ハロウィン「トリック・オア・トリートォ?」
マトリフは聞き慣れない言葉に聞き返す。ポップはクッキーを食べながら頷いた。そのクッキーもポップが持ってきたもので、カボチャの形をしている。
「そ。お菓子くれなきゃイタズラするぞって意味」
「そんで?」
「そういうお祭りをするから、アバン先生がクッキー焼いたんで、お裾分け」
そんな祭りがあるとは知らなかった。アバンのことだから、どこからかそんな祭りの知識を仕入れてきたのだろう。
「ってわけで、師匠。トリック・オア・トリート」
両手を差し出してくるポップに、マトリフはクッキーを掴んでポップの口に押し込む。この洞窟に他に菓子なんてあるはずもない。
「菓子をやりゃあイタズラされねぇんだな?」
「ちぇーっ、先にクッキー出さなきゃよかったぜ」
ポップはクッキーを咀嚼しながら立ち上がる。
「じゃあガンガディアのおっさんによろしく」
「おう」
洞窟の外まで見送ると、ポップはルーラで飛んでいった。
マトリフは空を見上げる。ガンガディアは朝から出かけていた。用事があるとしか言っていなかったから、そのうち帰ってくるだろう。
マトリフは洞窟の中に戻って本を読みながらクッキーを食べた。しばらくするとルーラの着地音が響く。
「ただいま」
ガンガディアが洞窟の中へと入ってくる。その手には本が何冊もあった。また古本市にでも出向いて魔導書を見てきたのだろう。
「おかえり」
「おや、誰か来ていたのかね」
「ポップだよ。お前も食うか?」
手に持ったカボチャクッキーを向けるが、ガンガディアは断った。
「あいにくダイエット中なのでね」
別に太ってねえだろ、とマトリフは思うものの、体型のこととなると非常にストイックなガンガディアは、少しの妥協もしない。マトリフは手に持ったクッキーを口に入れた。カボチャクッキーは程よい甘さでいくら食べても飽きなかった。
「私は本を読むよ」
「また本を増やしやがったな」
「収納呪文を覚えたから置き場所には困らないよ」
ガンガディアはいそいそと本を読み始めた。ガンガディアは様々な呪文を収集することに熱中しており、方々に出かけては魔導書を集め、呪文を覚えている。この前は収納呪文というのを覚えて、増え続ける魔導書の収納場所を確保できたと喜んでいた。
マトリフはじっとガンガディアを見つめる。マトリフはガンガディアにどんなイタズラをしてやろうかと考えていた。
ガンガディアと一緒に暮らして十数年。ガンガディアは最初の頃こそ、好きだと言っただけで喜びに打ち震えていた。それが今となってはすっかり落ち着いて、たとえマトリフが愛してると言ったとしても、「私もだよ」とさらりと言ってしまえるほどになっていた。
マトリフはそれがちょっと面白くない。ここらでちょっとしたイタズラでもして、ガンガディアの面白い顔でも見てやろうと思ったのだ。
だがいざイタズラをするとなると難しい。そもそもガンガディアは真面目だから、下手なイタズラなんてすれば怒られてしまう。たとえば頭上からタライを落とすとか、椅子の上に放屁の呪文を仕掛けるなんてことをしたものなら、正座させられて「今の行動は大魔道士という肩書に相応しくない」なんて退屈な説教を三十時間ほど聞かされることになる。
どうせイタズラするならわかりやすいものがいい。ほどほどに可愛らしいものなら、ガンガディアも怒りはしないだろう。
だが、そんなイタズラは思いつかない。天才と自称する頭脳は、どうも今日は不調らしい。
そうこう考えているうちにマトリフはクッキーの最後の一個を食べ終えた。やはりアバンが作るものは美味いなと思っていると、ガンガディアがパタンと本を閉じた。
「そういえば面白い呪文を覚えたのだよ」
「またかよ」
今度は何だ、とマトリフが言うと、ガンガディアは咳払いをしてからマトリフを見つめた。
「トリック・オア・トリート」
「は?」
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ。なぜその言葉をガンガディアが知っているのか。
「あなたもこの言葉を知っているだろう?」
「お前まさか用事って」
「カボチャクッキーは美味しかったようで良かったよ。アバンと一緒に頑張って作った甲斐があった」
嵌められた気付いたときにはもう遅い。どちらの発案か知らないが、アバンとガンガディアは前々から計画していたのだろう。おそらくポップもグルだ。わざわざクッキーを手作りするなんて手の込んだことをしやがる。そしてそのクッキーはもうない。そしてこの洞窟に他に菓子なんて無かった。
ガンガディアはニヤリと笑ってマトリフに手を伸ばした。
「ではイタズラをするとしようか」