美麗な君をあまくここで解かすから熟れた苺のような君の、艶やかな頬に、もっと溶けてしまえ、と口づける。そう、そのまま壊れて。君の繊細で賢明な頭を焦がして。私の今で、目一杯、埋め尽くせばいい。
あまここ小説
「美麗な君をあまくここで解かすから」
視点をころころと変えていきます。視点を入れ替えるときは*を文と文の間にお入れ致します。
*
朝。目を開くと壊れかけの腕時計のように心臓のへんな音だけが耳に入るの。わたしは朝のなんとも言えぬさっぱりしない目覚めが苦手。自分が取り繕えない時間だから。
寝台の隣には君。
「おはよう、ここね」
意地悪なわたしの彼女。柔らかい、でも決して目をそらすことを許してはくれない瞳でわたしを眺めてくる。見透かされてるみたいだわ。まるで昨夜、わたしを抱いたときみたい。熱の籠もった瞳をひとつも変えずに、ずいっと顔を近寄せて来る。負けない。
「今日は、しない約束でしょ」
青い、わたし色の眼にわたしが映るのがよく見える距離。
「あぁ、そうとも」
一歩、近寄られてショーツが布を引く音がするすると聞こえる。
「愛おしい彼女に、朝の口づけをと思って」
溶かされてしまう、甘く、砂糖菓子のように、すべてを解かすあなたの声に、身を委ねられたらどれだけ気分がいいことでしょう。
抵抗するわたしを笑って、わざと仰々しくわたしに近寄る。
あなただけですからね、わたしがここまで人を寄せるのを許すのは。
わかっているよ、と言わんばかりに愛おしそうにあなたは目を細めて軽く頬にキスを落とす。あなたが好きなわたしの頬、いつか褒めてくれたまつげに、いつでも触れてくる髪に。
なすすべもないのです。
*
1限から大学の講義のある君を、コーヒーを片手に見守る。
「行ってらっしゃい」と、微笑む。
出発がギリギリになったのはあなたのせいとでも言わんばかりの目。ひんしゅくに気付かぬ振りをして優雅な朝の時間をすごしてみせる。 私は3限からの講義で、まだ時間がある。最後にちらりと頬を膨らませながら行ってきますと呟き、玄関を出ていく。
私は律儀な君が好きだ。素直で正直な君はたまに損をする。損をして帰ってくる。すると私は涙をぬぐってやり、うんうんと頷く。この時間が好きだということだ。
愛情深い温厚な、さも良き恋人のように振る舞う。私は君のようにはなれない。たまに私は真直ぐな君を妬ましく、純粋無垢な汚れを知らぬ君に胸を痛めるのだからこれくらいなければ割に合わない。 慰めの際も、こうしてやれば君は満たされ、私を愛し続けてくれると打算が働く。私は君のようにはなれない。
「あぁ痛かったね」
と、同調すれば君は目の涙を増幅させ子どものように泣く、泣く、泣く。また損をして帰っておいでと、心の中で君の背に言う。それくらいないと割に合わない、君は狡い人なのだから。 君は紅茶が好き、私が毎朝コーヒーを飲むのを時々真似ては、苦い顔をする。ゴクリと最後の一口を一気に飲み干す。君の体には合わない、黒い液体が食道を下る。
「一生慣れなくていいさ」
*
いじわるな彼女を置いて、今し方到着した電車に揺られ大学まで向かう。
ガタンゴトン
遠くの景色を薄ぼんやりと眺めていると、昔の感傷に浸ってしまいそうになる。すいこまれる。
高校までわたしは運転手さんに車で送り迎えをしていただきました。皆さんはこれを聞くと驚かれるかもしれませんが、私にとっては普通でした。
すべてがもしかしたら、みんなと違い。
違いに気づけないのかもしれない恐怖。
幼稚園、小学校から引き継いだだけで、送迎は特段気にすべきことや、隠すべきこととは思いも寄りませんでした。当時の私は何も不思議に思わない。当たり前に疑問を持つほど世間を知らず、余裕もなく。視野が狭い。視野が狭いのは罪なのです。人を曲げてしまいます。だというのに、私の頭の中はあまねでいっぱい。高校に進学した折に、またあなたと同じ校舎になれたのがどれだけ嬉しかったことか。文化祭準備で帰りが遅くなったあなたを、車に乗せ帰ったとき、疲れて寝落ちたあなたがわたしの首にもたれたときどれほど胸が高鳴ったか。あなたは知らないでしょう。言ってないもの。
愛しい人。
憎らしい人。
わたしの人生はあなたに狂わされている。
それが、どこか、心地よい。
「芙羽さんって、恋人いるの?」
*
「あまねって、恋人いるの?」
「え」
何を急にと、昼食の次のひと口をくちに運ぶのを止める。
「あぁ、いや、ちょっと気になっただけよ。」
今まで何度か告白は受けたことがあったが、こんなストレートに問われたのは初めてで目を白黒させる。まぁ、ハッキリさせておこう。嘘をつく必要もなしに。
「いる」
*
「どうして…そんなこと」
「え、だって芙羽さん、そういうの興味なさそうだし」
それって、どういう意味…。と聞き返す間もなく、もう一人がわたしに声をかけてくる。
「そうそう、学校中で人気だもん。逆になさそう。」
ケラケラと笑う彼女たちの声には、あまねのような品の良さは感じられず、耳が痛くなる。鬱陶しい、かもしれない。
黙っていると、「もしかして怒ってる?」
と、小さな声。
「怒ってなんか…ない」
動揺したのだと思われたんだろう、彼女たちは面白がってわたしを見つめる。怖い。怖い。
あまね。
「い、い…」
どんな人なの?
「それは…」
言えないの?やっぱいないんじゃん。
「…。」
「彼氏は…いません」
*
「えー!あまねいるの?初耳」
「大声をあげるな」
叱責すると、あらごめんなさい、と御学友は座り直す。
「で、で、どんな人なの?」
やや恥ずかしくなりつつ、コホンと区切りをつけてから携帯電話を取り出し、ここねを見せる。
「女の子?」
「ああ、かわいいだろう」
へー、あまねってそういう趣味あったんだとふーんと頷きながら、「…美人だね」と妙に真剣そうに言う。
「だろ?」
ああ、そうだとも、ここねは心まで美しいんだ。嬉しくなった自分をニマニマとあいつは見てくる。誂うならここで話は終いだぞと言うと、えー!待ってよ、と私の腕を掴んでくる。
「どんな馴れ初め?馴れ初め教えてよ!」
「別にいいが、長くなるぞ」
「是非とも!」
そういえば、ゆいたちと家族以外に私達のことを伝えるのは初めてだな、とふと思いながら話し始める。おや、私も楽しくなってるみたい。