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    むしはら

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    むしはら

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    『みどりと小指』

    「花」がテーマの合同誌『PLAY PRETEND PARTY !! - Bouquet! -』寄稿作品。
    同居人へ宛てたいくつかのメモ。

    みどりと小指◆拝啓

     ――家の中の植物は、君の好きなものだけ引き取っていいし、処分したり、譲渡してもいい。
     もちろん全て君が引き取っても構わないけれど、君本来の生活や嗜好に反して残そうとするくらいであれば、いっそ全て処分すること。
     君に形見として植物を遺そうとしているのではなく、本来僕自身が行うべきだった整理を、厚かましくも君にお願いしているわけだ。くれぐれもそこを履き違えないように。
     もし残すとしてもどう世話をすればいいのか、そもそもどういった植物なのかわからないものもあるだろうから、僕なりにメモを残しておく。


    ◆ハオルチア・オブツーサ

     僕の部屋の窓際の棚にいる、小さな鉢植えのこと。丸っこい緑色で、葉先が透けているからすぐわかるはずだ。多肉植物、つまるところアロエやサボテンの親戚で、和名を雫石ともいう。
     多肉植物は内側に水を溜め込むから、水やりは春から秋までは週に一回くらい、冬は月に一回くらいで十分だ。
     多肉植物自体が高温で乾燥した場所で育つ植物なのもあって、湿気や寒さには弱い。できるだけ部屋の明るい場所に置いておくのが無難だと思う。

     それと、注意しないといけないことがある。極力明るい場所に行こうとしているんだと思うが、棚板のギリギリまでいつの間にか動いているせいで、よく棚から落ちるんだ。しかも目を離している隙に動くから、どう対策しても防ぎようがない。一度柵のようなもので囲ってみたんだが、いつの間にか柵を越えやがった!
     一体、ただの鉢植えがどう動いているのかって? それは僕も知らない。けれど、家にいるのはそういう変わりものばっかりだよ。
     もしかすると、僕が感じているようなことを君はこれっぽっちも感じないかもしれない。植物がまるで生きて動いているように錯覚しているだけだと思うのかもしれない。
     けれどね君、植物はそもそもが生物じゃないか。
     そういった変わり種だって、いるかもしれないだろう。
     ――さて、話が逸れてしまった。鉢を割られた時の話だが、あいつは特に丈夫だから、植え直してやれば枯れることはそうない。ただし、当然鉢は新調しなくちゃならないことが多いだろう。だからといって割れない素材にすると、水はけが悪くなって根が腐りやすいので、プラスチック製の鉢にはあまり頼らないほうがいい。
     あいつはおしゃれ好きで安っぽい鉢を嫌がるが、こだわってやったところで結局すぐに割るので、不満そうでも取り合わないこと。ホームセンターの園芸コーナーに売っているような、シンプルな小さな鉢で問題ない。
     ただ、もしも植え替え先が不満であんまりへそを曲げるようなら萎れるだろうから、そういった場合は窓にレースのカーテンをかけてやると喜ぶ。


    ◆ユーカリ

     丸い葉の大きめの木で、ベランダのいちばん日当たりのいいところにいる。ユーカリ・ポポラスといって、彼とは前の家(君と暮らす前、一人暮らし時代)からの付き合いだ。暑さにも寒さにもそれなりに強いし、君も育てやすいと思う。
     湿っぽいのを嫌うが、春と夏はよく水を飲むから土の表面が乾いたらしっかりと水やりを。秋から冬は眠っていることが多いから乾燥気味で問題ない。
     
     ユーカリは紫外線に強くてね。日光浴が大好きだから部屋には入れないほうがいいんだが、彼自身は人に構うのも構われるのも好きなやつだから、時々外で日光浴に付き合ってやってほしい。適度な日光浴は人間にも必要なんだから、ちょうどいいんじゃないかな。朗らかで気のいいやつだから付き合いやすいはずだ。
     ヘリオトロープが彼に懸想しているらしいが、とうのユーカリは全く、これっぽっちも気づいちゃいない。僕だって鉢を隣同士にしてあげるくらいの気遣いはしているんだけどね。もっとも、ヘリオトロープもヘリオトロープで口数が少ないから、彼女には悪いけれど相性は悪いのかも。
     ユーカリは君が何をしても気にしないだろうが、君がもし彼を引き取ろうと思うなら、ぜひヘリオトロープも一緒に連れていってやってほしい。そして、鉢は隣同士で置いてやってくれ。
     あとは、大きく成長しやすいので、時々剪定してやること。君が気にならないなら放置してしまってもいいけれど、あいつとしては散髪感覚でさっぱりするんだって。


    ◆ヘリオトロープ

     春に買って帰ってきた、小さな紫の花が集まって咲いている鉢だ。ユーカリの隣に置いてある。バニラに似た匂いがするからわかりやすいはず。
     日当たりと水はけのいい場所に置いてやること。寒さにはかなり弱いから、冬の間は部屋の中の日当たりのいい場所に置いてやったほうがいい。ユーカリから離れるのを渋るだろうが、例えばハオルチアの隣とかにね。理由はあとで説明しよう。
     土が乾き始めたタイミングで、たっぷり水をやる。どちらかというと、土が乾ききる前に水をやったほうがいい。
     というのも、乾燥しすぎると葉が黒くなってしわが寄ってくるし、最悪葉が落ちる。そうなる前に、こまめに土の状態を確認して水をやるように。

     ユーカリについてのメモで述べた通り、彼に一目惚れしたそうだ。近くにいたがるから、ユーカリとヘリオトロープは両方引き取るか、両方同じ人に譲るか、あるいは両方処分するかしてやってほしい。ただし、ユーカリ自身はヘリオトロープの懸想にまったく気づいていないようだから、今のところはずっと彼女の片思いだ。
     ベランダに置いてある植物の中では特に面倒見がいいから、くせのありそうなやつと一緒に置いてやるといいかもしれない。少なくとも、僕はかなり助けられたんだ。例えばあのハオルチアが、隣にヘリオトロープがいる間は鉢を割る頻度が減る。これはすごいことだぞ。
     それと、彼女は聞き上手だ。何か秘密の話がしたい時にはそばで話しかけてみるといい。あの子自身が何か答えてくれるわけではないんだが、話しきると少しすっきりする。ハーブの一種でもあるから、香り自体にリラックス効果があるのかもしれないな。


    ◆アジュガ

     ベランダのプランターに植わっている、三角錐に近い形で小さな淡いピンクの花を咲かせる「ピンクシェル」という品種だ。
     きれいに育てるには、適度な湿り気と強すぎない日差しがあるとなおいい。日当たりのいい乾燥した場所よりも、日陰を好む。日に当たる時間は、日に一時間程度あれば十分だ。ただ、日本の夏はただでさえ湿度が高いから、湿気を与えたいからといって水をやりすぎないこと。基本的には丈夫だから、経験がなくても育てやすいだろう。

     ただ、うちにいるアジュガたちは仲間意識が強い上に目立ちたがりだから、ひとつのプランターの中に別の花を植えないほうがいい。
     一時期アジュガがきれいに咲かないことがあって、環境が悪いのか何か病気になってしまったんじゃないかと思ったんだが、たまたま訳あって同じプランターの中にいた別の花を植え替えた途端、明らかに生き生きとし始めたんだ。それから気になって何度か試してみたが、やっぱりアジュガはアジュガだけでプランターを埋めたほうがきれいに咲く。
     逆に、そこだけ気を付けてしまえば、どんな色のアジュガを植えてもいいだろう。僕がプランターに植えているのは「ピンクシェル」だけだが、他には紫や、白い花をつけるものもいる。品種によって葉の形も違うから、もし興味があれば調べてみて。


    ◆青シソ

     僕が食事当番の日に、よくベランダで収穫してくるやつ。君にも何度か収穫してもらったことがあるし、葉の形は見慣れてるだろうから、どれかはきっとわかるだろうね。花や実も食べられるし、種から育てると芽も収穫できるから、気が向いたら試してみるといい。
     ある程度の時間日が当たれば、日陰でも育てられる。病気の防止のために、風通りのいい場所に置いてやってほしい(つまり、必然的に外で育てることになる)。
     美味しく育てるためには肥料が重要だ。切らさないように注意すること。水は乾燥させないように注意しながら、しっかりあげていい。

     ヘリオトロープとはまた違う方向性で口数が少ない。職人気質、というのかな……。育てるのは難しくないんだが、どう育ちたいか拘りがあるみたいだ。それこそ肥料を切らした時はずいぶん怒らせてしまって、味の薄いシソをしばらく収穫する羽目になった。一度に大量に収穫できるから、君が食事時に後悔しないように育ててやってくれ。
     ただ、彼のこだわりに根気強く付き合ってやれば、そのぶん美味しいシソが食べられる。夏ごろ、そうめんと一緒に出したシソに僕が感動していたのを覚えているかな? あれは実は、彼のこだわりに完璧に付き合った結果できた、今まででいちばん美味しいシソだったんだよ。
     こだわりにうまく付き合うコツは、土の状態をよく見ること。あまり多くを語ってくれない分、土の状態はすごくわかりやすい(と、僕は思っている)。
     例えば、肥料がもっと欲しい時は、普段よりも肥料が減っていくスピードがやけに早いように見えるとか。じっと見てみると面白いよ。


    ◆ネモフィラ

     これも有名どころだから、どういう花か説明はしなくても伝わるだろうか。そう、あの小さな青い花だ。
     丈夫で手間がかからないし、プランターで育ててもよく映える。うちのベランダで育てて正解だったと思っているよ。
     水やりは例によって土の表面が乾いてきたらしっかりやること。肥料をあげるときれいに咲くんだが、あげすぎると葉のほうがよく育ってしまう。
     どちらかというと主役はあの小さな青い花だろうから、肥料は与えすぎないように注意するといいだろう。日当たりと風通しのいいところに置いてやってほしい。

     アジュガが一方的にライバル視しているみたいだが、ネモフィラのほうは同じ小さな花同士、仲良くしたいらしい。マイペースで打たれ強いから、アジュガたちから飛んでくるトゲトゲしたライバル意識も全く応えていないらしい。それが逆にアジュガたちを刺激して、仲良くなりづらくしているんだが……。
     同じプランターにさえ入れなければ、アジュガとネモフィラ、どちらも育てたって問題ない。むしろネモフィラとしてはアジュガと同じプランターに入りたいだろうが、下手に刺激させるとアジュガを枯らせかねないから、僕やらないほうがいいと思うな。
     彼女たちはおしゃべり好きだが、控えめに話すからあまりうるさくは感じない。春先の過ごしやすい気温の時間帯に窓を空けて、ネモフィラたちのおしゃべりを聞きながら昼寝をするのはすごく気持ちがいいからおすすめだ。


    ◆追伸

     これは鉢植えではないのだけれど、僕の部屋の机の上に栞が置きっぱなしになっているはずだ。マリーゴールドの押し花で、少し前に友人から送られてきたものだ(旅先で一輪もらったはいいが、持ち運びに困ったので栞にしたらしい。ご丁寧にラミネートされて送られてきた)。
     「花」ではあるから、ついでにこれの処遇も君に任せる。
     ……けど。
     本音を言うと、できれば君に持っていてほしい。
     メキシコの死者の日を知っている? 日本では盆に死者の送り迎えをするものとして精霊馬を用意するように、メキシコでは死者の日に「あの世とこの世をむすび、故人の魂が迷わず帰ってくるように」という願いを込めてマリーゴールドの花束を用意するそうだ。
     君がこれを読むころ、僕の魂が果たしてどこにいるのか、そもそもどんなふうに死んだのか、今日このメモを書いている僕にはわからないけれど、もし帰ってくることがあれば、きっとその栞を目印にしよう。
     死者の日自体はハロウィンほど日本では一般的でないし、本来花束を用意するところが栞である……というのも、珍しくていい目印になるだろう。

     ――と書いてみたはいいものの、僕自身が死後の世界の存在を信じているかというと、実はそうでもない。
     僕にとって死んだあとのこと、つまり魂や死後の世界の存在は、「きっとそうであろう」ではなく、「そうだったらいいな」だ。必ず帰るよとは言わないけれど、帰ることがあればいいな。

     もし。もしそうなったら、今こうやって迷惑をかけているお詫びに、ケーキを手土産に持っていくよ。
     僕と君で贅沢にふたつずつ、四つばかし箱に詰めて。
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