一歩進んで一回休み｢ぜぇっ、はぁ……っ、は、あ｣
　雲に覆われ、僅かに明るくなりだした早朝。出歩く人の姿のない静かなイシュガルドを走る冒険者の姿があった。息は切れ、足取りはふらつき、いかにも｢倒れそうです｣といった様相だ。
｢も、もう無理……休憩……｣
そう言ってずるずると石畳の階段に座り込む。
彼女が、わざわざこうして早朝の皇都を息を切らして走っているのには、程々に深い訳があった。


｢……君はまず、体づくりから始めないといけませんね｣
　黒い鎧に身と顔を包んだ、暗黒騎士の師フレイは腕を組んで、少し申し訳なさそうにそう答えた。騒動のほとぼりも冷め、やっと暗黒騎士としての一歩を教わらんと訪れた彼女に突きつけるには、あまりにも酷だとは思ったのだろう。
｢今の私じゃ不十分、ってことかしら｣
｢そうですね。ハッキリ言ってしまうと……｣
彼は少し俯いて考え込んだ。
｢エーテルの扱いに関しては、僕より慣れていると思います……が、暗黒騎士は盾ではなく、自らの身を以て弱き者を護る。そういう存在である以上、基礎となる体が出来てないとなると……｣
｢うーん、これでも鍛えてる方だと思うのだけれど｣
「最低限動ける、だけじゃ敵の攻撃は防ぎきれませんよ。この剣だって、君が今まで持ってきた武器の中では一番重い物になるでしょう。それを扱うだけの体力も必要になりますね」
冷静に分析を口にする。もちろん、多少なりとも鍛えねば冒険者は務まらない。が、そもそも彼女は、戦闘において巴術や占星術を用いることがほとんどであり、何か直接武器を用いて戦うということは実のところ不慣れであった。
「……具体的には、どうすれば？」


「まさか、っはぁ、こんなに、きついとは……」
　とりあえず王道の走り込みから。走るだけなら毎日のようにやっているのだから余裕だろう、と高を括ったのが大きな間違いだった。まだ訪れて日の浅いイシュガルドの地理を把握するためにも、ついでにあちこち見て周りたいと観光気分だったのが問題だったか。それとも、彼女の｢走る｣が長く走り続ける事ではなく、敵の攻撃を避けるために全力で走る一瞬を指していたからだろうか。

｢ん、リュンヌではないか！｣
　そう声を掛けられ顔を上げると、エレゼン族特有のスラッとした体が目につく。いつもの鎧姿ではなくいかにも厚手のコートを羽織った普段着、といった格好だったため、少し判別に手間取ったが。
｢ああ、オルシュファン……おはよう……｣
｢……何かあったのか？｣
｢体力を、つけたくて……だけど思ってた以上に辛くて｣
｢なるほど……汗を流しながら皇都の石畳を駆ける冒険者……イイ！｣
｢そ、そうしみじみと言われると恥ずかしいから止めて……｣
自然と耳がぺたり、と下がる。
　オルシュファン卿。逃げるように転がり込んできた一行を拒むことなく客人として迎え入れてくれたフォルタン家の1人。……少々暑苦しい時もあるが、こちらの話を親身に聞いてくれる人、というのは今の彼女にとっては有難かった。
｢まだ朝食には時間がある。風邪を引いてしまう前に、1度汗を流した方がイイだろう。……立てるか？｣
｢ありがとう……｣
差し出された手を掴み、ぐいと引っ張られるままに立ち上がる。
｢ところで、あなたはこんな時間に何を？｣
｢私か？　日課のようなものだ。鍛錬の前に、見回りも兼ねて散歩をしていてな――｣

｢へくしっ｣
　リュンヌはくしゃみと共にぶわっと逆立った尻尾を撫で付けながら、目を細め笑うオルシュファンをじっとりと見あげた。
｢……っふ。いや、すまない。世間話はこれぐらいにして、早く戻ろう｣

　雲の切れ目から蒼空と射し込む太陽が覗く。曇りか雪の日が多いイシュガルドでは珍しく、今日は快晴の予報だった。日が射せば、少しはこの寒さもマシになるのかしら。そんなことをぼやきながら、温かな湯と暖炉と朝食を求めて帰路についた。