孵る 波は穏やかだった。しばらく晴れているから海も濁っていない。しかし垂れた釣り糸は静かなままだった。
マトリフは釣竿をあげる。釣り針に付けた餌は無くなっていた。餌を付け直そうと引き寄せるが、それに手を伸ばす小さな青い手があった。マトリフはその小さな手より先に釣り針を掴む。
「あー」
マトリフの膝の上で声が上がる。小さな青いトロルは短い手をいっぱいに伸ばしていた。小さいといっても、背丈はマトリフの半分ほどある。
「もうちょい待ってな」
餌を付けた釣り針を海に投げ込む。小さなトロルはそれを目で追った。腹を空かせているのか、その口からは涎が垂れていた。それを拭ってやろうと手を伸ばすと、その手を掴まれる。小さなトロルはマトリフの手を口の中へと入れると、まるで乳でも吸うように指をしゃぶりはじめる。
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