【執事閣下】『心の在り処は咆哮の果て、雨音に消える』『心の在り処は咆哮の果て、雨音に消える』
いつまでも、いつまでも雨が降っている気がした。
思い出す度に砂嵐が過ぎって、脳裏の残像が歪んでいく。
嗚呼、これは誰かを探していた時の俺だ。
黒い渦となって、空を飲み込んだ雨雲が夜を思わせるほどに暗い。
その雲が降らす雨の音が耳の奥にこびり付いているかのように響き、雨に濡れた森の光景が記憶の片隅で広がっていく。
苦しい、空しい、悔しい、恨めしい、腹立だしい、。無意識に自分の心音を感じる箇所をジャケットごと掴み、そこからふつふつと湧きあがっていく嚙み千切りたい衝動が暴れそうなのを必死に堪えている自分がいた。
狼が敵を前にして牙を剝き出しにして飛び掛かろうとしている時の殺意に似ている。
だが、今の俺はその感情と共に絶望し、吐き気を催す程に燃え上がる黒い自己嫌悪が溢れ出そうとしていた。どんなに鎮めようにもすぐに燻ってまた燃え上がるの繰り返し。吐き捨てて楽になれたらどれだけ幸せだろうか、と思っても上手く捨てられず隠すように蓋をする事しか出来ない。
こんなにも自分の生まれも、自分の運命も、自分の存在も何もかも嫌悪でしかないこの感覚をどう例えたらいいのか、わからなかった。
自己愛なんて、表向きの見てくれを良くする為の見栄だ。そんな自己愛も引き剥がせば、誰もが醜いはずだ。
嗚呼、間違いなく今の俺はかつてない程に情けないのがわかる。
砂嵐が定期的に過ぎっては過去の残像が蘇る。ふらり、ふらりとよろめき覚束ない足取りで森を彷徨っている誰か。それを見つけては逃げたくなった。見たくなかった。何も聞きたくなかった。戻りたくなかった。進みたくなかった。
――何故、どうして?
問いかけの回答をするならば、答えは単純明快。そこには自分の心を抉る、根深い罪悪感があったからだ。忘れるはずもない悲痛があったからだ。
思えば、これほどまでに心底、人間を殺したくなる程の殺意を抱いた事はない。
愚かな人間さえいなければ、その人間が閣下に関わらなければ。きっと閣下がこんなにもしく弱々しく身を落とす事もなかったはずだ。
「――フェンリッヒ」
声がした。か細く弱った声だった。
「迎えに、来てくれたのか……?」
一度だけ。たった一度だけの失態だった。
それでも、今でもそれが自分の中でいつまでも深く、深く。それはもう忘れる事すらできない程に根深く、刻まれてしまった怒り。
「あ、ああ……ッ!」
今、一番殺したいのは誰か?
嗚呼、勿論閣下を変えたあの女である。
殺せるなら今すぐにでも殺したい。
嗚呼、でももっと、もっと許せないのは、片時でも閣下を一人にしてしまった愚かな従者である。
「殺してやりたい!」
一匹の銀狼の咆哮。
殺意に塗れたその声は、今もなお雨の降る静かな夜に流れては消えていく……
おわり