦一郎。」
蓮二は俺の言葉など聞こえていないかのように、続ける。
「う、そだ」
「ほら」
ピッ、と軽快な音が鳴って、陽が落ちた為にすっかり暗くなっていた部屋に、人工的な光が満ちる。俯いていた俺の視界に自分の陰茎が写りこんだ。硬く屹立し、尿道から零れた粘度のある汁が光を照り返して厭らしく光っており、その光景の淫靡さに背筋がかっと熱くなった。目の前を見ればシャツとスラックスを乱れなく着て、こちらを平然と眺める蓮二と目が合う。このような雰囲気の時に、互いの顔や身体をここまで明瞭に見ることなんて、今まで無かった。
俺は湧き上がった激しい羞恥の感情と、血の気が引いて体温が下がるような心地に耐えられず、衝動のまま照明のリモコンをその手から奪い取ろうと手を伸ばす。
「ずっと思っていた。」
そんな感情に身を任せた単調な行動パターンは既に読まれていたのか、あっさりと手を避けられて、蓮二はリモコンを真後ろのクローゼットへと放り込む。
「俺と交わっている時のお前の筋肉の収縮を、皮膚の上を流れる液体を、移りゆく表情を、余すことなく知ることが出来たらと」
俺は為す術なく、少し浮かせた腰をベッドに下ろした。蓮二の腕が伸びてきて、器用に身につけているシャツのボタンが外されていく。目の前の男が全く衣服を脱いでいないというのに、これ以上あけすけに己の身体が晒されるなんて、耐えられない。そう思った俺は咄嗟にその手を振り払おうとしたが、触れる前に名前を呼ばれて、空中でピタリと止まる。
行動を窘めるために発されたそれは、尖った音では無いのに従わなくてはならないような心地がして、そろそろとベッドへ手を下ろした。これではまるで夫婦ではなく飼い犬と主人のようだ、と恥ずかしくて決まりが悪くなる。顔を見ることが出来なくて、目線を落とす。
「美しいぞ、弦一郎」
感嘆の息と共に吐き出されたその言葉に、顔をしかめる。
「…嬉しくない」
仕返しのように不機嫌に答えれば、戯れと捉えられたのかひっそりと笑われた。
蓮二はシャツを俺の体から抜き取った後、胸元から下腹部へ、筋肉のおうとつをなぞっていくように、指先を滑らせた。その繊細な刺激のこそばゆさと、もどかしさで思わず呼吸が止まる。
空気にそぐわないほどに明るい部屋は、平日の昼下がりのような健全さを醸し出し、己の硬くなったそれへの罪悪感で心がざわついて落ち着かない。目の前の男に全てが見られていると思うと尚更、いたたまれない気持ちが胸の内で膨らむ。しかし、それと同時に仄暗いような別の感覚が芽生えているのを俺は心の遠くで感じていた。
「ふふ、期待しているようだな」
「ひっ!?」
蓮二は蜜を零し続ける俺の尿道口を親指で抉るように刺激した。急な痺れるような快感に思わず身体が震える。
「こっちも張り詰めて辛そうだ。俺のためにこんなにも我慢してくれたなんて、本当にいじらしい…」
同時に陰嚢の状態も確かめるようにまさぐられて、声が漏れる。
見られている。すべて。蓮二の視線が注がれていると言うだけなのに、その場所だけ腫れたように熱を持つ。見られているという事実が先程まではただただ苦痛だったはずなのに、あっという間に興奮材料にすげ変わった事実に困惑する。しかしそんなことに気を取られてる間もなく、裏筋まで強く擦り上げられて、目裏の白い煌めきが大きくなった。思わず腰が揺れてしまい、蓮二の手に陰茎を押し付けるようにしてしまってることに、気を回す余裕すらなかった。確かにそこは、もう限界だった。
「イキたいか、弦一郎?」
「は、っ、ぁっ」
射精の快感を仄めかす言葉に、それしか考えられなくなる。羞恥を置き去りに、俺はその甘い言葉に縋るように、必死に首を縦に振る。
「わかった。していいぞ」
来る、そう思った瞬間にそこから手が離されて、目の前にあったはずの快感はさざ波のように遠ざかっていった。その喪失感ともどかしさに絶望を覚えつつ思わず蓮二の方を見ると、彼はベッドについていた俺の手を導きながら言った。
「前でしてるところを見せてくれないか」
「な、何…?」
俺は思わず耳を疑った。しかし、聞き間違いではなかったようで、目の前の男は主張を変えることは無いと言ったような堂々たる態度だ。
「俺がしていたようにするだけだ。男なら誰だってできる」
その芝居がかった台詞と表情から、俺は蓮二が確信犯であることを理解した。
中学生の頃、俺が夢精に悩まされていると打ち明けた日から、蓮二は処理を手伝ってくれていた。蓮二の手淫は俺のいい所を知り尽くしたように巧妙で、弱火にかけられたように快感が沸き立って来る感覚に中毒性すら感じた。後孔の内壁を抉られながらのそれは、涙が溢れるほど気持ちがよく、俺はいつしかナカを弄らずに絶頂を迎えることは出来なくなっていた。
蓮二はそれを知っていて、その上でやって見せろと言うのだ。思わず蓮二を睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風である。
俺は腹を括った。自分の、まだ硬いそれを握って、ぎこちない手つきで上下に扱く。そう、蓮二の言う通りこのような行為はどのような男性でも至極当然に行うものであり、いくら後ろで快感を得ることを覚えていようが、俺にできない道理はないはずだ。人間の身体の作りからして陰茎を刺激し続ければ、射精に至るのは間違いない。明るい照明の下で、俺は見よう見まねのそれを続けた。
「は、っぅ…んっ」
後孔が酷く疼いて、先程撫でられた下腹部にじくじくと熱が集まる。待ちきれないように腰が揺れるが、肝心のそこは全く射精の兆しが無かった。
「ど、どうして…っ」
「刷り込みとは怖いものだな」
我慢汁に塗れつつも、すっかり萎えてしまったそれに蓮二は手を伸ばして握りこんだ。
「っ、ぅ♡!?」
「人間と言うものは複雑で、身体に同じ刺激をただ与え続ければ、同じ結果がいつも得られるという訳では無いのだ。EDなど生殖器の障害は心因性のものも少なくない。」
流し込まれる蓮二の声とぐちぐちと響く水音が脳を混乱させる。亀頭全体を掌で撫でられるように擦られて、忘れていた快感が背中をかけ登った。奥が熱くうねった感覚に、太腿が震える。思わず左手を強く握ると、手のひらに爪が食い込む。
「ふ、っ〜〜ッ♡♡!!」
「弦一郎、元テニスプレイヤーならわかるだろう。心と身体は密接に関係していることが。俺の長年繰り返された行為で、お前はもう前だけでは絶頂を迎えることは不可能だ」
「!?あ♡、っ、は♡違っ!」
確かに俺の陰茎は痛いくらいに張り詰めているが透明な汁を溢れさせるだけで、精液は出ていなかった。
あまりのもどかしさに腰が揺れて、熱い涙が頬を伝う。
「ならば本当か否か、身をもって確かめるといい」
「う ッ、んっ♡、だしたっ♡はやく、イかせてくれ…」
「俺は別に禁止していないのだから、いつでもイッていいんだぞ」
「ひ、あッ♡!無理、だ♡く、く゛るしッ!?」
蓮二は涙を舐めとるように俺の目元に接吻しながら、手つきは激しさを増して俺を責めたてる。はしたない水音が部屋中に響き、陰茎は赤く腫れてドクドクと脈打っている。しかし、それと比例するように俺の渇きは酷くなった。何度上り詰めようとも、俺の期待をすり抜けて、尿道口が切なく痙攣するだけだった。いつの間に俺の身体はこんな風になったのだろうか。それがいつであっても、今の状況がどうしようもないということは変わりない。
とにかく今はどうしても自分のナカを、蓮二のもので深く、めちゃくちゃに穿たれたくて堪らなかった。
本来自身が持つはずの雄の欲求は満たされているはずなのに、こんなにも空疎だ。そこまで考えて、俺はようやく先程話していた言葉の意味を本当の意味で理解した。
もう限界だ。俺は蓮二の肩に腕を回す。
「蓮二のが、ぁッ、ほしいのだっ♡!!ナカに、挿れて…っ♡」
俺は肩口に顔を埋めて、擦り付けるようにもどかしさをやり過ごす。
「俺のせいでこんなになってしまって…可哀想に、弦一郎」
とんでもなく腰の引けた抱擁に、蓮二は俺の言葉を躱しながら甘いような、しかしどこか硬さを感じさせる声色で言った。かわいそう、という言葉がやけに頭に響く。
弓のようにしなった背骨をなぞられて、変に甲高い声が鼻を抜けた。シャツの肩口はきっと、俺の涙や鼻水でべたべたになっている。
「お前のここは立派なのに、もう雄としての機能を果たせない」
不意にするりと裏筋を撫であげられ、情けない声が溢れた。
「ふっ、う゛♡♡!?」
「敏感で射精が出来ないなんて、まるでクリトリスのようだな」
中途半端な愛撫がまた始まる。決定打になる快感を与えられないまま、期待と予感で身体を炙られ続ける地獄が、どうすれば終わるのか、この行為の意図するものはなんなのか。それぞれ全く検討がつかず、そのことが俺を底の見えない真っ暗な穴蔵へ突き落とされたような心地にする。
核心の縁をなぞるような仕草と、注がれる淫蕩な言葉に耐えきれず思考が濁っていく。脳内でぐるぐると言われた言葉が回る。
「ッれんじ♡!もう、ッ♡許してくれ…♡♡」
回らなくなった口で、何とかこれを止めて貰おうと言葉を紡ぐ。蓮二は少し考えたように間を置いた後、優しく言った。
「許すも何も、責めるようなことは何も無い。何より期待に応えたいと言ったのは、お前の方だろう?」
思わず声を失った。蓮二の言葉は酷く柔らかだったが、冷水のように熱に浮かされた俺をすっかり冷静にした。溶けかけた理性が戻ってきて、俺は情欲に耽ける余り、自分の不義理に気づけなかった事実に、その罪深さに、身体を貫かれた。
そして同時に、俺たちは互いに理想を重ね合う、同じ穴の狢であったことを理解する。蓮二はいつだって俺が拒否すれば、それ以上を求めようとはしなかった。それは彼の優しさと強靭な理性によって為せる技であったことを失念し、蓮二ならば俺の身体を差し出そうといつもと変わらないような行為が行われるのではないかと、どこか覚悟の足りない、甘えた考えを持っていた。蓮二が俺に理想を見ていたように、俺も本当の彼から目を背けていた。これまで我慢と苦痛を強いられていたのは、きっと蓮二の方だったのだろう。或いは彼は今も、その優しさと理性で雁字搦めに縛られているのかもしれなかった。
「っ!?」
快楽に溶けていた身体を奮い立たせ、首に回したままだった腕にぎゅっと力を込めて、顔を引き寄せる。
そのまま数回唇を合わせると、困惑気味だった蓮二のその腕が俺の頭の後ろに回り、接吻を受け入れんとしていることがわかる。塩辛いはずなのに、蓮二とのそれはいつも甘い味がして、身体の切なさが紛らわされる。心に温かなものが広がるのを感じながら唇を離すと、驚いたような顔が目に入った。
「お前はかわいそうだといったが、それはちがう」
唾液で濡れた唇は、やけに滑りが良かった。俺は腰を下ろして、ゆっくり腕を解いた。
「弦一郎…?」
「おれは幸せだ。この身体をもってして、お前のものになれたのだから」
出会った頃から変わらない蓮二の切れ長の、涼やかな目が見開かれる。興奮で潤んだようなそれは、美しかった。電気をつけた蓮二の気持ちが、今ならば少しわかった気がした。
「おれも蓮二のすべてが、ほしい」
覚悟を口にすれば、目の奥がじんと熱く、震える。結局はそれだった。
心を満たしたいとか、気持ちに報いるとか高尚なことを述べてしまったが、その実俺は利己的にも彼の全てを、思う存分ぶつけられたかった。俺のことを誰よりも好いて、何もかも置き去りにしてしまうようなその情熱の胎動を、彼の中にいつもどこかで感じていた。しかし、その激しさの反面、それは俺を傷つけないために蓮二の内面で巧みに飼い慣らされ、理性で覆われ、俺の目に触れることが無い。結婚までして、こんなにいつも近くにいるはずなのに本質は触れられなくて、遥かに遠い。そのことが今更ながらに酷く切なく、虚しく思えた。
「本当に、敵わないな…」
そう静かに呟くと、蓮二は骨が軋むほどにきつく、俺を抱きしめた。抱きしめ返すのも難しいほどのそれに、心の隙間が満たされる心地がする。
「もう耐えられそうに無い」
かけられる体重に沿ってベッドに倒される。軋んだ音が部屋に響いた。
「…本当にいいのか?」
何かを恐れるような口調とは反対に、いつの間にか蓮二の瞳には欲が滲んだような、爛々とした光が見え隠れしている。その激しい光で射抜かれると、体が震えるような心地がした。勢いに任せて目の前のネクタイを引っ張り、額がぶつかるほどに引き寄せる。俺は目の前の男を煽るように言った。
「たわけが、はやく寄越さんか」
「っ…く♡!!もう、嫌だっ、♡♡」
ひく、と横隔膜が痙攣する。陰茎からは勢いなく白濁が押し出されるようにして滴り、ゆったりと続く絶頂感に頭が変になりそうだった。
蓮二に押し倒されてからどれぐらい経ったのか、まるで分からないがナカを弄られて既に数回は射精させられている。腹には粘液が飛び散り、卑猥に艶めいている。
俺は顔中びしょびしょなのも気にせず、頭を振った。正確に言えば頭を振るくらいしか出来なかった。
脳が焼き切れそうな快感から逃げたいがために、屈曲し大きく開いた脚をなんとか閉じようとするが、俺の脚を割開くように座っている蓮二がそれに気づかないはずが無い。ばちん、と高らかに音が響いて内腿に熱いものが走り、俺は身体を慄かせる。
「ひ、ぎッッ…♡!?」
膝の裏を持って支えている手が汗でぬるついて滑った。ひりつくような痛みも、ナカから絶えず与えられる快感に飲み込まれ、大きな甘い刺激の渦になって身体を骨の髄まで溶かしてしまう。太腿を張られて気持ちいいなんて、どう考えたっておかしいはずなのに、腹の奥の痙攣が止まない。
「こら、ちゃんと脚を開いていろと言ったはずだ。それに嫌だなんて…気持ちよくないのか?」
「ごめらさっ♡き、きもちッ!きもち、いい、ぁあっ♡!」
蓮二の指先は、巧みに俺の良いところを捉えてゴリゴリと抉る。その容赦のない手つきに気をやりそうになるが、刺激の緩急や変化で絶妙に引きずり戻されてしまう。この技巧も彼の情報収集癖によって成し得るものなのだろうか。
「ならば嫌ではないだろう?それに久々なのだから、ちゃんと解さなければ危険だ」
「っ、んぅ…♡♡は、はやくして、くれ」
内腿の叩かれた部分の皮膚を優しく撫でられると、鼻にかかったような声が漏れる。
蓮二は少し逡巡した後、確かにこのままでは持たなそうだな、と呟いた。
「ほら、しっかり息を吸って、吐け」
指示に合わせて、呼吸をする。電気ショックでも食らったように自由が効かなかった身体の緊張が、少しづつ解けた。
「上手だな、弦一郎。偉いぞ」
普段だったら馬鹿にするなと一蹴するような、子供でも煽てるような言葉にも、すっかり単純になった頭はじんと多幸感に痺れる。同時に後孔をゆるゆると拡げられるが、前立腺は避けているのか、先程のような激しい快楽に晒されることは無かった。
「そういえば、こっちがまだだったな」
「ッ♡!?」
胸の尖りの周囲を左手の指先でなぞられる。撫でるように触れられているだけなのに、俺のそこはたちまち膨らんで、ぴんと立ち上がった。弛緩していた内壁も思わず収縮する。
「さっき1人でする時、ここも弄ったのか?」
「な、っ!?なにを、ぁっ♡♡」
緩く爪を立てて、弄ぶようにそこを引っかかれると身体の中にぱちぱちと快感の予感が弾ける心地がした。
「こんな風に触れるのか、それとも」
「ッ♡♡」
鋭い痛みが胸に走る。ぎゅっと、乳首を抓るように責められて、背筋が反る。
「こう?」
「そんな、の♡し、してないっ♡!」
「どうだろうな、しかしこっち方が好みのようだ」
確かに中は指を締めつけて、うねっていた。痛い。痛いのにそこがひりひりと熱を持って、快感と共にずっと疼く。やはり俺の身体はおかしくなってしまったのだろうか。煩悶する俺を置き去りにして、酷く虐められてすっかり赤く腫れたそこを、今度は甘やかすように舐られる。
「ぁ、あ♡♡」
まだひりつく敏感なそこを、湿って柔らかい舌で弾かれると、身体中にじんわりとした心地良さが広がった。思わず胸を突き出すように背を曲げて、さらなる刺激を求めてしまう。痛みの余波が甘やかな快楽と同時に溶けだすような感覚がもう一度欲しくてどうしようもなく、もう蓮二の赤い舌に目が釘付けになってしまう。
「これも気に入ったようだな」
満足気に笑う蓮二の言葉に、己の行動のはしたなさに気づいて、きまり悪く背中をベッドに押し付ける。その一方で、濡れぼそった所に発話で生じる空気の揺らぎが、酷く悩ましく感じた。
「そろそろいいだろう」
「んっ」
ずるり、とナカから指が引き抜かれる。その刺激でも性感を刺激され、小さく声が出る。同時に俺は太腿からぬるつく手を離した。蓮二はベルトやズボンなどを取り払い、床に下ろす。金具部分が触れ合う際に鳴る音や、ささやかな衣擦れの音もやたら敏感に耳が感じ取ってしまい、心音が外に漏れてしまうのではないかと言う程に大きくなる。
「弦一郎」
不意に名前を呼ばれて、応える。蓮二は俺の目元や濡れた所をティッシュで優しく拭いながら話した。
「恥ずかしいことに、俺は緊張しているようだ」
驚いて目を開けば、彼は困ったように眉を下げる。ゆっくりと左鎖骨の下に手を伸ばすと、薄い皮膚越しにどくどくと刻まれる鼓動が手の平に伝わってきた。
「お前と漸く交わえると思うと、どうしてもこうなってしまう」
蓮二が自分から弱味を見せるようなことは、珍しかった。これは、きっと俺が欲しがった全ての一部なのだろう。自分に捧げられたそれに、俺は胸の奥が擽られるような、甘やかな気持ちになった。
「気にするな」
言葉と共に胸元辺りに顔を抱き寄せる。
「おれもだ」
きっと、蓮二の耳には俺の心臓の激しい鼓動が直接届いているのだろう。羞恥はあまり無かった。全てを投げ打った、むき出しの気持ちの交換が、心にこれ程の安らぎをもたらすものだと今日の日まで辿り着かなかった俺たちだが、今日知ることが出来て良かったとも思った。
髪の毛が指の間をさらさらと抜けていった。
蓮二は頭を起こして、俺の唇を食んだ。薄く、柔らかな舌が唇を割開いて、口内を探るように動き、俺はそれに応えた。肩を両の手で掴まれ、その情熱的な力の強さすら心地よく感じる。
激しさを増し、学生時代の貪るような口付けに、頭が酸欠の時のように熱くなった。同時に下腹部に粘度を伴った硬いものが擦り付けられ、頭の芯が痺れたように瞬く。その熱さと質量により、身体が急激に官能的な誘惑に投げ落とされるのを頭の端で感じる。蓮二は少し身体を起こし、後孔にそれを当てた。それだけでも甘い気配が背筋を這い登った。
「ずっと、切なかったのだ」
膨れ上がった期待に切羽詰まって、甘い吐息と共に我慢していた声が漏れだした。身体が寒い日のように震えた。孤独に夕飯を食べる居間の静けさ、弁当に貼った付箋、2人で行けなかった映画の半券。全てが頭の中で混濁して、目の前がやけにぼやけた。
「ひとり、まっているのが」
目元をそっと拭われて初めて、涙がこぼれたことに気づく。
「…もうそんな思いはさせないと誓おう」
ゆっくりと内壁を押し広げるように、蓮二が入ってくる。火傷しそうなほど熱いそれがぬかるみの中擦れ合うだけで、俺は甘い電撃に身体を撃たれるように身体を震わせた。
「っっ、〜〜〜っ♡!?」
凄まじい快感の中で宙に浮かぶような心許なさが恐ろしく、蓮二の背中に縋り付く。配慮も気遣いも忘れて、俺は汗で滑る皮膚に爪を立てた。
「っ、痛くないか」
俺の額に張り付いた髪を優しい手つきで除けて、目の前の男は聞く。俺は迫り来る快感に追い立てられるように首を縦に振った。
「きもち、いッ♡!から、ぁ♡」
「ああ…俺も気持ちいいぞ、弦一郎」
圧倒的な質量が、ゆっくりナカを満たしてゆく。息苦しさよりも多幸感が強く、温かな気持ちが心の底から泉のように湧き出た。
指先で嬲られ続け、腫れた前立腺を亀頭で小刻みに揺するように抉られると堪らず、甘い声が零れる。
「そっ、そこ、♡♡!むりっ、だ♡♡」
「ここか?」
擦られる度に快感が蓄積する。服従を示すように、すっかり開かれた脚の指先に力が入って丸まった。
「むり、なのっ♡♡イ、いく゛っ♡」
頭の中が白くなって、今日何度目か分からない精液が尿道を通って迸る。すっかり色も薄まって、そこまで粘度も無い。はっ、はっ、と俺の荒い息遣いばかりが部屋に響く。汗がこめかみから流れる感覚がする。
「我慢した分もっとイッて良いんだぞ」
「やだっ、ッ♡…っ!」
前立腺を越え、ぞりぞりと内壁を擦って奥までそれが挿れられていく。きっとひどく締め付けられているはずが、蓮二は物ともせずにただそれを押し進めた。
「がッ、は、っ!?」
やがて俺の最奥まで、蓮二のそれが届く。内壁が全て蓮二と密着していて、満たされている心地に胸が震えた。
ぬちぬちと硬いので奥をゆっくり捏ねられると、あらゆる思考が押し流されて、強烈な快感に脳内の全てが塗り替えられていく。身体が骨まですっかり溶かされてしまったように力が入らない。口からだらしなく声や唾液が伝って溢れる。
「おぐっ、すごいっ♡」
「柔らかいな…」
何か考えながら発されたような言葉が引っかかったが、頭が上手く働かない。ぐぐ、と行き止まりを更に押し進められて、俺は蓮二のしたがっていることを察し、枕に頭を擦り付けるようにして首を振った。腹が破れるのではと錯覚するほどの圧迫感と怖気に似た、溺れそうな悦楽、それらに対しての恐怖心に頭が染る。
「や、ッ!はっ、入らなっ♡♡!」
「大丈夫だ、っ、俺を信じてくれ、弦一郎」
動きが止まって、固くつむっていた目を開けると、真っ直ぐな眼差しに視線が絡め取られる。耳に残る、切なる響きが胸を甘く締め付けた。
「…っ、れんじ…」
「ココ、力を入れられるか?」
下腹部をとんとんと示され、その小さな衝撃にすら感じ切った身体は細かく震えるように反応した。中でこれ以上快感を拾わない様に、細く息を吸って吐きながら、言われた通りに、腹部にぎゅっと力を込める。内壁が蓮二のそれに吸い付くことで、より温度や質感を生々しく鋭敏に感じ取ってしまい、勝手に蠕動運動が起こる。
「う゛、ッ〜♡」
「出来てるぞ、呼吸は止めずに、続けてくれ」
溶けた頭では愛する人の肯定の言葉が直接エンジンと化する。は、ふ、と下手くそに空気の循環を続けていると、蓮二は俺の膝裏へ手を回し、ぐいっと俺の上半身の方へ押した。背骨が丸く湾曲し、肺の中の空気が押し出される。
「ぐッ♡♡!?、なっ、あ?」
下品に後孔を差し出すような体勢に、困惑で身体を捩らせようとするが、快感で骨抜きにされた身体は言うことを聞かなかった。
その時、蓮二と目が合う。身体には流行病にかかった時のように、熱が篭って渦巻いているのに、背筋がすっと冷たくなった気がした。
「俺の全てを、捧げさせてくれ」
「まっ、、〜〜ッ♡♡!!?」
ぐぽ、と言うような、形容しがたい感覚が腹の中で起こった。目がぐるんと上を向いて、世界が白く霞んだ。自分が最奥であると思っていた所を亀頭で突き破られ、衝撃とむき出しの神経を触られているかのような暴力的な快楽で脳が焼かれる。それから逃れるため、身体が反射的にうねろうとするが、無理にひしゃげた体勢ではそれすらも許されず、今の俺はただ正面から快感を享受する他なかった。全身が震えて、奥歯が噛み合わずガチガチと鳴る。受け止められなかったものをなんとか逃がすように、生理的な熱い涙が眦からどんどん流れ落ちていく。
「はっ、気持ちいい、ぞ、弦一郎…ッ」
「、ごッ♡♡おッ♡♡」
押し潰されて、濁った低い声が勝手に口から垂れ流された。本来ものが入ってはいけないところであろうそこを、振り落とすように重く穿たれて、腹の筋肉がおかしいぐらいぎくぎく震えた。その震えは、穿たれるごとに比例するが如く段々と大きくなる。
「ッ、やッ♡♡!?こ、れるッ♡♡」
何かがおかしいと気づいた時には、もう遅かった。それは身体の中で起こった、小さな爆発だった。尿道から水っぽい物が勢いよく迸り、腹から胸をしとどに濡らしていく。ナカが一定の間隔で激しくうねり、肉棒から精液を搾り取るようにむしゃぶりついた。蓮二は熱い吐息を漏らして、俺の太腿を掴む手に痛いぐらい力が籠っている。背筋を舐められてるような戦慄と、脳細胞がじりじり焼き切れるような悦楽にずっと晒されて、気をやりそうになる。イく、そう切羽詰まって、掠れた蓮二の声が耳奥に響いた。
「あッ、っ、あ…」
「っ、好きだ、げん、いちろう」
熱いものが腹の奥で弾ける。どくどくと中に彼の精液が注がれているのが分かり、脳の芯が甘く痺れた。出したものを内壁に擦り付けるようにぬかるむ奥を圧迫され、目の奥がじんと熱くなる。目の前がぼやけて、光が乱反射する。
「もし壊れたって、あいしている」
絶頂が終わらない、降りて来られない。俺の陰茎からしょろしょろと力なく漏れた尿が、シーツを汚していくのが感覚でわかる。蓮二は俺の腰をベットに付け、滴るほどに汗ばんだ太腿から手を離した。俺の痙攣し続ける身体を、掻き抱くように覆いかぶさる蓮二は、親に甘える子供のような切迫した寂しさを伴っていて、胸が疼く。
背中になんとか重い腕を回して抱きしめ返すと、蓮二の香りが鼻を掠った。
濡れた口元に唇が触れた。舌を差し出せば、絡まって溶け合い、1つになってしまうかのような甘やかな接吻に、心地良さで意識が霞む。日曜日の昼下がりの、午睡のようなそれに心が傾くが、胎を撫ぜられた感覚に引きずり戻れる。
「お前の中を全て俺で満たしたい」
蓮二の瞳に、蕩けた劣情の火が揺らめいている。その鋭い輝きに貫かれ、冷たい汗が背に滲んだ。その光を見つめながら、俺はこの男に壊されるのかもしれない、と直感した。その一方で、俺は腹の奥でそれを望んでいるのかもしれなかった。蓮二からの口付けを受け入れながら、俺は切れ切れになった理性を手放し、それに身を任せた。